TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第六章 戦列 第56話 教範

 

翌朝。

 

教室には、まだほとんど人がいなかった。

 

武田が扉を開けると、窓際の席に橘が座っていた。

 

机の上には教範と、昨日の演習記録。

 

橘は記録を見ながら、教範の余白へ何かを書き込んでいる。

 

「おはようございます。」

 

橘は顔を上げた。

 

「武田か。」

 

「おはよう。」

 

武田は机の上へ目を向ける。

 

「昨日の記録ですか。」

 

「ああ。」

 

橘は短く答えた。

 

「原因を確認していた。」

 

そこへ、勢いよく扉が開いた。

 

「おっはよー!」

 

黒木理沙だった。

 

片手にパン、もう片方に牛乳。

 

橘は静かに眼鏡を押し上げた。

 

「黒木。」

 

「今日は落とすな。」

 

「大丈夫、大丈夫!」

 

理沙は笑って答える。

 

その直後、牛乳パックが机に当たり、ころころと床を転がった。

 

朝倉が後ろから吹き出す。

 

「全然大丈夫じゃねぇ。」

 

理沙は慌てて拾い上げる。

 

「今のは机が悪い!」

 

「違う。」

 

橘の一言に、教室へ小さな笑いが広がった。

 

 

午前。

 

シミュレーター室。

 

板垣は昨日と同じ演習区域を表示した。

 

「昨日の続きだ。」

 

それだけ言うと、一ノ瀬へ視線を向ける。

 

「小隊長。」

 

「はい。」

 

「始めろ。」

 

「了解しました。」

 

《シミュレーション開始》

 

第一小隊が市街地へ展開する。

 

昨日と同じ道。

 

昨日と同じ課目。

 

一ノ瀬の号令で小隊が動き出す。

 

「第一小隊、前進。」

 

第二班は慎重だった。

 

昨日の失敗を避けるように、障害物を一つずつ確認していく。

 

だが、その分だけ速度が落ちる。

 

橘の声が通信に入った。

 

「第二班、速度維持。」

 

ほんのわずか、迷いがあった。

 

その隙に、第一班との間隔が開く。

 

九条がすぐに続ける。

 

「第三班、第二班へ合わせる。」

 

理沙も声を上げた。

 

「第四班、前に出すぎないで!」

 

小隊は崩れかけながらも、どうにか持ち直した。

 

《課目達成》

 

表示が出る。

 

完全ではない。

 

だが、昨日とは違っていた。

 

 

訓練後。

 

板垣は記録を確認し、橘を見た。

 

「橘。」

 

「はい。」

 

「教範どおりなら、もっと遅れていた。」

 

橘は少しだけ目を伏せた。

 

「はい。」

 

「だが、迷った。」

 

「……はい。」

 

板垣はそれ以上責めなかった。

 

「教範は答えではない。」

 

短い沈黙。

 

「基準だ。」

 

橘は静かに敬礼した。

 

「了解しました。」

 

板垣は小さく頷く。

 

「使いこなせ。」

 

 

放課後。

 

武田は教室へ戻った。

 

机の上には、橘が朝使っていた教範がまだ置かれている。

 

橘は窓際に立ち、夕暮れの演習場を見ていた。

 

「橘班長。」

 

橘は振り返る。

 

「忘れ物です。」

 

武田が教範を差し出す。

 

橘は受け取ると、表紙を軽く払った。

 

「助かった。」

 

それだけ言って、橘は教室を出ていく。

 

武田はその背中を見送った。

 

教範を抱えた橘の歩き方は、朝と少しだけ違って見えた。

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