TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
朝の訓練場は、濃い霧に包まれていた。
シミュレーター室へ入った武田は、大型モニターを見上げる。
今日の演習区域は山岳地帯。
谷が入り組み、木々が視界を遮る地形だった。
板垣はモニターを切り替える。
「本日の課目は索敵。」
「敵を撃破することが目的ではない。」
候補生たちが静かに耳を傾ける。
「敵を発見し、接触を避けながら指定地点まで進出しろ。」
朝倉が小さく首をかしげた。
「戦わないんですか?」
板垣は短く答えた。
「戦う必要がなければ、戦うな。」
その一言に、武田は少し驚いた。
◇
《シミュレーション開始》
第一小隊は山道を進む。
左右は深い森。
見通しは悪い。
一ノ瀬は歩調を落とした。
「速度を半分。」
「周囲の確認を優先する。」
武田はゆっくりと視線を巡らせる。
昨日までとは違う。
敵がいない。
だからこそ落ち着かない。
「何も見えませんね。」
朝倉が通信で呟く。
その時だった。
「止まれ。」
橘の声。
第二班が一斉に足を止める。
橘は前方の斜面を見つめていた。
「……違和感があります。」
理沙が尋ねる。
「何が?」
「風です。」
誰も意味が分からなかった。
橘は静かに説明する。
「あの辺りだけ、木の揺れ方が違います。」
武田も目を凝らす。
確かに、一か所だけ枝葉の動きが不自然だった。
橘は通信を開く。
「一ノ瀬小隊長。」
「前方三百メートル。」
「敵が潜伏している可能性があります。」
「確認する。」
一ノ瀬はすぐに隊列を変更した。
第三班を迂回させる。
第四班は後方を警戒。
第一班は正面を維持する。
数十秒後。
センサーが反応した。
《BETA反応確認》
武田は思わず息をのむ。
本当にいた。
「すごい……。」
朝倉も驚きを隠せない。
橘は振り返らない。
ただ前を見たまま言った。
「敵は、見つけようとしても見えません。」
「違和感を探してください。」
その言葉が武田の胸に残った。
◇
第一小隊はBETAとの接触を避けながら進路を変更する。
戦闘は起きない。
だが、一度も敵に発見されることなく目的地へ到達した。
《任務達成》
静かな電子音が響く。
◇
演習終了後。
板垣は結果だけを確認した。
「敵の撃破数。」
大型モニターに表示される。
朝倉が苦笑した。
「一体も倒してません。」
板垣は候補生たちを見渡す。
「だからどうした。」
室内が静まる。
「任務は達成した。」
「それで十分だ。」
武田ははっとした。
敵を倒さなかった。
それでも成功だった。
「戦わないことも、戦術だ。」
板垣はそれだけ言うと教壇を離れた。
◇
帰り道。
武田は山の方を見上げた。
敵を探していたつもりだった。
でも橘が見ていたのは敵ではない。
風。
木々。
地形。
その小さな違和感だった。
武田は静かに思う。
敵を撃つ前に。
まず、敵を見つけなければならない。
その当たり前のことを、今日ようやく理解した。