TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第六章 戦列 第54話 小隊

 

七月初旬。

 

梅雨明けを間近に控えた帝国斯衛軍衛士訓練学校は、朝の澄んだ空気に包まれていた。

 

まだ太陽は山の稜線から顔を出したばかり。

 

誰もいない演習場には、朝露だけが静かに光っている。

 

その中央に、一人の候補生が立っていた。

 

一ノ瀬だった。

 

演習場を見渡したまま、微動だにしない。

 

やがて背後から足音が近づく。

 

「早いな。」

 

低い声だった。

 

一ノ瀬は振り返り、敬礼する。

 

「板垣教官。」

 

板垣は敬礼を返さず、そのまま隣へ並んだ。

 

しばらく二人とも何も話さない。

 

朝の風だけが二人の間を吹き抜ける。

 

「眠れたか。」

 

不意に板垣が尋ねた。

 

一ノ瀬は少しだけ視線を落とした。

 

「……あまり。」

 

「そうだろう。」

 

板垣は演習場を見つめたまま続ける。

 

「今日からお前は小隊長だ。」

 

一ノ瀬は静かに頷く。

 

「はい。」

 

「班長とは違う。」

 

板垣の声は変わらない。

 

「五人ではない。」

 

「二十人を見る。」

 

一ノ瀬は真っ直ぐ前を見据えた。

 

「承知しております。」

 

板垣は小さく首を振る。

 

「いや。」

 

短く言う。

 

「まだ承知していない。」

 

その一言だけを残し、板垣は踵を返した。

 

一ノ瀬はその背中を見送りながら、小さく息を吐く。

 

初めてだった。

 

訓練が始まる前に、胸が高鳴ったのは。

 

 

「暑くなってきたな。」

 

登校途中、朝倉が制服の襟を緩める。

 

「まだ朝だぞ。」

 

武田が笑う。

 

「昼になったら倒れるわ。」

 

「毎年同じこと言ってますね。」

 

結城が苦笑した。

 

真壁は黙って歩いている。

 

九条だけが少し前を歩き、校舎へ視線を向けていた。

 

その時だった。

 

「おっはよーー!」

 

元気な声が廊下へ響く。

 

五人が同時に振り返る。

 

黒髪を短く切りそろえた少女が、大きく手を振りながら駆け寄ってきた。

 

「君たち第三班でしょ?」

 

武田は少し戸惑う。

 

「そうだけど……。」

 

少女は満面の笑みを浮かべた。

 

「やっぱり!」

 

「僕、第四班班長の黒木理沙!」

 

「よろしくね!」

 

そう言って、何のためらいもなく武田へ手を差し出した。

 

武田は慌てて握手を返す。

 

「あ、武田です。」

 

「よろしく!」

 

朝倉は思わず笑った。

 

「元気だなぁ。」

 

「よく言われる!」

 

理沙は胸を張る。

 

「朝から元気なのが取り柄だから!」

 

「確かに。」

 

朝倉も笑う。

 

その様子を見ていた結城も思わず笑みを浮かべた。

 

「面白い人ですね。」

 

「でしょ!」

 

理沙は嬉しそうに頷く。

 

その時。

 

「黒木。」

 

落ち着いた声が廊下へ響いた。

 

一人の青年が歩いてくる。

 

眼鏡を掛け、制服は寸分の乱れもない。

 

「廊下は走るな。」

 

理沙は「あっ」という顔をした。

 

「ごめん、ごめん!」

 

「つい嬉しくてさ。」

 

青年はため息をつく。

 

「その『つい』を直してくれ。」

 

理沙は舌を出した。

 

「努力する!」

 

「努力では困る。」

 

武田は朝倉へ小声で聞く。

 

「あの人は?」

 

朝倉も首を振る。

 

「知らん。」

 

九条が静かに答えた。

 

「第二班班長だ。」

 

青年は第三班へ向き直る。

 

「第二班班長、橘だ。」

 

「よろしく頼む。」

 

簡潔な挨拶だった。

 

武田たちも敬礼を返す。

 

理沙は橘の横で笑っていた。

 

「橘くんって真面目なんだよ。」

 

「誰かが真面目でいないと困る。」

 

橘は淡々と答える。

 

「えへへ。」

 

理沙は悪びれもしない。

 

朝倉が武田へ耳打ちした。

 

「正反対だな。」

 

「うん。」

 

武田も小さく笑う。

 

第三班にはいなかったタイプだった。

 

 

シミュレーター室へ入ると、第一班から第四班まで全員が整列していた。

 

教壇の前には板垣。

 

その隣には一ノ瀬が立っている。

 

板垣は全員を見渡した。

 

「本日より訓練課程を変更する。」

 

室内が静まり返る。

 

「第一班班長、一ノ瀬。」

 

「はい。」

 

「本日より第一小隊小隊長を命ずる。」

 

一ノ瀬は力強く答えた。

 

「了解しました。」

 

板垣は続ける。

 

「各班は以後、小隊長の指揮下で行動する。」

 

「班単位の訓練は終わりだ。」

 

武田は思わず息を呑む。

 

半年かけて築いた第三班。

 

その先が、もう始まる。

 

板垣は一ノ瀬へ視線を向けた。

 

「小隊長。」

 

「整列させろ。」

 

一ノ瀬は四人の班長を見渡す。

 

そして静かに号令を掛けた。

 

「第一小隊。」

 

「整列。」

 

二十人が一斉に動き始める。

 

班ごとでは揃っている。

 

だが、小隊全体ではわずかなズレが生まれた。

 

板垣が一歩前へ出る。

 

「遅い。」

 

誰も動かない。

 

「班は五人。」

 

「小隊は二十人。」

 

「今日から、お前たちが学ぶのは班ではない。」

 

一拍置く。

 

「部隊だ。」

 

武田は教室を見渡した。

 

昨日まで見ていた景色とは違う。

 

隣にいるのは第三班だけではない。

 

二十人。

 

二十人で、一つ。

 

武田は静かに拳を握った。

 

新しい訓練が、始まろうとしていた。

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