TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
朝のシミュレーター室は、いつも以上に静かだった。
大型モニターに表示された課目を見て、候補生たちの表情が引き締まる。
『撤退戦』
武田は思わず画面を見つめた。
撤退。
その二文字に、どこか敗北のような響きを感じる。
板垣は教壇の前に立った。
「本日の任務は、防衛線を維持しながら後方拠点まで撤退すること。」
モニターには一本の退避ルートが表示される。
「勝利条件は一つ。」
一拍置き、板垣は静かに告げた。
«「第一小隊、全員生還。」»
武田は息をのんだ。
敵を倒すことでも、防衛線を守ることでもない。
全員で帰ること。
それが今日の任務だった。
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《シミュレーション開始》
第一小隊は防衛線へ展開する。
正面からはBETA群が接近していた。
「第一班、射撃開始。」
一ノ瀬の号令で一斉射撃が始まる。
武田も照準を合わせ、先頭の戦車級を撃破した。
だが、敵は止まらない。
一体倒せば、また一体。
その後ろからさらに押し寄せる。
「小隊長!」
橘が報告する。
「右翼から新たな反応!」
「確認した。」
一ノ瀬は即座に判断した。
「全班、後退開始。」
「予定どおり第二防衛線へ移る。」
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「まだ戦えます!」
朝倉の声だった。
「ここで押し返せます!」
武田も一瞬そう思った。
まだ弾薬は残っている。
隊形も崩れていない。
なぜ退くのか。
しかし、一ノ瀬は首を振る。
「任務は撃滅ではない。」
「撤退だ。」
その声に迷いはなかった。
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第一小隊は隊形を維持したまま後退を始める。
第四班が最後尾を守る。
第二班が退路を確認する。
第三班は中央で各班の間隔を保つ。
整然とした撤退だった。
だが、その時だった。
「左から突破!」
武田が叫ぶ。
数体のBETAが建物の陰から飛び出してきた。
「第三班、迎撃!」
九条の指示で武田たちは応戦する。
撃破。
撃破。
しかし、その隙に朝倉が一歩前へ飛び出した。
「朝倉!」
武田が叫ぶ。
朝倉は敵を追う。
あと一体。
倒せる。
そう思った瞬間。
「戻れ。」
九条の低い声が通信に響いた。
朝倉は足を止める。
前方には敵。
後方には仲間。
わずか数秒。
朝倉は歯を食いしばりながら向きを変えた。
「……了解!」
そのまま第三班へ戻る。
直後、理沙の第四班が後退を援護し、第一小隊は予定どおり第二防衛線へ到達した。
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《任務達成》
《第一小隊 全員生還》
表示が静かに浮かび上がる。
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演習終了後。
板垣は記録映像を映し出した。
画面には、朝倉が敵を追った場面が映る。
「朝倉。」
「はい。」
「なぜ前へ出た。」
朝倉は少し俯く。
「倒せると思いました。」
「……仲間が楽になると思って。」
板垣は静かに頷いた。
「その気持ちは間違っていない。」
朝倉は顔を上げる。
「だが。」
映像が切り替わる。
朝倉が前へ出たことで、第三班との間隔が開いている。
もし武田たちが援護できなければ。
もし別方向から敵が現れていたら。
「お前一人を助けるために、仲間は隊形を崩さなければならなかった。」
室内は静まり返る。
板垣は候補生全員を見渡した。
«「撤退は敗北じゃない。」»
«「次に戦うために、生きて帰ることだ。」»
その言葉は、武田だけでなく第一小隊全員の胸に深く残った。
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帰り道。
朝倉は珍しく黙って歩いていた。
武田が隣へ並ぶ。
「気にしてるのか。」
朝倉は苦笑した。
「俺さ。」
「敵を倒すことばっか考えてた。」
少し間を置き、小さく笑う。
「でも今日の任務は、みんなで帰ることだったんだよな。」
武田は頷いた。
二人の少し前を、一ノ瀬たち班長が歩いている。
その背中を見ながら武田は思う。
戦場で強い者とは。
誰より多く敵を倒す者ではない。
仲間を一人も欠けさせず、帰ってくる者なのかもしれない。