TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
六月中旬。
朝靄が演習場を包み込んでいた。
第三班の五人は、いつものようにシミュレーター棟へ足を運ぶ。
「今日は何だろうな。」
朝倉がヘルメットを片手に歩く。
「昨日は旋回だったし、今日はジャンプか?」
武田も少し期待していた。
高速機動といえば跳躍ユニット。
誰もがそう思っていた。
シミュレーター室へ入ると、板垣は演習区域の映像を映していた。
平坦な地形。
中央には一本の白線。
その向こう側には赤い警戒線が表示されている。
「本日の課目。」
板垣は学生たちを見渡した。
「後退機動。」
朝倉が思わず声を漏らす。
「後ろ……ですか?」
「そうだ。」
「前進は禁止。」
学生たちは顔を見合わせる。
「敵を正面へ捉えたまま。」
「後退しろ。」
《訓練開始》
武御雷がゆっくりと立ち上がる。
第三班は横一列に展開した。
「後退。」
九条の号令。
五機がゆっくり後ろへ動き始める。
その瞬間。
朝倉がバランスを崩した。
「うわっ!」
右足がもつれ、機体が傾く。
何とか持ち直したが、大きく隊形が乱れる。
真壁は慎重すぎる。
ほとんど動いていない。
結城は後方を気にするあまり、正面の仮想敵を見失う。
武田も思うように動けなかった。
前へ進むなら景色が流れる。
しかし後退では感覚がまるで違う。
距離感が掴めない。
「止まれ。」
九条の声。
五機が停止する。
板垣は静かに尋ねた。
「なぜ乱れた。」
誰も答えない。
「武田。」
「はい。」
「なぜ後ろを見た。」
武田は少し驚いた。
「……無意識でした。」
「そうだ。」
板垣は静かに頷く。
「敵から目を離した。」
「その瞬間に死ぬ。」
その言葉が重く響く。
午前の訓練は失敗の連続だった。
昼休み。
武田は食堂ではなく、演習場のベンチへ座っていた。
九条が隣へ腰を下ろす。
「難しいな。」
武田は苦笑する。
「退く方が難しいなんて思わなかった。」
九条は空を見上げた。
「板垣教官が言っていた。」
「速さに憧れる者は多い。」
「退き方を学ぶ者は少ない。」
武田は静かに頷く。
「退くのって、負けるみたいで嫌だった。」
九条は少しだけ笑う。
「私もそう思っていた。」
「え?」
「でも。」
九条は真っ直ぐ武田を見る。
「退くことは逃げることじゃない。」
「生き残るための選択だ。」
午後。
再び訓練が始まる。
《敵機接近》
警報音が鳴る。
五機は長刀を構えたまま後退する。
武田はもう後ろを見ない。
敵だけを見る。
九条の位置を視界の端で捉える。
真壁が少しずつ間隔を修正する。
結城が左翼を維持する。
朝倉も転ばない。
「停止。」
五機が揃って止まる。
《課目達成》
武田は大きく息を吐いた。
板垣がゆっくりと歩み寄る。
「武田。」
「はい。」
「なぜ成功した。」
武田は答える。
「敵から目を離しませんでした。」
「違う。」
武田は息を呑む。
板垣は第三班全員を見渡した。
「仲間を信じた。」
武田は九条を見る。
九条も静かに頷いた。
「後ろは仲間が守る。」
「だから前だけを見ろ。」
板垣は短く続ける。
「一人で退くな。」
「五人で退け。」
訓練終了後。
第三班は並んで格納庫へ向かう。
朝倉が照れくさそうに笑う。
「今日は転ばなかったぞ。」
「それだけで十分だ。」
真壁が珍しく笑みを浮かべる。
武田は振り返らずに歩いた。
もう後ろを確認する必要はない。
そこには、信頼できる仲間がいるのだから。
初夏の風が五人の背中を静かに押していた。