TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第六章 戦列 第58話 責任

 

七月下旬。

 

応用シミュレーションも三週目に入っていた。

 

今日の課目は、二個班による市街地制圧。

 

第一班と第三班。

 

第二班と第四班。

 

二つの班が連携し、それぞれ別の経路から目標地点を目指す。

 

訓練開始前。

 

第三班では地図データを確認していた。

 

朝倉がモニターを見ながら口を開く。

 

「班長。」

 

「今日は第一班と一緒ですね。」

 

「ああ。」

 

九条は短く答える。

 

朝倉は地図を指差した。

 

「ここ、東ルートの方が近くないですか?」

 

九条も視線を落とす。

 

確かに距離だけなら東ルートが短い。

 

「そうだな。」

 

「じゃあ、一ノ瀬班長に――」

 

朝倉が言いかけると、九条は首を横に振った。

 

「まだ始まっていない。」

 

「気付いたことがあるなら、今のうちに伝えればいい。」

 

「だが。」

 

九条は地図を閉じた。

 

「始まってからでは遅い。」

 

武田はその言葉だけを胸に留めた。

 

◇

 

《シミュレーション開始》

 

「第一小隊、前進。」

 

一ノ瀬の号令で、小隊が動き始める。

 

第一班が先頭を進み、第三班がその後方を警戒する。

 

武田は建物の陰を確認しながら前進していた。

 

交差点を一つ越えたところで、一ノ瀬の指示が入る。

 

「北ルートを進む。」

 

「了解。」

 

第三班が続く。

 

その時だった。

 

武田の画面にも東ルートが映った。

 

(……近い。)

 

そう思った瞬間、隣で朝倉が通信へ手を伸ばく。

 

九条は何も言わない。

 

ただ、左手を軽く上げた。

 

その動きを見た朝倉は、通信スイッチから手を離した。

 

第三班は隊形を崩さず、一ノ瀬の後に続く。

 

◇

 

《課目終了》

 

目標地点へは到達した。

 

だが、記録は決して良くなかった。

 

シミュレーターから降りた朝倉が苦笑する。

 

「やっぱり東ルートの方が速かったですよね。」

 

九条は否定もしなかった。

 

「そうかもしれない。」

 

「でも。」

 

朝倉が首をかしげる。

 

九条は静かに続けた。

 

「小隊が二つの判断で動き始めたら、どうなる。」

 

朝倉は考え込む。

 

「……。」

 

「迷います。」

 

九条は小さく頷いた。

 

「だから言わなかった。」

 

その言葉を聞いていた武田は、演習中の九条の手の動きを思い出していた。

 

◇

 

夕方。

 

シミュレーター室には、一ノ瀬と九条だけが残っていた。

 

演習記録が静かに流れている。

 

一ノ瀬が画面を見たまま口を開いた。

 

「九条。」

 

「はい。」

 

「東ルートを見ていたな。」

 

「はい。」

 

「なぜ言わなかった。」

 

九条は少しだけ間を置いた。

 

「命令が出た後でした。」

 

「動き始めた小隊に別の判断を重ねれば、迷いが生まれます。」

 

一ノ瀬は黙って聞いていた。

 

「ですが。」

 

九条は続ける。

 

「出発前なら、必ず進言していました。」

 

一ノ瀬は演習記録を止める。

 

「朝の時点で気付いていたのか。」

 

「はい。」

 

短い沈黙。

 

一ノ瀬は九条を見る。

 

「次からも、気付いたことは出発前に聞かせてくれ。」

 

「了解しました。」

 

一ノ瀬は小さく頷いた。

 

「小隊長一人では見落とす。」

 

「だから班長がいる。」

 

九条は静かに敬礼する。

 

「了解。」

 

◇

 

武田たちは先にシミュレーター室を出ていた。

 

廊下を歩きながら、朝倉がぽつりと呟く。

 

「やっぱり九条班長ってすげぇな。」

 

真壁が笑う。

 

「言わない強さもあるってことか。」

 

武田は振り返る。

 

開いた扉の向こうでは、一ノ瀬と九条がまだ演習記録を見つめていた。

 

二人の背中は何も語らない。

 

それでも武田には、その静かなやり取りが、今日の訓練で一番印象に残っていた。

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