TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第五章 疾風 第40話 退くということ

 

六月中旬。

 

朝靄が演習場を包み込んでいた。

 

第三班の五人は、いつものようにシミュレーター棟へ足を運ぶ。

 

「今日は何だろうな。」

 

朝倉がヘルメットを片手に歩く。

 

「……もう予想しても当たらない気がする。」

 

結城が苦笑する。

 

「確かに。」

 

武田も笑った。

 

「でも、そろそろ跳躍くらいはやらせてくれてもいいよな。」

 

朝倉が期待を込めて言う。

 

九条は小さく首を振った。

 

「教官のことだ。」

 

「予想どおりにはならない。」

 

五人は顔を見合わせ、小さく笑いながらシミュレーター室へ入った。

 

板垣はすでに演習区域の映像を映していた。

 

平坦な地形。

 

中央には一本の白線。

 

その向こう側には赤い警戒線が表示されている。

 

「本日の課目。」

 

板垣は学生たちを見渡した。

 

「後退機動。」

 

朝倉が思わず声を漏らす。

 

「後ろ……ですか?」

 

「そうだ。」

 

「前進は禁止。」

 

学生たちは顔を見合わせる。

 

「敵を正面へ捉えたまま。」

 

「後退しろ。」

 

《訓練開始》

 

武御雷がゆっくりと立ち上がる。

 

第三班は横一列に展開した。

 

「後退。」

 

九条の号令。

 

五機がゆっくり後ろへ動き始める。

 

その瞬間。

 

朝倉がバランスを崩した。

 

「うわっ!」

 

右足がもつれ、機体が傾く。

 

何とか持ち直したが、大きく隊形が乱れる。

 

真壁は慎重すぎる。

 

ほとんど動いていない。

 

結城は後方を気にするあまり、正面の仮想敵を見失う。

 

武田も思うように動けなかった。

 

前へ進むなら景色が流れる。

 

しかし後退では感覚がまるで違う。

 

距離感が掴めない。

 

「止まれ。」

 

九条の声。

 

五機が停止する。

 

板垣は静かに尋ねた。

 

「なぜ乱れた。」

 

誰も答えない。

 

「武田。」

 

「はい。」

 

「なぜ後ろを見た。」

 

武田は少し驚いた。

 

「……無意識でした。」

 

板垣は静かに頷く。

 

「敵から目を離すな。」

 

「死ぬのは、目を逸らした瞬間だ。」

 

その言葉が、静まり返った室内へ重く響いた。

 

午前の訓練は失敗の連続だった。

 

昼休み。

 

武田は食堂ではなく、演習場のベンチへ座っていた。

 

九条が隣へ腰を下ろす。

 

「難しいな。」

 

武田は苦笑する。

 

「退く方が難しいなんて思わなかった。」

 

九条は空を見上げた。

 

「板垣教官が言っていた。」

 

「速さに憧れる者は多い。」

 

「退き方を学ぶ者は少ない。」

 

武田は静かに頷く。

 

「退くのって、負けるみたいで嫌だった。」

 

九条は少しだけ笑った。

 

「私もそう思っていた。」

 

武田は意外そうな顔をする。

 

「でも。」

 

九条は武田へ向き直る。

 

「退くことは逃げることじゃない。」

 

「生きて、もう一度前へ出るための選択だ。」

 

午後。

 

再び訓練が始まる。

 

《敵機接近》

 

警報音が鳴る。

 

五機は長刀を構えたまま後退する。

 

武田はもう後ろを見ない。

 

敵だけを見る。

 

九条の位置を視界の端で捉える。

 

真壁が間隔を整える。

 

結城が左翼を維持する。

 

朝倉も転ばない。

 

「停止。」

 

五機が揃って止まる。

 

《課目達成》

 

武田は大きく息を吐いた。

 

板垣がゆっくり歩み寄る。

 

「武田。」

 

「はい。」

 

「なぜ成功した。」

 

武田は答える。

 

「敵から目を離しませんでした。」

 

板垣は静かに首を振る。

 

「半分だ。」

 

武田は息を呑む。

 

「後ろを見なかった。」

 

「それでも退けた。」

 

「なぜだ。」

 

武田はしばらく考えた。

 

答えが見つからない。

 

ふと視線を横へ向ける。

 

九条。

 

真壁。

 

結城。

 

朝倉。

 

四人が同じようにこちらを見ていた。

 

「あ……。」

 

武田は小さく息を吐いた。

 

「仲間がいたからです。」

 

板垣は一度だけ頷いた。

 

「そうだ。」

 

「お前一人では退けん。」

 

「五人だから退ける。」

 

板垣は五人全員を見渡した。

 

「一人で退くな。」

 

「五人で退け。」

 

訓練終了後。

 

第三班は並んで格納庫へ向かった。

 

朝倉が照れくさそうに笑う。

 

「今日は転ばなかったぞ。」

 

「十分な進歩だ。」

 

真壁が珍しく笑みを浮かべる。

 

結城も嬉しそうに頷いた。

 

武田は振り返らずに歩いた。

 

後ろを確かめる必要はなかった。

 

そこには、信頼できる仲間がいる。

 

だから自分は、前だけを見ればいい。

 

初夏の風が、五人の背中を静かに押していた。

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