TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
整備実習棟。
実習用長刀が搬送台車で運ばれ、整備実習棟へ入ってきた。
神谷隼人は教官とともに固定具を確認しながら、長刀を整備架台へ慎重に固定する。
金属を叩く音。
トルクレンチの乾いた音。
油の匂い。
整備実習棟には、今日も機械の鼓動のような音が響いていた。
教官は点検灯を手に取り、刃先へ静かに光を当てる。
白い光が刃を照らし、その表面をゆっくりと滑っていく。
「神谷。」
「はい。」
「刃を見て、何が分かる。」
神谷は刃先から峰まで慎重に目を走らせた。
「……刃こぼれはありません。」
「研磨状態も良好です。」
教官は静かに頷く。
「その通りだ。」
「では、なぜ点検する。」
神谷は少し考える。
「異常がないことを確認するためです。」
「そうだ。」
教官は長刀を整備架台へ固定したまま、刃先へそっと手袋越しの指を滑らせた。
「異常がないことを確認する。」
「それも整備だ。」
教官は砥石を刃へ静かに当てる。
一定の音を響かせながら、刃先を丁寧に整えていく。
「衛士は刃を振るう。」
「整備士は、その刃を守る。」
神谷は黙って聞いていた。
教官の手は止まらない。
「戦場では、小さな異常が命を奪うこともある。」
「だから。」
「異常を見逃す整備士は、一人前ではない。」
「……はい。」
神谷は深く頷いた。
午後。
整備科の学生たちは、シミュレーター棟で衛士科の訓練を見学していた。
第三班が長刀を構える。
武田。
九条。
朝倉。
真壁。
結城。
五人とも真剣な表情だった。
朝倉が勢いよく長刀を振る。
「違う。」
富田の声が響く。
「力で振るうな。」
朝倉は照れくさそうに頭をかく。
武田も何度も構えを修正されていた。
神谷は、その姿を静かに見つめる。
(みんな、頑張ってるな。)
隣にいた整備科の同期が話しかける。
「衛士って大変だな。」
神谷は小さく笑った。
「俺たちも同じだよ。」
「え?」
「俺たちが点検し、整備した装備を、あいつらは信じて使う。」
「その一本に命を預けるんだ。」
同期は黙って演習場を見つめた。
武田は何度も構えを直している。
九条は黙々と反復を続ける。
朝倉は転びそうになりながらも、何度でも立ち上がる。
結城も真壁も、一振り一振りに集中していた。
神谷は胸の奥で小さくつぶやく。
(俺も負けてられない。)
その夜。
実習棟には、まだ灯りがともっていた。
神谷は一人、整備記録を見直している。
刃の状態。
固定部の緩み。
研磨状態。
点検結果。
一つひとつを確認し、丁寧に書き込んでいく。
実習棟へ教官が戻ってきた。
「まだ帰らんのか。」
「もう少しだけです。」
教官は整備記録へ目を通し、小さく頷いた。
「神谷。」
「はい。」
「衛士は、自分の腕を信じる。」
少し間を置く。
「整備士は、自分の仕事を信じる。」
神谷は顔を上げた。
教官は整備架台の長刀へ視線を向ける。
「だが、本当に信じるべきものは違う。」
「人だ。」
「お前が整備した装備を使う衛士を信じろ。」
「その衛士も、お前を信じて戦う。」
神谷はゆっくりと長刀へ手を添えた。
冷たい鋼の感触が掌へ伝わる。
武田たちは戦う者。
自分は支える者。
役目は違う。
だが、目指す場所は同じだった。
神谷は整備記録を閉じる。
整備を終えた長刀は、実習棟の灯りを静かに映している。
明日も、この一本は衛士たちの訓練を支える。
神谷はもう一度だけ長刀へ手を添え、小さくつぶやいた。
「頼んだ。」
その声だけを残し、実習棟の灯りが静かに消えた。