TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第五章 疾風 第45話 五人の速度

 

梅雨空の下、演習場を吹き抜ける風は重かった。

 

朝から小雨が降ったり止んだりを繰り返し、地面はところどころぬかるんでいる。

 

第三班の五人は整列したまま、演習場を見つめていた。

 

今日は様子が違う。

 

第三班だけではない。

 

第一班、第二班、第四班も整列している。

 

候補生全員が同じ演習場へ集められていた。

 

朝倉が小さく武田へ耳打ちする。

 

「なんか嫌な予感がする。」

 

武田は苦笑した。

 

「板垣教官が全班集める時は、大体そうだな。」

 

やがて板垣が前へ出る。

 

静まり返る演習場。

 

「本日の課目。」

 

短く告げる。

 

「高速班機動。」

 

その四文字だけだった。

 

説明はない。

 

質問する者もいない。

 

ここまでの訓練で、学生たちは知っていた。

 

板垣は、答えではなく課題を与える教官だ。

 

「各班、縦隊。」

 

五機が一直線に並ぶ。

 

先頭は九条。

 

続いて武田。

 

真壁。

 

結城。

 

最後尾に朝倉。

 

「開始。」

 

九条が機体を加速させる。

 

四機が続く。

 

最初は順調だった。

 

しかし速度が上がるにつれ、間隔が少しずつ乱れ始める。

 

「速い!」

 

朝倉が思わず推力を上げた。

 

武御雷が一気に前へ出る。

 

「朝倉!」

 

武田が叫ぶ。

 

朝倉は武田を追い越しかけ、慌てて減速した。

 

今度は最後尾との間隔が大きく開く。

 

真壁は速度を合わせようとして姿勢を崩す。

 

結城も隊形を維持しようと蛇行した。

 

《隊形維持不能》

 

《課目失敗》

 

五機が停止する。

 

朝倉は通信を開いた。

 

「えっ? なんで?」

 

板垣は静かに歩み寄る。

 

「朝倉。」

 

「はい。」

 

「速かったな。」

 

「はい!」

 

「だが。」

 

ほんの一瞬、間を置く。

 

「班ではない。」

 

それだけだった。

 

板垣は次の班へ向かう。

 

朝倉は黙り込む。

 

武田も言葉が見つからなかった。

 

---

 

昼休み。

 

第三班は格納庫裏の日陰へ集まっていた。

 

誰もすぐには弁当へ手を付けなかった。

 

最初に口を開いたのは真壁だった。

 

「朝倉。」

 

「……悪かった。」

 

朝倉は素直に頭を下げる。

 

「俺、速ければいいと思ってた。」

 

九条は静かに首を振った。

 

「朝倉だけじゃない。」

 

四人が九条を見る。

 

「私も前だけを見ていた。」

 

少し考えてから続ける。

 

「私はまだ、班の速度を作れていなかった。」

 

武田は九条を見た。

 

「班の速度……。」

 

九条は小さく頷く。

 

「速い者に合わせれば、遅い者が離れる。」

 

「遅い者を待ち続ければ、前へ進めない。」

 

真壁が腕を組む。

 

「じゃあ、どうする。」

 

九条は四人を見回した。

 

「全員で同じ速さを作る。」

 

朝倉が首を傾げる。

 

「そんなことできるのか?」

 

「やるしかない。」

 

武田が笑った。

 

「一人の速度じゃなくて、五人の速度ってことか。」

 

結城も頷く。

 

「それなら誰も置いていかれません。」

 

九条は穏やかに笑った。

 

「ああ。」

 

「午後は、それで行こう。」

 

---

 

午後。

 

再び高速班機動。

 

五機が縦隊を組む。

 

「加速。」

 

九条の号令。

 

武田は速度計ではなく、九条との距離を見る。

 

真壁は武田との間隔を保つ。

 

結城は真壁との距離を維持する。

 

朝倉も推力を抑え、前だけを追わない。

 

速さではない。

 

互いの位置だけを見て走る。

 

一直線。

 

乱れない。

 

速度は午前より遅い。

 

それでも誰一人離れない。

 

徐々に推力が上がる。

 

それでも隊形は崩れない。

 

五機が一つの流れになって演習場を駆け抜ける。

 

《課目達成》

 

停止の号令。

 

五機がそろって静止する。

 

演習場は静まり返っていた。

 

板垣がゆっくり歩み寄る。

 

第三班の五人は自然と姿勢を正した。

 

板垣は九条を見る。

 

そして班全員を見渡した。

 

「悪くない。」

 

短い一言だった。

 

だが、その言葉には確かな評価が込められていた。

 

九条は静かに敬礼する。

 

「ありがとうございます。」

 

---

 

夕暮れ。

 

寮へ戻る坂道。

 

朝倉がぽつりとつぶやく。

 

「今日、初めて分かった。」

 

武田が振り返る。

 

「何が?」

 

朝倉は照れくさそうに笑った。

 

「俺一人が速くても、意味ねぇんだな。」

 

真壁が小さく笑う。

 

「やっと気付いたか。」

 

「うるせぇ。」

 

五人から笑いがこぼれる。

 

九条はその背中を見つめながら、小さく息を吐いた。

 

班長として、また一つ学んだ。

 

速い者が部隊を引っ張るのではない。

 

遅い者を待つことでもない。

 

互いに歩幅を合わせ、五人で同じ速さを作る。

 

それが、第三班の速度だった。

 

梅雨空の切れ間から差し込んだ夕日が、肩を並べて歩く五人を静かに照らしていた。

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