TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第五章 疾風 第48話 敵を知る

 

朝の食堂は、いつもより静かだった。

 

雨は上がっていたが、窓の外にはまだ低い雲が残っている。湿った風が校庭を撫で、遠くの山並みを薄く霞ませていた。

 

朝倉は珍しく、朝食の箸が進んでいなかった。

 

「どうした。」

 

武田が声を掛ける。

 

「いや……。」

 

朝倉は味噌汁の椀を見つめたまま言う。

 

「今日は何か、嫌な感じがする。」

 

真壁が短く返した。

 

「勘か。」

 

「そう。」

 

朝倉は頷く。

 

「俺の勘は当たる。」

 

「この前、今日の昼はカツだって言って外しただろ。」

 

武田が言うと、結城が小さく笑った。

 

朝倉は少しだけ表情を戻す。

 

「あれは食堂側が悪い。」

 

「違う。」

 

真壁の一言で、武田たちも笑った。

 

九条だけは静かに湯呑みを置き、窓の外を見ていた。

 

「今日は、実戦課程に入るかもしれない。」

 

その言葉に、空気が変わった。

 

武田は箸を止める。

 

「実戦課程……。」

 

九条は頷く。

 

「機動、跳躍、雨天、夜間。」

 

「基礎は一通り終えた。」

 

「次に来るのは、おそらく敵だ。」

 

誰もすぐには返事をしなかった。

 

敵。

 

その一文字が、食堂の空気を重くした。

 

---

 

シミュレーター棟へ向かう道は、いつもと同じだった。

 

だが、今日は誰も冗談を言わない。

 

格納庫の横を通ると、白い武御雷が整然と並んでいた。

 

武田は一瞬だけ足を止める。

 

あの機体へ近づくために、ここまで訓練してきた。

 

立つこと。

 

歩くこと。

 

止まること。

 

刀を構えること。

 

跳ぶこと。

 

仲間と動くこと。

 

そのすべてが、何のためだったのか。

 

今日、それを知るのかもしれない。

 

シミュレーター室へ入ると、板垣が待っていた。

 

大型モニターには、まだ何も映っていない。

 

板垣は学生たちが整列するのを待ち、短く告げた。

 

「本日より、実戦戦術シミュレーターを使用する。」

 

室内の温度が下がったように感じた。

 

「これまでの課程は、機体を動かす訓練だった。」

 

板垣は学生たちを見渡す。

 

「今日からは、敵を相手にする。」

 

朝倉の喉が小さく鳴った。

 

結城は拳を握る。

 

真壁は表情を変えない。

 

九条はまっすぐ前を見ていた。

 

板垣が端末を操作する。

 

モニターに映像が現れた。

 

荒れた大地。

 

崩れた市街地。

 

そして。

 

異形の群れ。

 

誰かが息を呑んだ。

 

BETA。

 

教本では何度も見た。

 

映像資料でも見た。

 

だが、訓練用の立体映像として目の前に現れたそれは、紙の上の知識とはまるで違っていた。

 

気持ち悪い。

 

恐ろしい。

 

そういう言葉では足りない。

 

こちらを人間として見ていない。

 

ただ前へ進み、壊し、食い潰すためだけに存在しているもの。

 

武田は無意識に奥歯を噛み締めた。

 

「戦車級。」

 

板垣の声が響く。

 

小型のBETAが画面に拡大される。

 

「数で押す。」

 

「動きは速い。」

 

「足元へ入り込まれれば、機体を崩される。」

 

次に、さらに巨大な個体が表示された。

 

「突撃級。」

 

「正面装甲は厚い。」

 

「正面から止めようとするな。」

 

そして、長い腕を持つ異形。

 

「要撃級。」

 

「接近戦で最も遭遇しやすい。」

 

「腕部の一撃を受ければ、訓練機なら即時戦闘不能だ。」

 

朝倉が小さく呟く。

 

「こんなのを……。」

 

板垣の視線が動く。

 

「朝倉。」

 

「はい。」

 

「声に出せ。」

 

朝倉は一度唇を結び、正面を向いた。

 

「こんなのを、斬るんですか。」

 

板垣はすぐには答えなかった。

 

沈黙の後、静かに言う。

 

「違う。」

 

学生たちは顔を上げる。

 

「斬るのではない。」

 

「止める。」

 

富田の言葉が、武田の中で蘇る。

 

刀は護るためにある。

 

敵を斬るためではない。

 

護るために抜く。

 

板垣は続けた。

 

「敵を倒すことに酔う者は、最初に死ぬ。」

 

「敵を見過ぎる者も死ぬ。」

 

「守るものを見失う者も死ぬ。」

 

室内は静まり返っていた。

 

「今日の課目は、撃破ではない。」

 

「生存だ。」

 

その言葉に、武田は眉を動かした。

 

「生存……。」

 

「そうだ。」

 

板垣は短く答える。

 

「第三班。」

 

五人が姿勢を正す。

 

「お前たちは、制限時間五分を生き残れ。」

 

朝倉が目を見開く。

 

「撃破ではなく、ですか。」

 

「そうだ。」

 

「五分間、生き残れ。」

 

それだけだった。

 

---

 

搭乗準備が始まった。

 

武田は七番コックピットへ向かう。

 

手すりを握る手が少し汗ばんでいた。

 

何度も座った席。

 

何度も起動したシステム。

 

それなのに、今日は違う。

 

コックピットへ座ると、胸の奥が重くなる。

 

《実戦戦術シミュレーター起動》

 

《交戦記録データ読込》

 

《BETA行動パターン反映》

 

無機質な音声が続く。

 

武田はゆっくり操縦桿を握った。

 

九条の声が通信に入る。

 

「第三班、応答。」

 

「武田、異常なし。」

 

「朝倉、異常なし。」

 

「真壁、異常なし。」

 

「結城、異常ありません。」

 

九条は一拍置いて言った。

 

「目的は生存だ。」

 

「敵を深追いするな。」

 

「班を崩すな。」

 

「了解。」

 

武田は息を整える。

 

大丈夫だ。

 

今までやってきた。

 

歩いた。

 

止まった。

 

跳んだ。

 

退いた。

 

雨でも、夜でも、五人で越えてきた。

 

なら、今回も。

 

そう自分に言い聞かせた。

 

だが、モニターの向こうに広がる荒野を見た瞬間、その言葉は少しだけ揺らいだ。

 

遠くで、赤い反応が動いた。

 

一つではない。

 

十。

 

二十。

 

もっと多い。

 

結城の声が震える。

 

「前方、複数反応。」

 

真壁が続ける。

 

「距離、八百。」

 

朝倉が低く言う。

 

「来るぞ。」

 

九条の声は落ち着いていた。

 

「第三班、後退しながら迎撃体勢。」

 

「目的は五分生存。」

 

「繰り返す。」

 

「生き残る。」

 

武田は長刀へ手を掛ける。

 

背中に冷たいものが走った。

 

これは訓練だ。

 

死なない。

 

そう分かっている。

 

それでも。

 

画面の向こうから迫ってくる群れは、確かに武田の心へ恐怖を押し込んできた。

 

板垣の声が最後に響く。

 

「開始。」

 

《模擬BETA戦、開始》

 

荒野の向こうで、BETAの群れが動き出した。

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