TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

50 / 62
第五章 疾風 第42話 空を預ける

 

梅雨入りを間近に控えた朝。

 

演習場には湿った風が吹いていた。

 

第三班の五人はシミュレーター室へ集まる。

 

昨日の跳躍訓練の疲れが、まだ身体に残っていた。

 

朝倉が首を回しながら苦笑する。

 

「飛ぶだけで全身筋肉痛だ。」

 

「着地で力みすぎだ。」

 

真壁が淡々と答える。

 

「分かってるけどよ……。」

 

武田は二人のやり取りを聞きながら、昨日の訓練を思い返していた。

 

飛ぶことはできた。

 

だが、自由には飛べなかった。

 

板垣の言葉が頭に残っている。

 

――空では戦えん。

 

その意味を、まだ理解しきれていなかった。

 

シミュレーター室へ入ると、板垣が演習区域を表示した。

 

そこには大小さまざまな岩や段差が並び、中央には深い溝が一本走っている。

 

「本日の課目。」

 

板垣が静かに告げる。

 

「障害飛越。」

 

「班単位で実施する。」

 

朝倉が目を輝かせる。

 

「やっと実戦っぽくなってきた!」

 

板垣は朝倉を一瞥する。

 

「違う。」

 

「まだ遊びだ。」

 

室内に小さな笑いが起こる。

 

朝倉は頭をかきながら苦笑した。

 

「はい……。」

 

《訓練開始》

 

九条を先頭に第三班が前進する。

 

最初の障害は幅五メートルの溝だった。

 

「一機ずつ跳ぶ。」

 

九条の指示。

 

「了解。」

 

武田が先頭へ出る。

 

推進器噴射。

 

武御雷が宙へ浮かぶ。

 

着地。

 

成功。

 

続いて真壁。

 

結城。

 

九条。

 

全員が安定した着地を見せる。

 

最後は朝倉。

 

「見てろよ!」

 

推進器を一気に吹かす。

 

武御雷は勢いよく跳び上がった。

 

「高ぇ!」

 

次の瞬間。

 

ドォン!

 

大きな音を立てて着地する。

 

土煙が舞い上がり、演習場を覆った。

 

朝倉は得意げに笑う。

 

「どうだ!」

 

板垣が静かに言う。

 

「死んだ。」

 

朝倉の笑顔が止まる。

 

「え?」

 

「着地音。」

 

「砂煙。」

 

「敵へ位置を知らせた。」

 

板垣はそれだけ言った。

 

「実戦なら最初に狙われる。」

 

朝倉は俯いた。

 

「……はい。」

 

板垣は演習区域を切り替える。

 

「次。」

 

「五機同時跳躍。」

 

五人は顔を見合わせた。

 

「一斉に?」

 

武田がつぶやく。

 

九条は短く頷いた。

 

「やるぞ。」

 

五機が横一列に並ぶ。

 

「三。」

 

「二。」

 

「一。」

 

「跳べ。」

 

五機が同時に空へ舞う。

 

しかし。

 

高さが揃わない。

 

武田は高すぎる。

 

朝倉は前へ飛び過ぎる。

 

結城は着地が遅れる。

 

隊形は大きく崩れた。

 

《課目失敗》

 

九条は静かに息を吐く。

 

「もう一度だ。」

 

その時だった。

 

演習室後方の扉が開く。

 

富田が静かに入ってくる。

 

板垣は軽く会釈した。

 

富田は五機を見つめたまま言う。

 

「九条。」

 

「はい。」

 

「空で隊形は作れん。」

 

それだけだった。

 

富田は壁際へ下がり、腕を組んで学生たちを見守る。

 

室内は静まり返る。

 

武田には意味が分からなかった。

 

だが九条は演習区域を見つめたまま考え込んでいる。

 

「……そうか。」

 

小さくつぶやく。

 

通信回線を開いた。

 

「作戦を変える。」

 

四人が応じる。

 

「跳ぶ前に隊形を完成させる。」

 

「空では修正しない。」

 

「着地点も最初に決める。」

 

「全員、同じ速度で進入する。」

 

「了解。」

 

五機は再び横一列に並んだ。

 

歩幅を合わせる。

 

速度を合わせる。

 

呼吸を合わせる。

 

九条が静かに数える。

 

「三。」

 

「二。」

 

「一。」

 

「跳べ。」

 

五機が同時に空へ舞う。

 

高さが揃う。

 

姿勢が揃う。

 

着地点もほぼ一致する。

 

ドン――。

 

五機はほぼ同時に着地した。

 

土煙は最小限。

 

隊形も崩れない。

 

《課目達成》

 

朝倉が拳を握る。

 

「やった!」

 

武田も思わず笑みを浮かべた。

 

板垣は静かに五機を見渡す。

 

「今日は。」

 

わずかな間を置く。

 

「互いに空を預けられたな。」

 

その一言に、五人の表情が明るくなる。

 

訓練終了後。

 

格納庫へ向かう道。

 

武田がぽつりとつぶやく。

 

「空では誰も助けられない……。」

 

九条が頷く。

 

「ああ。」

 

「だから、跳ぶ前に仲間を信じる。」

 

真壁が続ける。

 

「空では修正できない。」

 

「地上で合わせるしかない。」

 

結城も笑った。

 

「だから隊形を作ってから跳ぶんですね。」

 

朝倉は頭をかきながら笑う。

 

「また一つ勉強になったな。」

 

五人は並んで歩いていく。

 

その背中を、少し離れた場所から板垣と富田が見つめていた。

 

「どう見ます。」

 

板垣が尋ねる。

 

富田は静かに答えた。

 

「ようやく。」

 

少し間を置く。

 

「五人で飛んだ。」

 

板垣は小さく頷く。

 

「ええ。」

 

「互いに空を預けられるようになりました。」

 

初夏の湿った風が演習場を吹き抜ける。

 

空を飛ぶ時間は、ほんの一瞬。

 

だからこそ、その一瞬を仲間へ預けられるかどうかが、班の強さを決める。

 

第三班はまた一つ、衛士への階段を上っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。