TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第五章 疾風 第50話 生存五分(後編)

 

「武田! 行くな!!」

 

真壁の叫びが通信回線を震わせた。

 

しかし、武田の身体はもう動いていた。

 

頭では分かっている。

 

朝倉はもう「戦死判定」だ。

 

シミュレーター上では救えない。

 

それでも足は止まらない。

 

「朝倉!」

 

武御雷が一歩踏み出す。

 

その瞬間、九条の声が鋭く飛んだ。

 

「武田!」

 

「命令だ!」

 

「戻れ!」

 

武田の手が一瞬止まる。

 

班長命令。

 

訓練で何度も叩き込まれた絶対の命令だった。

 

だが、視界の隅には動かなくなった朝倉機が映っている。

 

(戻るのか。)

 

(それとも助けるのか。)

 

ほんの一瞬。

 

その迷いが致命傷になった。

 

要撃級の腕が武田機へ迫る。

 

「武田!」

 

結城の警告。

 

真壁が割って入ろうとする。

 

しかし間に合わない。

 

鈍い衝撃。

 

コックピットが赤く染まる。

 

《武田候補生 戦死判定》

 

画面が暗転した。

 

音だけが残る。

 

武田は操縦桿を握ったまま、真っ黒なモニターを見つめていた。

 

何も映らない。

 

何もできない。

 

それでも通信だけは聞こえる。

 

「武田!」

 

九条だった。

 

返事はできない。

 

戦死判定を受けた機体は、通信以外の操作を失う。

 

武田は唇を噛み締めた。

 

(何も……できない。)

 

その時だった。

 

結城の焦った声が響く。

 

「右から戦車級六!」

 

「突撃級接近!」

 

真壁が応じる。

 

「九条班長、後退を!」

 

九条は即座に判断する。

 

「後退する。」

 

「生存を優先!」

 

その言葉に、武田は目を閉じた。

 

(俺が戻っていれば。)

 

(まだ四人で戦えた。)

 

激しい衝撃音。

 

「真壁!」

 

結城の叫び。

 

《真壁候補生 戦死判定》

 

武田の心臓が大きく脈打つ。

 

(真壁まで……。)

 

通信には息遣いだけが残る。

 

九条はまだ冷静だった。

 

「結城。」

 

「はい!」

 

「敵数。」

 

「戦車級十五!」

 

「突撃級二!」

 

「要撃級一!」

 

数字を聞いた九条は静かに答えた。

 

「了解。」

 

その一言だけだった。

 

武田には分かった。

 

九条も理解している。

 

もう、生き残れない。

 

それでも班長は諦めない。

 

「結城。」

 

「はい。」

 

「左へ下がれ。」

 

「班長は!」

 

「命令だ。」

 

結城は一瞬黙った。

 

「……了解。」

 

その返事の直後だった。

 

要撃級の腕が振り下ろされる。

 

《結城候補生 戦死判定》

 

通信が途切れる。

 

静寂。

 

残るのは九条だけだった。

 

武田は真っ暗な画面を見つめる。

 

何も見えない。

 

それでも耳だけは戦場に残されている。

 

九条が静かに息を吸う音が聞こえた。

 

「第三班。」

 

返事はない。

 

「……よく戦った。」

 

その声は、誰に向けたものだったのか。

 

武田には分からなかった。

 

次の瞬間。

 

激しい警告音。

 

《九条候補生 戦死判定》

 

《第三班 全滅》

 

表示と同時に、すべての通信が途絶えた。

 

静寂。

 

シミュレーターがゆっくり停止する。

 

武田はしばらく動けなかった。

 

コックピットのハッチが開いても、立ち上がれない。

 

朝倉も。

 

真壁も。

 

結城も。

 

九条も。

 

誰も声を出さなかった。

 

ただ重い足取りで教室へ戻る。

 

そこには板垣が待っていた。

 

教室の照明が落とされる。

 

大型モニターに、先ほどの戦闘記録が映し出された。

 

誰も椅子へ深く座れない。

 

板垣は映像を再生する。

 

朝倉が武田を突き飛ばす場面。

 

停止。

 

「ここだ。」

 

教室は静まり返る。

 

板垣は朝倉を見ない。

 

武田も見ない。

 

ただ映像だけを見つめる。

 

「武田。」

 

「……はい。」

 

「なぜ前へ出た。」

 

武田は俯いた。

 

「朝倉を……助けようとしました。」

 

板垣は頷きも否定もしない。

 

「結果は。」

 

「……戦死判定です。」

 

「そうだ。」

 

再び映像が動く。

 

武田が突出する。

 

停止。

 

「九条。」

 

「はい。」

 

「この時、何を命じた。」

 

「武田へ帰投を命じました。」

 

「理由は。」

 

「班を維持するためです。」

 

板垣はモニターを閉じた。

 

教室は静まり返る。

 

誰も顔を上げられない。

 

長い沈黙。

 

板垣は静かに口を開いた。

 

「朝倉は悪くない。」

 

朝倉が顔を上げる。

 

「武田も悪くない。」

 

武田も驚いて顔を上げた。

 

「九条も。」

 

「真壁も。」

 

「結城も。」

 

一人ずつ視線を向ける。

 

そして最後に言った。

 

「悪かったのは。」

 

ほんの一拍。

 

「第三班だ。」

 

五人は息を呑んだ。

 

「一人の判断を、一人で背負わせた。」

 

「班なら補えた。」

 

「補えなかった。」

 

「だから全滅した。」

 

板垣は端末を操作する。

 

モニターに数字が表示される。

 

生存時間 四分三十七秒

 

課題 五分間生存

 

学生たちは数字を見つめたまま動けない。

 

板垣はその数字を見ず、静かに言った。

 

「二十三秒。」

 

誰も意味が分からなかった。

 

「お前たちに足りなかった時間だ。」

 

教室は静まり返る。

 

「その二十三秒を埋めるために。」

 

「お前たちは、ここにいる。」

 

板垣は敬礼もしない。

 

励ましもしない。

 

そのまま教室を出て行った。

 

扉が閉まる音だけが響く。

 

武田はモニターに映る数字を見つめていた。

 

四分三十七秒。

 

あと二十三秒。

 

たった二十三秒。

 

されど、二十三秒。

 

その時間の重さを、武田たちはまだ知らなかった。

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