TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第五章 疾風 第44話 班を見る

 

六月下旬。

 

 

朝露に濡れた演習場には、大小さまざまな障害物が並べられていた。

 

倒木。

 

岩場。

 

崩れた擁壁。

 

幅の狭い谷。

 

市街地を想定したコンクリートブロック。

 

第三班の五人は、その光景を見て思わず息を呑む。

 

「……今日は本格的だな。」

武田がつぶやく。

 

朝倉は笑みを浮かべた。

「面白そうじゃねぇか。」

 

九条は黙って演習場全体を見渡していた。

 

やがて板垣が学生たちの前へ立つ。

「本日の課目。」

 

少し間を置く。

 

「障害物機動。」

 

それだけだった。

 

朝倉が思わず首を傾げる。

 

「説明は……。」

 

板垣は答えない。

 

「開始。」

 

その一言だけで訓練が始まった。

 

第三班は九条を先頭に前進する。

 

最初の障害は倒木だった。

 

九条は跳躍を選択する。

 

武田も続く。

 

真壁、結城も越えた。

 

しかし朝倉だけが勢い余って着地点を大きく外した。

 

「悪い!」

 

隊形が乱れる。

 

武田は岩を避けようとして機体を寄せすぎる。

 

真壁は進路を修正するため減速。

 

結城は武田との間隔を空けようとして谷側へ寄りすぎた。

 

警報が鳴る。

 

《課目失敗》

 

五機は停止した。

 

演習場は静まり返る。

 

板垣はゆっくり歩み寄る。

「見えていない。」

 

それだけ言い残し、次の班の方へ向かった。

理由も説明もない。

 

朝倉がヘルメットを脱ぎ、不満そうにつぶやく。

「何が見えてないんだよ……。」

 

誰も答えられなかった。

 

 

昼休み。

 

第三班は演習場脇の日陰へ集まっていた。

 

武田が地図を広げる。

 

「俺は岩しか見てなかった。」

 

結城も頷く。

 

「僕は谷ばかり気にしていました。」

 

朝倉はため息をつく。

 

「俺は倒木を越えることしか考えてなかった。」

 

しばらく沈黙が流れる。

 

その時、真壁が口を開いた。

 

「俺たち。」

 

四人が真壁を見る。

 

「見てる場所が違った。」

 

武田が首を傾げる。

 

「どういうことだ?」

 

真壁は短く答えた。

 

「考えろ。」

 

それだけだった。

 

再び静けさが戻る。

 

九条は演習図を見つめながら、午前の動きを頭の中でたどっていた。

 

倒木。

岩場。

谷。

隊形。

 

そして板垣の言葉。

――見えていない。

 

やがて九条が静かに口を開いた。

 

「そうか。」

 

四人が顔を上げる。

 

「障害物は動かない。」

 

武田はその言葉を繰り返す。

 

「動かない……。」

 

九条は小さく頷く。

 

「動くのは私たちだ。」

 

少し間を置く。

 

「だから障害物ばかり見ていても駄目なんだ。」

 

朝倉がゆっくり顔を上げる。

 

「じゃあ、何を見ればいい?」

 

九条は四人を見回した。

 

「班を見る。」

 

その一言で、四人の表情が変わった。

 

午後。

 

再び障害物機動が始まる。

 

九条が通信を開く。

 

「全員、報告を絶やすな。」

 

「了解。」

 

「武田、前方。」

 

「倒木まで二十メートル。」

 

「真壁。」

 

「右翼、岩場あり。」

 

「結城。」

 

「左翼、安全。」

 

「朝倉。」

 

「後方異常なし!」

 

通信回線には絶えず声が流れていた。

 

最初の倒木。

 

「武田、そのまま。」

 

「了解。」

 

「真壁、一歩右。」

 

「了解。」

 

「結城、速度維持。」

 

「了解。」

 

「朝倉、間隔そのまま。」

 

「任せろ!」

 

五機は同時に跳躍する。

 

着地。

 

隊形は崩れない。

 

続く岩場。

 

谷。

 

狭い通路。

 

誰か一人が障害物を見る。

 

誰か一人が隊形を見る。

 

誰か一人が周囲を見る。

 

五人で見ているから、一人で全部を見る必要がない。

 

武田はふと気付いた。

 

自分は岩ばかり見ていない。

 

九条の位置。

 

真壁との間隔。

 

結城の動き。

 

朝倉の速度。

 

仲間が見えているから、安心して前へ進める。

 

《課目達成》

 

表示が浮かぶ。

 

第三班の五人は同時に息を吐いた。

 

板垣がゆっくり近づく。

 

五人は自然と姿勢を正した。

 

板垣は九条を見る。

 

そして班全員を見渡した。

 

「悪くない。」

 

短い一言だった。

 

だが、その言葉は午前中よりも、ずっと重く胸に響いた。

 

夕暮れ。

 

格納庫への帰り道。

 

朝倉が笑いながら言う。

 

「今日さ。」

 

「障害物を避けた覚えがあんまりねぇ。」

 

武田も笑った。

 

「俺もだ。」

 

真壁が静かに言う。

 

「見る必要がなかった。」

 

結城も頷く。

 

「みんなが見てくれていましたから。」

 

九条は四人の背中を見つめ、小さく笑った。

 

「ようやく。」

 

武田が振り返る。

 

「何が?」

 

九条は穏やかに答えた。

 

「五人で、同じ景色が見えた。」

 

武田はその言葉を胸の中で繰り返した。

 

同じ障害物を見ていたわけではない。

 

同じ方向だけを見ていたわけでもない。

 

それでも五人は、一つの班として同じ景色を見ていた。

 

初夏の風が演習場を吹き抜ける。

 

障害物は何一つ変わらない。

 

変わったのは、それを越えていく第三班だった。

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