TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第六章 戦列 第55話 初号令

 

七月。

 

シミュレーター棟の空気は、いつもより重く感じられた。

 

二十基のコックピットが並ぶ室内に、第一班から第四班までの候補生たちが整列している。

 

武田は第三班の列に立ち、静かに前を見ていた。

 

第三班だけではない。

 

第一班。

 

第二班。

 

第四班。

 

それぞれの班が、一つの室内に並んでいる。

 

昨日までは五人で十分広く感じていた場所が、今日は少し狭く見えた。

 

やがて板垣が教壇へ立つ。

 

その隣には、一ノ瀬がいた。

 

「本日より、小隊運用課程を開始する。」

 

短い言葉だった。

 

だが、その一言で室内の空気が変わる。

 

小隊。

 

二十人で一つの部隊。

 

武田はその言葉を静かに受け止めた。

 

板垣は大型モニターを表示する。

 

演習区域が映し出された。

 

市街地。

 

河川。

 

森林。

 

瓦礫地帯。

 

これまでの班単位訓練より、明らかに広い戦域だった。

 

「課目。」

 

板垣が告げる。

 

「小隊機動。」

 

余計な説明はない。

 

板垣は一ノ瀬へ視線を向けた。

 

「小隊長。」

 

「はい。」

 

「指揮を執れ。」

 

「了解しました。」

 

一ノ瀬は一歩前へ出る。

 

第一班班長であり、今日から第一小隊の小隊長でもある。

 

その背中はいつもと変わらない。

 

だが、武田には少しだけ違って見えた。

 

一ノ瀬は二十人を見渡した。

 

「各員、搭乗。」

 

候補生たちは一斉に動き出す。

 

コックピットへ乗り込み、起動手順に入る。

 

《シミュレーションシステム起動》

 

《第一小隊、接続確認》

 

《訓練区域、展開》

 

視界が切り替わる。

 

武田の前に広がったのは、瓦礫の残る市街地だった。

 

崩れた建物。

 

狭い路地。

 

遠くには河川と森林地帯。

 

通信回線に、一ノ瀬の声が入る。

 

「第一小隊。」

 

短く、落ち着いた声。

 

「前進。」

 

二十機が動き出した。

 

最初は揃っていた。

 

第一班を先頭に、第二班、第三班、第四班が続く。

 

だが、市街地へ入った途端、動きが少しずつ崩れ始めた。

 

第一班は判断が速い。

 

建物の陰を抜け、次の交差点へ滑らかに進む。

 

第二班は慎重だった。

 

障害物を確認し、一つずつ安全を確かめながら進む。

 

第三班は左右を警戒しながら速度を調整する。

 

第四班は勢いよく前へ出る。

 

全員が間違っているわけではなかった。

 

それぞれの班としては、正しい動きをしていた。

 

だが、小隊として見ると違った。

 

隊列が伸びる。

 

間隔が詰まる。

 

一部が遅れ、一部が前へ出る。

 

通信が重なった。

 

「第四班、速度を落とせ。」

 

「了解!」

 

黒木理沙の明るい声が返る。

 

「第二班、間隔修正。」

 

橘の声は落ち着いていた。

 

「第二班、二歩前へ。」

 

九条も短く指示を出す。

 

「第三班、右を詰めるな。」

 

「了解。」

 

武田は操縦桿を握り直し、前方と左右を確認する。

 

いつもなら、第三班の動きだけを見ていればよかった。

 

だが今は違う。

 

右には第二班。

 

後方には第四班。

 

先頭には第一班。

 

見なければならないものが多すぎた。

 

次の瞬間、警告音が鳴る。

 

《隊形維持不能》

 

《課目失敗》

 

視界が暗転する。

 

シミュレーター室へ戻ると、誰もすぐには口を開かなかった。

 

板垣はモニターに表示された結果を見ていた。

 

それから短く言う。

 

「やり直し。」

 

それだけだった。

 

候補生たちは再び搭乗姿勢を整える。

 

一ノ瀬は何も言わなかった。

 

ただ、ほんのわずかに視線を落とした。

 

二度目。

 

結果は変わらなかった。

 

最初よりは乱れが少ない。

 

だが、市街地を抜ける前に隊列は崩れた。

 

《課目失敗》

 

三度目。

 

今度は第四班が抑えすぎ、後方が詰まった。

 

《課目失敗》

 

四度目。

 

第二班が慎重になりすぎ、全体が引き伸ばされた。

 

《課目失敗》

 

板垣は毎回、同じ言葉しか言わなかった。

 

「やり直し。」

 

その一言だけ。

 

責めるわけでもない。

 

説明するわけでもない。

 

ただ結果だけが積み重なっていく。

 

休憩の号令が出た時、シミュレーター室には重い沈黙が落ちていた。

 

候補生たちはコックピットから降りる。

 

朝倉が大きく息を吐いた。

 

「何だよ、これ……。」

 

真壁は何も言わない。

 

結城も表情を曇らせている。

 

九条は一ノ瀬の方を見ていた。

 

一ノ瀬は大型モニターの前に立っている。

 

その背後へ、橘が歩み寄った。

 

続いて九条。

 

最後に理沙が来る。

 

四人の班長が、モニターの前に並んだ。

 

一ノ瀬が端末を操作する。

 

先ほどの演習記録が再生された。

 

誰も座らない。

 

誰も話さない。

 

映像の中で、第一小隊が市街地へ進入する。

 

最初に崩れるのは第四班。

 

だが、その前に第二班がわずかに速度を落としていた。

 

さらにその前には、第一班が交差点を抜ける速度を上げている。

 

第三班はその間で速度を調整しようとしている。

 

橘が静かに口を開いた。

 

「第二班は、確認に時間を掛けすぎました。」

 

理沙も画面を見つめる。

 

「第四班は前へ出すぎたね。」

 

九条はしばらく黙っていた。

 

やがて、映像を止める。

 

市街地へ入った直後。

 

四つの班が、それぞれ違う動きを始めた瞬間だった。

 

「ここです。」

 

一ノ瀬が画面を見る。

 

「何が見える。」

 

九条は短く答える。

 

「四つの班です。」

 

その場が静かになる。

 

九条は続けなかった。

 

それ以上の説明は必要なかった。

 

画面の中に映っているのは、第一小隊ではなかった。

 

第一班。

 

第二班。

 

第三班。

 

第四班。

 

ただそれだけだった。

 

一ノ瀬は映像を巻き戻す。

 

もう一度、最初から再生する。

 

今度は誰も自分の班だけを見ていなかった。

 

橘は第一班を見ている。

 

理沙は第三班を見ている。

 

九条は全体を見ている。

 

一ノ瀬は、黙って二十機すべてを見ていた。

 

少し離れた場所で、武田はその光景を見ていた。

 

朝倉が肩を軽く叩く。

 

「行くぞ。」

 

武田は小さく頷いた。

 

第三班の仲間たちは、先に廊下へ出ていく。

 

武田も扉へ向かう。

 

だが、出る前に一度だけ振り返った。

 

モニターの前では、四人の班長がまだ演習記録を見つめていた。

 

一ノ瀬も。

 

橘も。

 

九条も。

 

黒木理沙も。

 

誰一人、席を立とうとはしなかった。

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