TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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プロローグ 約束 第六話「試作機」

季節は巡っていた。

 

設計室の窓から見えていた桜は散り、青葉となり、やがて赤く色づき、冬には白い雪へ覆われた。

 

製図台の上から白紙は消えた。

 

代わりに、何百枚という設計図が積み重なっていた。

 

開発棟の奥。

 

一般隊員が立ち入ることのできない試験工場では、一つの計画が静かに進んでいた。

 

巨大な骨格フレームが天井クレーンに吊り下げられる。

 

火花が飛ぶ。

 

溶接の光が暗い工場を照らす。

 

整備員ではない。

 

戦術機開発局に所属する技術者たちが、自ら工具を握っていた。

 

武田も例外ではない。

 

袖をまくり、汗に濡れた作業着のまま、脚部フレームへレンチを当てていた。

 

「主任。」

 

若い技師が駆け寄る。

 

「右脚アクチュエーター、規定値を超えています。」

 

武田は工具を置く。

 

「数値は。」

 

「応答速度、一・七秒。」

 

「目標は。」

 

「一・五秒です。」

 

武田はしばらく黙ってデータを見つめた。

 

「……やり直そう。」

 

若い技師が驚く。

 

「ですが〇・二秒です。」

 

「十分実用範囲では……」

 

武田は首を横に振った。

 

「戦場の〇・二秒は、人が死ぬ時間だ。」

 

その声は穏やかだった。

 

怒っているわけではない。

 

だからこそ、誰も反論しなかった。

 

「もう一度組み直す。」

 

「はい。」

 

工場に再び工具の音が響き始める。

 

その様子を、二階の見学通路から林雪華が見下ろしていた。

 

「相変わらずですね。」

 

隣に立つ初老の技師が苦笑する。

 

「三回作って納得しなければ四回目。」

 

「五回でも六回でもやる。」

 

林は静かに笑う。

 

「ええ。」

 

「知っています。」

 

「だから、ここまで来られました。」

 

視線の先では、武田が若い技師と並んで部品を運んでいる。

 

主任技術者でありながら、一番汚れる仕事を自分でやる。

 

誰よりも遅く帰り、誰よりも早く工場へ来る。

 

その背中を見ているから、誰も弱音を吐けなかった。

 

一年後。

 

試験工場の中央に、一機の戦術機が立っていた。

 

まだ塗装はされていない。

 

銀色の下地が照明を鈍く反射している。

 

頭部にはセンサーもなく、肩には兵装もない。

 

まるで骨だけで立つ巨人だった。

 

武田は機体を見上げる。

 

「立ったな。」

 

誰へ向けた言葉でもない。

 

その一言だけで、工場中から小さな拍手が起こった。

 

林も微笑む。

 

「おめでとうございます。」

 

武田は首を横に振る。

 

「まだ歩いていません。」

 

「まだ跳んでもいません。」

 

「ようやく、立っただけです。」

 

その言葉に、工場の技術者たちは笑った。

 

誰も気を悪くしない。

 

それが武田という人間だと知っていたからだ。

 

その日の夕方。

 

帝国軍技術本部から一通の通知が届く。

 

次期主力戦術機選定試験

 

最終評価機体決定

 

武田は封筒を開く。

 

林も隣で見守る。

 

紙には二つの名称だけが記されていた。

 

斯衛軍 次期主力戦術機

 

TYPE-00 武御雷

 

帝国軍試作戦術機

 

TYPE-X99 建御名方

 

武田は紙を静かに机へ置いた。

 

林が尋ねる。

 

「いよいよですね。」

 

武田は建御名方を見上げる。

 

銀色の機体は、まだ何も語らない。

 

「いや。」

 

「ここからだ。」

 

その言葉には、不思議と気負いがなかった。

 

勝つためではない。

 

証明するためでもない。

 

ただ、この機体が目指したものを、最後まで貫くだけ。

 

工場の窓から、西日が差し込む。

 

銀色だった装甲は、夕日に照らされ、黄金色に染まっていた。

 

建御名方は、まだ一歩も歩いていない。

 

それでも、その姿は確かに未来を見据えているようだった。

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