TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
六月下旬。
朝から学生たちの足取りは、どこか軽かった。
「今日らしいぞ。」
朝倉が小声で武田へ言う。
「何が?」
「跳躍ユニット。」
武田は苦笑した。
「また噂か。」
「いや、今度は本当だ。」
その時、九条が二人の横を通り過ぎる。
「整列。」
「板垣教官が来る。」
二人は慌てて姿勢を正した。
シミュレーター室へ入ると、板垣は武御雷の立体映像を映していた。
背部には二基の跳躍ユニット。
大型推進器が静かに可動している。
学生たちの視線が自然と集まった。
板垣は短く告げる。
「本日の課目。」
「跳躍。」
朝倉の目が輝く。
「やっと……。」
板垣は静かに言う。
「浮かれるな。」
「はい。」
「跳ぶことは難しくない。」
学生たちは顔を上げる。
「難しいのは。」
わずかな間。
「着地だ。」
室内が静まり返る。
「覚えておけ。」
「空では戦えん。」
「戦えるのは、地に足が着いてからだ。」
《訓練開始》
武御雷の背部ユニットが低く唸り始める。
「出力二〇パーセント。」
「跳べ。」
九条が最初に動いた。
武御雷が静かに地面を離れる。
一メートル。
二メートル。
三メートル。
そして、衝撃を最小限に抑えながら着地する。
《着地誤差 一・二メートル》
板垣は何も言わない。
次は朝倉だった。
「行くぞ!」
勢いよく推進器を噴射する。
武御雷は予想以上に高く舞い上がった。
「高っ!」
次の瞬間。
ドンッ!
着地の衝撃で脚部が沈み込み、そのまま前方へ転倒した。
《脚部損傷・戦闘不能》
「またかぁ!」
朝倉が頭を抱える。
演習室に小さな笑いが広がる。
板垣は記録を書き込みながら言った。
「実戦なら、そこで終わりだ。」
「……はい。」
朝倉は照れ笑いを浮かべながら敬礼した。
真壁は慎重に跳躍した。
高さは十分だったが、着地を恐れて減速し過ぎ、機体は後ろへ尻もちをつく。
結城は空中で姿勢を崩し、横向きに着地した。
そして武田の番。
深く息を吸う。
推進器を起動する。
身体がふわりと浮いた。
昨日まで見上げていた演習場が、足元へ広がる。
(高い。)
視界が一気に開けた。
だが、その瞬間に板垣の言葉がよみがえる。
『難しいのは、着地だ。』
武田は前だけを見た。
着地点だけを見た。
操縦桿を静かに戻す。
衝撃。
ドンッ。
武御雷は大きく揺れた。
それでも倒れない。
《着地成功》
《姿勢誤差 大》
武田は大きく息を吐いた。
「立ってる……。」
板垣が静かに声を掛ける。
「武田。」
「はい。」
「跳躍は五十点。」
「着地は三十点。」
武田は苦笑した。
「まだまだですね。」
「そうだ。」
板垣は学生全員を見渡す。
「跳ぶことは前へ進むことではない。」
誰も動かない。
「帰ってくるために跳ぶ。」
武田は思わず顔を上げた。
板垣は続ける。
「着地を考えずに跳ぶ者は。」
「帰れない。」
その言葉が胸の奥へ静かに刻まれる。
訓練終了後。
格納庫へ向かう途中。
朝倉が肩を落として歩いていた。
「今日は派手に転んだなぁ。」
武田が笑う。
「でも、一番高く跳んでた。」
「慰めになってねぇ。」
第三班の五人から笑いがこぼれる。
その様子を少し離れた場所で見ていた第一班。
一ノ瀬が九条へ小さく会釈した。
「今日は惜しかったですね。」
「着地が昨日より安定していました。」
九条も礼を返す。
「ありがとうございます。」
「ですが、まだ及びません。」
一ノ瀬は穏やかに微笑んだ。
「私たちも同じです。」
「跳ぶより、着地の方が難しいですから。」
そう言い残し、第一班は静かに歩き去っていった。
武田はその背中を見送る。
追いつきたい。
その思いは、以前よりもずっと強くなっていた。
夕暮れ。
格納庫には白い武御雷が静かに並んでいる。
武田はその姿を見上げた。
跳ぶことはできた。
だが、跳ぶだけでは戦えない。
地に足を着け、再び立ち上がってこそ、衛士は戦える。
初夏の風が格納庫を吹き抜ける。
第三班はまた一つ、衛士への一歩を踏み出していた。