TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第五章 疾風 第51話 答えのない問い

 

実戦戦術シミュレーターでの訓練から一夜明けた。

 

いつもなら朝早くから響く朝倉の声はない。

 

寮の廊下は静まり返り、窓から差し込む朝日だけが床を照らしていた。

 

武田は制服に袖を通しながら、昨夜の映像を思い返していた。

 

《朝倉候補生 戦死判定》

 

《武田候補生 戦死判定》

 

《第三班 全滅》

 

そして板垣の言葉。

 

「二十三秒。」

 

その数字だけが、何度も頭の中で繰り返されていた。

 

部屋を出ると、九条が廊下の窓際に立っていた。

 

いつものように姿勢は真っすぐだったが、その横顔にはわずかな疲れが残っている。

 

「おはようございます。」

 

「ああ。」

 

短い返事。

 

二人はしばらく黙ったまま並んで歩いた。

 

武田が口を開きかける。

 

「昨日のことなんですが……。」

 

九条は静かに首を振った。

 

「食堂へ行こう。」

 

「みんなが待っている。」

 

食堂には真壁と結城が座っていた。

 

朝倉だけが珍しく味噌汁を見つめたまま黙っている。

 

武田は向かいへ腰を下ろした。

 

「朝倉。」

 

朝倉はゆっくり顔を上げる。

 

少しだけ笑おうとして、うまく笑えなかった。

 

「俺さ。」

 

「せっかく武田を助けたのに……。」

 

少し間を置く。

 

「結局、全滅だったな。」

 

武田は首を横に振る。

 

「違う。」

 

「お前が助けてくれたから、俺はまだ考えられる。」

 

朝倉は照れくさそうに笑う。

 

「……そういうの、余計にへこむ。」

 

誰も続く言葉を見つけられない。

 

静かな空気を破ったのは真壁だった。

 

「一人では勝てない。」

 

「昨日、それが分かった。」

 

結城も静かに頷く。

 

「僕は敵ばかり見ていました。」

 

「班を見る余裕がありませんでした。」

 

九条は四人を見回す。

 

「昨日の敗因は、一人ではない。」

 

「板垣教官の言う通りだ。」

 

「第三班として負けた。」

 

その言葉に、誰も反論しなかった。

 

講義が終わっても、武田の心は晴れなかった。

 

気が付くと足は武道場へ向かっていた。

 

扉は半分だけ開いている。

 

中では木刀が空気を切る音だけが響いていた。

 

富田だった。

 

静かに型を繰り返している。

 

無駄のない動き。

 

乱れない呼吸。

 

武田は入口で立ち止まった。

 

「失礼します。」

 

富田は木刀を収める。

 

そして振り返らずに言った。

 

「……来たか。」

 

「はい。」

 

武田は道場へ入る。

 

木の香りが鼻をくすぐる。

 

富田は壁際の木刀を一本示した。

 

「取れ。」

 

武田は木刀を手に取る。

 

「構えろ。」

 

「……はい。」

 

正眼に構える。

 

心は乱れたままだった。

 

次の瞬間。

 

富田が踏み込む。

 

武田の視界から姿が消えた。

 

気付いた時には、木刀の切っ先が喉元で止まっていた。

 

武田は息を呑む。

 

動けなかった。

 

富田は静かに木刀を引く。

 

「今、お前は死んだ。」

 

責める声ではない。

 

ただ事実を告げる声だった。

 

武田は木刀を下ろす。

 

「昨日も同じでした。」

 

「朝倉を助けようとして……。」

 

富田は武田を見つめる。

 

「助けたかったか。」

 

「はい。」

 

「助けられたか。」

 

武田は俯く。

 

「……いいえ。」

 

しばらく沈黙が続いた。

 

外では風が竹を揺らしている。

 

やがて富田が口を開いた。

 

「武田。」

 

「はい。」

 

「お前は、何のために衛士になる。」

 

武田は答えられなかった。

 

国を守るため。

 

人を守るため。

 

憧れだったから。

 

どれも間違いではない。

 

だが、どれも今の自分には足りない気がした。

 

富田は答えを求めなかった。

 

「今、答えを出す必要はない。」

 

「だが。」

 

「問い続けろ。」

 

武田は顔を上げる。

 

富田の目は厳しく、どこか温かかった。

 

「昨日、お前は朝倉を助けようとした。」

 

「その気持ちは忘れるな。」

 

武田は静かに頷く。

 

「だが。」

 

富田はゆっくり続ける。

 

「守るとは。」

 

「誰かの代わりに死ぬことではない。」

 

武田は息を呑む。

 

「生きて帰り。」

 

「もう一度、その者を守ることだ。」

 

その言葉が胸の奥へ静かに落ちていく。

 

理解したわけではない。

 

答えを見つけたわけでもない。

 

それでも、昨日まで胸を締め付けていた何かが、少しだけ軽くなった気がした。

 

武田は深く頭を下げる。

 

「教官。」

 

「俺、もう一度戦います。」

 

富田は小さく頷く。

 

「その前に。」

 

「はい。」

 

「素振り百本。」

 

武田は思わず苦笑した。

 

「百本ですか。」

 

「嫌なら二百本でもいい。」

 

「……百本でお願いします。」

 

富田の口元がほんのわずかに緩んだ。

 

武田も笑う。

 

昨日までの苦い笑顔ではない。

 

少しだけ前を向いた笑顔だった。

 

道場に木刀の音が響く。

 

一振り。

 

また一振り。

 

答えは、まだ見つからない。

 

だから振る。

 

武田は木刀を振り下ろしながら、静かに前を向いた。

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