TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
十月。
朝の空気は、夏とは違う冷たさを帯び始めていた。
武田はシミュレーター棟へ向かいながら、大きく息を吸い込む。
「寒くなってきたな。」
隣を歩く朝倉が肩をすくめる。
「もう十月だからな。」
真壁は黙って前を歩く。
その先には、一ノ瀬たち班長の姿があった。
応用シミュレーション課程を終えた第一小隊。
今日から、新たな課程が始まる。
◇
「整列。」
板垣の号令で室内が静まり返る。
候補生たちは一斉に姿勢を正した。
板垣は全員をゆっくり見渡す。
「応用シミュレーション課程は終了した。」
誰も動かない。
「お前たちは小隊として戦えるようになった。」
武田は自然と胸を張る。
第六章で積み重ねてきた日々が頭をよぎった。
相馬率いる第二小隊との模擬戦。
敗北。
分析。
修正。
そして、第一小隊として認められたあの日。
板垣は静かに続ける。
「だが、それは訓練の話だ。」
その一言で、室内の空気が変わった。
「今日から総合演習課程に入る。」
大型モニターに新しい文字が映し出される。
『総合演習課程』
「ここから先は、これまでとは違う。」
板垣は一歩前へ出た。
「教官は答えを教えない。」
候補生たちの表情がわずかに引き締まる。
「演習中、俺は口を出さない。」
「判断するのは、お前たちだ。」
武田は思わず板垣を見た。
今までなら、演習の途中で助言があった。
間違えれば止められた。
だが、それはもうない。
板垣は淡々と言う。
「戦場では、誰も答えを教えてはくれない。」
その言葉だけが、静かに胸へ落ちた。
◇
「本日の課目を説明する。」
モニターが切り替わる。
市街地を模した演習区域。
複数の防衛線。
そして、赤い光点がゆっくりと前進している。
「敵はBETA小規模群。」
「任務は、防衛線の維持。」
武田は画面を見つめた。
敵を殲滅する。
そんな言葉は、どこにもない。
一ノ瀬が手を挙げる。
「質問、よろしいでしょうか。」
「許可する。」
「防衛線を維持できれば、敵を全滅させる必要はありませんか。」
板垣は短く答えた。
「任務を達成すればいい。」
その一言で十分だった。
衛士が戦う理由は、敵を倒すことではない。
任務を果たすこと。
武田は初めて、その違いを意識した。
◇
候補生たちはシミュレーターへ乗り込む。
コックピットのハッチが閉まる音が、次々と響いた。
武田は操縦桿を握る。
深呼吸を一つ。
視界いっぱいに起動画面が広がる。
《SYSTEM START》
《TACTICAL SIMULATOR ONLINE》
通信回線が接続される。
「第一小隊、通信確認。」
一ノ瀬の落ち着いた声が聞こえる。
「第一班、異常なし。」
「第二班、異常なし。」
「第三班、異常なし。」
「第四班、異常なし。」
武田は静かに操縦桿を握り直した。
もう教官は助けてくれない。
判断するのは、自分たちだ。
その重みだけが、これまでとは違っていた。
大型スクリーンに演習開始までのカウントが表示される。
3。
武田は小さく息を吐く。
2。
隣には仲間がいる。
1。
そして、第一小隊は新たな戦場へ踏み出した。