TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
シミュレーター室には、静かな緊張が漂っていた。
大型モニターには昨日と同じ戦域が映し出されている。
荒れ果てた市街地。
崩れた高架橋。
瓦礫の間を吹き抜ける乾いた風。
違うのは、第三班の表情だけだった。
誰も肩に力は入っていない。
だが、誰一人として気を抜いてもいない。
昨日の敗北。
四分三十七秒。
足りなかった二十三秒。
そのすべてを背負って、五人は再びコックピットへ乗り込む。
《実戦戦術シミュレーター起動》
《課題》
生存五分
板垣の声が静かに響く。
「開始。」
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《MISSION START》
武御雷がゆっくりと前進する。
昨日と同じ風景。
昨日と同じ静けさ。
武田は深呼吸をした。
敵を探す。
――違う。
班を見る。
九条は前方。
真壁は地形。
結城は索敵。
朝倉は右側を警戒している。
全員が違うものを見ている。
だからこそ、全員が同じ状況を理解できる。
「前方、反応。」
結城が告げた。
「戦車級十五。」
「距離七百。」
九条は即座に命じる。
「速度維持。」
「迎撃準備。」
昨日なら、ここで全員が敵へ意識を集中させていた。
今日は違う。
武田は朝倉の位置を確認する。
朝倉も武田へ親指を立てた。
その仕草だけで十分だった。
『俺は大丈夫だ。』
言葉はいらない。
「来るぞ!」
土煙を上げながら戦車級が迫る。
九条の号令。
「迎撃開始!」
長刀が閃く。
武田は一体目を斬る。
その勢いのまま二体目へ向かおうとした瞬間。
「武田。」
真壁だった。
「右。」
武田は反射的に機体をひねる。
戦車級が足元へ潜り込もうとしていた。
「助かった!」
「前を見ろ。」
短い返事。
それだけで十分だった。
一方、朝倉は二体を引きつけながら叫ぶ。
「結城!」
「左が空く!」
「了解!」
結城の射撃が朝倉の背後を抜ける。
朝倉は振り返らない。
結城も朝倉を信じて撃つ。
昨日ならあり得なかった連携だった。
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開始から二分。
戦車級を突破した第三班の前へ、突撃級が現れる。
「三!」
結城の報告。
「散開!」
九条が命じる。
五機が左右へ流れる。
昨日と同じ動き。
しかし今日は誰も孤立しない。
武田は突撃級をかわしながら、九条の位置を確認する。
班長は中央。
隊形は崩れていない。
その時だった。
「要撃級!」
結城の声。
武田の背中を冷たい汗が流れる。
昨日、朝倉が戦死判定となった相手。
要撃級は一直線に武田へ向かってくる。
武田の呼吸が乱れる。
身体が固まる。
昨日の記憶がよみがえる。
『武田!』
朝倉の声。
『ぼーっとしてんじゃねぇ!』
《朝倉候補生 戦死判定》
武田は歯を食いしばる。
逃げるのではない。
立ち向かうのでもない。
班を見る。
「武田!」
九条の声。
「一歩下がれ!」
武田は迷わなかった。
一歩だけ下がる。
その瞬間。
真壁の武御雷が要撃級の側面へ回り込む。
「今だ。」
武田が要撃級の腕を斬る。
続けて朝倉が脚部へ飛び込む。
「結城!」
「はい!」
援護射撃。
最後に九条が長刀を振り下ろした。
要撃級が崩れ落ちる。
通信に沈黙が流れた。
朝倉が小さく笑う。
「一人じゃ無理だったな。」
武田も笑った。
「ああ。」
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《残り三十秒》
シミュレーターが無情に時間を告げる。
しかし、ここからが一番苦しかった。
戦車級が再び押し寄せる。
弾薬は少ない。
疲労も限界に近い。
九条が息を整えながら命じる。
「無理に倒すな!」
「時間を使え!」
武田は初めて意味を理解した。
生き残る。
そのためには戦わない勇気も必要なんだ。
《残り十秒》
朝倉が叫ぶ。
「あと少し!」
《五秒》
真壁。
「左、安全。」
《三秒》
結城。
「敵、追いつきません!」
《一秒》
九条。
「そのまま!」
《MISSION CLEAR》
教室へ戻った五人は、誰も歓声を上げなかった。
ただ静かに息を吐く。
ようやく五分。
たった五分。
それだけを生き残った。
板垣は戦闘記録を確認する。
教室は静まり返っていた。
モニターへ結果が映る。
評価 C
朝倉が思わず顔をしかめる。
「Cか……。」
板垣は頷いた。
「当然だ。」
誰も反論しない。
板垣は戦闘記録を閉じた。
「生き残った。」
短く言う。
「だが、勝ってはいない。」
武田は静かに頷いた。
その意味は全員が理解していた。
五分間、生き延びただけ。
戦場では、それだけでは終わらない。
板垣は教壇を離れ、扉へ向かう。
教室を出る直前、不意に立ち止まった。
振り返らないまま言う。
「……ようやく。」
ほんの少しだけ間を置く。
「班になったな。」
扉が静かに閉まる。
誰もすぐには動かなかった。
朝倉が小さく笑う。
「初めて褒められたんじゃねぇか?」
「褒められたのか?」
武田が聞く。
真壁が答えた。
「板垣教官なりには。」
その言葉に、教室の空気が少しだけ和らいだ。
九条は静かに窓の外を見る。
夕日が演習場を赤く染めている。
武田も同じ景色を見つめた。
昨日まで、自分たちは五人の候補生だった。
だが今日。
初めて同じ方向を見て、同じ時間を生き抜いた。
まだ未熟だ。
まだ弱い。
それでも確かに、一歩前へ進んだ。
あの日、俺たちは初めて「第三班」になった。