TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
七月下旬。
応用シミュレーションも三週目に入っていた。
今日の課目は、二個班による市街地制圧。
第一班と第三班。
第二班と第四班。
二つの班が連携し、それぞれ別の経路から目標地点を目指す。
訓練開始前。
第三班では地図データを確認していた。
朝倉がモニターを見ながら口を開く。
「班長。」
「今日は第一班と一緒ですね。」
「ああ。」
九条は短く答える。
朝倉は地図を指差した。
「ここ、東ルートの方が近くないですか?」
九条も視線を落とす。
確かに距離だけなら東ルートが短い。
「そうだな。」
「じゃあ、一ノ瀬班長に――」
朝倉が言いかけると、九条は首を横に振った。
「まだ始まっていない。」
「気付いたことがあるなら、今のうちに伝えればいい。」
「だが。」
九条は地図を閉じた。
「始まってからでは遅い。」
武田はその言葉だけを胸に留めた。
◇
《シミュレーション開始》
「第一小隊、前進。」
一ノ瀬の号令で、小隊が動き始める。
第一班が先頭を進み、第三班がその後方を警戒する。
武田は建物の陰を確認しながら前進していた。
交差点を一つ越えたところで、一ノ瀬の指示が入る。
「北ルートを進む。」
「了解。」
第三班が続く。
その時だった。
武田の画面にも東ルートが映った。
(……近い。)
そう思った瞬間、隣で朝倉が通信へ手を伸ばく。
九条は何も言わない。
ただ、左手を軽く上げた。
その動きを見た朝倉は、通信スイッチから手を離した。
第三班は隊形を崩さず、一ノ瀬の後に続く。
◇
《課目終了》
目標地点へは到達した。
だが、記録は決して良くなかった。
シミュレーターから降りた朝倉が苦笑する。
「やっぱり東ルートの方が速かったですよね。」
九条は否定もしなかった。
「そうかもしれない。」
「でも。」
朝倉が首をかしげる。
九条は静かに続けた。
「小隊が二つの判断で動き始めたら、どうなる。」
朝倉は考え込む。
「……。」
「迷います。」
九条は小さく頷いた。
「だから言わなかった。」
その言葉を聞いていた武田は、演習中の九条の手の動きを思い出していた。
◇
夕方。
シミュレーター室には、一ノ瀬と九条だけが残っていた。
演習記録が静かに流れている。
一ノ瀬が画面を見たまま口を開いた。
「九条。」
「はい。」
「東ルートを見ていたな。」
「はい。」
「なぜ言わなかった。」
九条は少しだけ間を置いた。
「命令が出た後でした。」
「動き始めた小隊に別の判断を重ねれば、迷いが生まれます。」
一ノ瀬は黙って聞いていた。
「ですが。」
九条は続ける。
「出発前なら、必ず進言していました。」
一ノ瀬は演習記録を止める。
「朝の時点で気付いていたのか。」
「はい。」
短い沈黙。
一ノ瀬は九条を見る。
「次からも、気付いたことは出発前に聞かせてくれ。」
「了解しました。」
一ノ瀬は小さく頷いた。
「小隊長一人では見落とす。」
「だから班長がいる。」
九条は静かに敬礼する。
「了解。」
◇
武田たちは先にシミュレーター室を出ていた。
廊下を歩きながら、朝倉がぽつりと呟く。
「やっぱり九条班長ってすげぇな。」
真壁が笑う。
「言わない強さもあるってことか。」
武田は振り返る。
開いた扉の向こうでは、一ノ瀬と九条がまだ演習記録を見つめていた。
二人の背中は何も語らない。
それでも武田には、その静かなやり取りが、今日の訓練で一番印象に残っていた。