TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
冬の朝だった。
試験場には、張りつめた空気が流れていた。
吐く息は白く、霜の降りた滑走路が朝日に照らされている。
帝国軍次期主力戦術機選定試験。
数年に及んだ開発計画は、この日をもって一つの結論を迎える。
観覧席には帝国軍参謀本部、斯衛軍、技術本部、各開発局の関係者が並んでいた。
誰も雑談はしない。
資料をめくる音だけが静かに響いている。
やがて格納庫のシャッターがゆっくりと開いた。
最初に姿を現したのは、一機の戦術機。
白銀の装甲。
紅の差し色。
流れるような曲線を描く肩部。
凛とした立ち姿。
その姿に、観覧席の空気がわずかに動く。
「……武御雷。」
誰かが小さく呟いた。
誰も異論はなかった。
美しい。
ただ立っているだけで完成された機体だった。
試験開始。
武御雷は軽く膝を沈める。
次の瞬間には空へ跳んでいた。
着地。
姿勢は微動だにしない。
高速機動。
旋回。
近接格闘。
突撃砲への持ち替え。
一連の動きに一切の無駄がない。
操縦する衛士が思い描いたとおりに、機体が応える。
試験官たちは淡々と評価を書き込んでいく。
「完成度……極めて高い。」
「操縦安定性……優秀。」
「量産性……問題なし。」
試験終了。
搭乗していた衛士が機体から降りる。
試験官が歩み寄った。
「感想を。」
衛士は迷いなく答えた。
「最高です。」
短い一言だった。
それだけで十分だった。
武御雷は、帝国が求めた理想の戦術機だった。
武田は腕を組んだまま、その姿を見つめていた。
隣で林雪華が小さく呟く。
「いい機体ですね。」
武田は静かに頷いた。
「ええ。」
その返事に迷いはない。
「素晴らしい戦術機です。」
林は少し驚いたように武田を見る。
武田は視線を武御雷から離さなかった。
「だからこそ。」
「勝つのは難しい。」
その時だった。
試験場に低いサイレンが響く。
「次。」
「試作戦術機。」
「Type-X99。」
格納庫の奥に照明が灯る。
ゆっくりと、一機の戦術機が姿を現した。
黒。
それが第一印象だった。
艶を抑えた濃紺の装甲。
光を吸い込むような黒い機体。
武御雷とは対照的に、華やかさはない。
ただ静かに歩みを進める。
試験場が静まり返る。
「これが……。」
「Type-X99。」
誰かが小さく呟いた。
武田は何も言わない。
林も黙って建御名方を見つめていた。
試験衛士が搭乗する。
ハッチが閉じる。
起動。
低い駆動音が試験場に響いた。
一歩。
二歩。
三歩。
「機動試験、開始。」
合図と同時に、建御名方が地面を蹴る。
誰も予想していなかった加速だった。
武御雷とは違う。
跳ぶのではない。
滑るように地面を駆け、障害物の間を流れるようにすり抜ける。
試験場にどよめきが広がる。
「速い……!」
試験官の一人が首を振る。
「違う。」
「速いだけじゃない。」
「軌道が読めない。」
試験衛士は照準を合わせる。
だが照準を修正した瞬間には、機体はもう別の位置へ移っている。
近接兵装を構える。
建御名方は応える。
しかし、その応え方が、自分の感覚と微妙に噛み合わない。
「くっ……。」
通信越しに小さく息を呑む声が漏れた。
試験は予定時間いっぱいまで続けられた。
終了を告げるブザーが鳴る。
建御名方は静かに停止した。
試験場には、しばらく誰も口を開かなかった。
黒い機体は朝日を受けながら、ただ静かに立っている。
試験衛士はゆっくりとコックピットハッチを開いた。
梯子を降りる足取りは重い。
試験官が歩み寄る。
「機体の評価を。」
衛士はヘルメットを抱えたまま、もう一度建御名方を見上げた。
長い沈黙が流れる。
やがて静かに口を開いた。
「……優れた戦術機です。」
試験官は黙って記録を取る。
衛士は続けた。
「ですが。」
「私では、その性能を引き出せませんでした。」
その声に言い訳はなかった。
悔しさだけが滲んでいた。
試験官は短く頷き、評価表へ何かを書き加える。
武田は、そのやり取りを静かに見つめていた。
隣に立つ林雪華が、小さく問いかける。
「予想どおりでしたか。」
武田は建御名方から目を離さない。
「ええ。」
短く答える。
林は黒い機体を見つめる。
「試作機としては、十分な完成度です。」
武田は静かに首を横へ振った。
「機体は完成しています。」
その一言に、林は武田の横顔を見る。
武田は続けた。
「完成していないのは、機体ではありません。」
冬の風が試験場を吹き抜け、黒い装甲を静かに撫でていく。
「運用思想です。」
林はその言葉を噛みしめるように聞いていた。
武田は穏やかな口調のまま続ける。
「この機体は、敵を倒すことを最優先には造っていません。」
「仲間を帰すことを最優先に造った。」
「だから今の戦い方では、この機体の良さは見えない。」
林は何も答えなかった。
答える言葉が見つからなかった。
試験場では、建御名方が静かに佇んでいる。
敗れた機体には見えない。
だが、勝者にも見えなかった。
それは、まだ誰にも理解されていない戦術機だった。