TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第七話「選ばれし翼」

冬の朝だった。

 

試験場には、張りつめた空気が流れていた。

 

吐く息は白く、霜の降りた滑走路が朝日に照らされている。

 

帝国軍次期主力戦術機選定試験。

 

数年に及んだ開発計画は、この日をもって一つの結論を迎える。

 

観覧席には帝国軍参謀本部、斯衛軍、技術本部、各開発局の関係者が並んでいた。

 

誰も雑談はしない。

 

資料をめくる音だけが静かに響いている。

 

やがて格納庫のシャッターがゆっくりと開いた。

 

最初に姿を現したのは、一機の戦術機。

 

白銀の装甲。

 

紅の差し色。

 

流れるような曲線を描く肩部。

 

凛とした立ち姿。

 

その姿に、観覧席の空気がわずかに動く。

 

「……武御雷。」

 

誰かが小さく呟いた。

 

誰も異論はなかった。

 

美しい。

 

ただ立っているだけで完成された機体だった。

 

試験開始。

 

武御雷は軽く膝を沈める。

 

次の瞬間には空へ跳んでいた。

 

着地。

 

姿勢は微動だにしない。

 

高速機動。

 

旋回。

 

近接格闘。

 

突撃砲への持ち替え。

 

一連の動きに一切の無駄がない。

 

操縦する衛士が思い描いたとおりに、機体が応える。

 

試験官たちは淡々と評価を書き込んでいく。

 

「完成度……極めて高い。」

 

「操縦安定性……優秀。」

 

「量産性……問題なし。」

 

試験終了。

 

搭乗していた衛士が機体から降りる。

 

試験官が歩み寄った。

 

「感想を。」

 

衛士は迷いなく答えた。

 

「最高です。」

 

短い一言だった。

 

それだけで十分だった。

 

武御雷は、帝国が求めた理想の戦術機だった。

 

武田は腕を組んだまま、その姿を見つめていた。

 

隣で林雪華が小さく呟く。

 

「いい機体ですね。」

 

武田は静かに頷いた。

 

「ええ。」

 

その返事に迷いはない。

 

「素晴らしい戦術機です。」

 

林は少し驚いたように武田を見る。

 

武田は視線を武御雷から離さなかった。

 

「だからこそ。」

 

「勝つのは難しい。」

 

その時だった。

 

試験場に低いサイレンが響く。

 

「次。」

 

「試作戦術機。」

 

「Type-X99。」

 

格納庫の奥に照明が灯る。

 

ゆっくりと、一機の戦術機が姿を現した。

 

黒。

 

それが第一印象だった。

 

艶を抑えた濃紺の装甲。

 

光を吸い込むような黒い機体。

 

武御雷とは対照的に、華やかさはない。

 

ただ静かに歩みを進める。

 

試験場が静まり返る。

 

「これが……。」

 

「Type-X99。」

 

誰かが小さく呟いた。

 

武田は何も言わない。

 

林も黙って建御名方を見つめていた。

 

試験衛士が搭乗する。

 

ハッチが閉じる。

 

起動。

 

低い駆動音が試験場に響いた。

 

一歩。

 

二歩。

 

三歩。

 

「機動試験、開始。」

 

合図と同時に、建御名方が地面を蹴る。

 

誰も予想していなかった加速だった。

 

武御雷とは違う。

 

跳ぶのではない。

 

滑るように地面を駆け、障害物の間を流れるようにすり抜ける。

 

試験場にどよめきが広がる。

 

「速い……!」

 

試験官の一人が首を振る。

 

「違う。」

 

「速いだけじゃない。」

 

「軌道が読めない。」

 

試験衛士は照準を合わせる。

 

だが照準を修正した瞬間には、機体はもう別の位置へ移っている。

 

近接兵装を構える。

 

建御名方は応える。

 

しかし、その応え方が、自分の感覚と微妙に噛み合わない。

 

「くっ……。」

 

通信越しに小さく息を呑む声が漏れた。

 

試験は予定時間いっぱいまで続けられた。

 

終了を告げるブザーが鳴る。

 

建御名方は静かに停止した。

 

試験場には、しばらく誰も口を開かなかった。

 

黒い機体は朝日を受けながら、ただ静かに立っている。

 

試験衛士はゆっくりとコックピットハッチを開いた。

 

梯子を降りる足取りは重い。

 

試験官が歩み寄る。

 

「機体の評価を。」

 

衛士はヘルメットを抱えたまま、もう一度建御名方を見上げた。

 

長い沈黙が流れる。

 

やがて静かに口を開いた。

 

「……優れた戦術機です。」

 

試験官は黙って記録を取る。

 

衛士は続けた。

 

「ですが。」

 

「私では、その性能を引き出せませんでした。」

 

その声に言い訳はなかった。

 

悔しさだけが滲んでいた。

 

試験官は短く頷き、評価表へ何かを書き加える。

 

武田は、そのやり取りを静かに見つめていた。

 

隣に立つ林雪華が、小さく問いかける。

 

「予想どおりでしたか。」

 

武田は建御名方から目を離さない。

 

「ええ。」

 

短く答える。

 

林は黒い機体を見つめる。

 

「試作機としては、十分な完成度です。」

 

武田は静かに首を横へ振った。

 

「機体は完成しています。」

 

その一言に、林は武田の横顔を見る。

 

武田は続けた。

 

「完成していないのは、機体ではありません。」

 

冬の風が試験場を吹き抜け、黒い装甲を静かに撫でていく。

 

「運用思想です。」

 

林はその言葉を噛みしめるように聞いていた。

 

武田は穏やかな口調のまま続ける。

 

「この機体は、敵を倒すことを最優先には造っていません。」

 

「仲間を帰すことを最優先に造った。」

 

「だから今の戦い方では、この機体の良さは見えない。」

 

林は何も答えなかった。

 

答える言葉が見つからなかった。

 

試験場では、建御名方が静かに佇んでいる。

 

敗れた機体には見えない。

 

だが、勝者にも見えなかった。

 

それは、まだ誰にも理解されていない戦術機だった。

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