TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
その日の訓練は、日没後に始まった。
シミュレーター室の照明は落とされ、壁際の誘導灯だけが淡く光っている。
学生たちはいつもと違う静けさの中で整列していた。
朝倉が小さく息を吐く。
「夜に訓練って、嫌な予感しかしないな。」
武田もヘルメットを抱え直した。
「昼と同じにはいかないだろうな。」
板垣は前へ進み出る。
「本日の課目。」
短く告げる。
「夜間機動。」
学生たちの表情が引き締まる。
「搭乗。」
五人はそれぞれコックピットへ乗り込んだ。
《訓練プログラム起動》
映し出された演習場は、暗闇に包まれていた。
月明かりもない。
目視だけでは地形すら判別できない。
板垣の声が通信回線へ響く。
「目に頼るな。」
少し間を置く。
「計器を使え。」
「情報を使え。」
「そして、班を使え。」
その言葉で、武田は昨日の訓練を思い出した。
――班を見る。
《訓練開始》
九条が通信を開く。
「第三班、前進。」
「了解。」
五機がゆっくり動き始める。
しかし昼間とはまるで違う。
距離感がつかめない。
地形も見えない。
武田は思わず前方へ目を凝らした。
「見えない……。」
その瞬間だった。
「武田さん。」
結城の声が通信に入る。
「速度が少し上がっています。」
「あっ……。」
武田は慌てて推力を戻す。
今度は朝倉の機体が右へ寄る。
「朝倉さん、右へ一メートル。」
「了解!」
朝倉が修正する。
真壁も静かに報告する。
「左側、間隔維持。」
昼間なら目で分かることが、夜では分からない。
だから声が増えた。
「前方クリア。」
「右翼異常なし。」
「速度維持。」
「間隔正常。」
通信回線は昼間よりも賑やかだった。
その時だった。
結城が少し強い口調で言う。
「九条班長。」
「左前方、障害物。」
九条は即座に判断した。
「全機、右へ五度。」
「了解。」
五機がそろって進路を変える。
直後。
暗闇の中を、大きな岩がゆっくり通り過ぎていった。
武田は思わず息を吐く。
「助かった……。」
昼間なら見えていた。
だが夜では違う。
誰かの目だけでは足りない。
結城は計器を確認しながら落ち着いて報告を続ける。
「前方異常なし。」
「間隔正常。」
「速度良好。」
九条は短く言った。
「第三班。」
「結城の報告を基準に動く。」
「了解!」
そこから班の動きが変わった。
武田は前だけを見ない。
朝倉は無理に目を凝らさない。
真壁は左右の間隔を維持する。
九条は全体をまとめる。
そして結城が情報を伝える。
誰か一人が頑張るのではない。
役割を分けることで、闇の中でも五機は乱れなく進んでいく。
《課目達成》
表示が浮かぶ。
第三班の五人は同時に息を吐いた。
朝倉が笑う。
「結城、助かった!」
「そんな、大したことじゃ……。」
「いや。」
武田が笑って首を振る。
「今日はお前が一番よく見えてた。」
結城は照れくさそうに笑った。
板垣が近づく。
五人は姿勢を正す。
板垣は結城を見る。
「結城。」
「はい。」
「よく報告した。」
「ありがとうございます。」
板垣は班全員へ視線を向ける。
「夜は。」
少し間を置く。
「見えないことが当たり前だ。」
学生たちは耳を傾ける。
「だから確認する。」
「だから報告する。」
「だから班がある。」
その言葉に、武田は静かに頷いた。
昼は目で仲間を見る。
夜は声で仲間を見る。
どちらも班で戦うためには欠かせない。
帰り道。
夜風が校庭を吹き抜ける。
朝倉が結城の肩を軽く叩いた。
「今日はお前が班の目だったな。」
結城は慌てて首を振る。
「僕だけじゃありません。」
真壁が静かに言う。
「一人じゃ役に立たない。」
武田も頷いた。
「報告を聞く人がいて、初めて意味がある。」
九条は穏やかに笑った。
「昼は班を見る。」
「夜は班の声を聞く。」
武田はその言葉を胸の中で繰り返した。
闇を読むとは、暗闇を見ることではない。
見えない中で仲間を信じ、その声を道しるべにすることだった。
静かな夜道を、第三班の五人は肩を並べて歩いていった。