TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

46 / 50
第一部 蒼き日々 第五章 疾風 第38話 止まる勇気

 

翌朝。

 

シミュレーター棟の空気は、昨日よりも重かった。

 

誰も「今日は走れる」とは言わない。

 

朝倉でさえ無口だった。

 

昨日、加速の恐ろしさを全身で味わったからだ。

 

板垣は学生たちが整列すると、いつものように短く告げた。

 

「搭乗。」

 

五人は無言でコックピットへ乗り込む。

 

《訓練プログラム起動》

 

演習場には一本の白線が引かれていた。

 

板垣が説明する。

 

「今日の課目は一つ。」

 

「この線で止まれ。」

 

朝倉が首を傾げる。

 

「それだけですか。」

 

「それだけだ。」

 

「走る必要もない。」

 

「速さも求めん。」

 

「止まれ。」

 

《訓練開始》

 

最初は朝倉だった。

 

ゆっくり加速する。

 

「今だ!」

 

減速。

 

しかし早すぎた。

 

白線の二メートル手前で停止する。

 

「……。」

 

朝倉は悔しそうに天井を見上げた。

 

次は結城。

 

慎重に速度を上げる。

 

止まる。

 

今度は五十センチオーバー。

 

真壁。

 

二十センチ不足。

 

九条。

 

十七センチオーバー。

 

どれも合格ではない。

 

板垣は何も言わない。

 

ただ記録を付けるだけだった。

 

「武田。」

 

「はい。」

 

武田は深呼吸した。

 

昨日のことを思い出す。

 

速く走ろうとして失敗した。

 

今日は違う。

 

止まることだけを考える。

 

ゆっくり加速。

 

白線が近付く。

 

(まだだ。)

 

(もう少し。)

 

(今。)

 

減速。

 

武御雷が静かに速度を落とす。

 

そして。

 

白線の手前で止まった。

 

《誤差 九センチ》

 

武田は思わず息を吐いた。

 

「……よし。」

 

板垣は記録を見つめる。

 

「武田。」

 

「はい。」

 

「なぜ止まれた。」

 

武田は考える。

 

昨日なら、

 

「運が良かったです。」

 

そう答えていただろう。

 

だが今は違う。

 

「速く走ることを考えませんでした。」

 

「止まることだけを考えました。」

 

板垣は小さく頷いた。

 

「そうだ。」

 

学生たちが武田を見る。

 

板垣は全員へ向き直る。

 

「覚えておけ。」

 

「止まる場所を決めずに走る者は。」

 

「止まれない。」

 

誰も声を出さない。

 

「戦場も同じだ。」

 

「帰る場所を決めずに戦う者は。」

 

「帰れない。」

 

その言葉に、武田は胸を打たれた。

 

帰る場所。

 

それは故郷か。

 

仲間の待つ場所か。

 

それとも、生きて帰るという意思なのか。

 

昼休み。

 

食堂。

 

朝倉が武田の向かいへ座る。

 

「九センチか。」

 

「すげぇな。」

 

武田は苦笑した。

 

「たまたまだよ。」

 

「いや。」

 

後ろから声がした。

 

振り返ると、一ノ瀬が立っていた。

 

「たまたまじゃない。」

 

「止まることだけを考えたからだ。」

 

武田は驚く。

 

「聞こえてたのか。」

 

「聞こえた。」

 

一ノ瀬は静かに続けた。

 

「俺も最初は止まれなかった。」

 

「え?」

 

「何度も転んだ。」

 

「何度も怒られた。」

 

武田は思わず笑った。

 

「なんか安心した。」

 

一ノ瀬もわずかに笑う。

 

「安心するな。」

 

「次は旋回だ。」

 

「もっと難しい。」

 

そう言って第一班の席へ戻っていった。

 

午後。

 

訓練終了後。

 

板垣は教官室で記録表を見つめていた。

 

九条。

 

真壁。

 

結城。

 

朝倉。

 

武田。

 

一人ひとりの停止誤差が並んでいる。

 

板垣は武田の欄へ目を止めた。

 

「九センチか。」

 

その声は誰にも聞こえない。

 

記録表を閉じる。

 

「悪くない。」

 

静かな教官室に、その一言だけが残った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。