TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第七章 戦場 第71話 撤退

 

朝のシミュレーター室は、いつも以上に静かだった。

 

大型モニターに表示された課目を見て、候補生たちの表情が引き締まる。

 

『撤退戦』

 

武田は思わず画面を見つめた。

 

撤退。

 

その二文字に、どこか敗北のような響きを感じる。

 

板垣は教壇の前に立った。

 

「本日の任務は、防衛線を維持しながら後方拠点まで撤退すること。」

 

モニターには一本の退避ルートが表示される。

 

「勝利条件は一つ。」

 

一拍置き、板垣は静かに告げた。

 

«「第一小隊、全員生還。」»

 

武田は息をのんだ。

 

敵を倒すことでも、防衛線を守ることでもない。

 

全員で帰ること。

 

それが今日の任務だった。

 

---

 

《シミュレーション開始》

 

第一小隊は防衛線へ展開する。

 

正面からはBETA群が接近していた。

 

「第一班、射撃開始。」

 

一ノ瀬の号令で一斉射撃が始まる。

 

武田も照準を合わせ、先頭の戦車級を撃破した。

 

だが、敵は止まらない。

 

一体倒せば、また一体。

 

その後ろからさらに押し寄せる。

 

「小隊長!」

 

橘が報告する。

 

「右翼から新たな反応!」

 

「確認した。」

 

一ノ瀬は即座に判断した。

 

「全班、後退開始。」

 

「予定どおり第二防衛線へ移る。」

 

---

 

「まだ戦えます!」

 

朝倉の声だった。

 

「ここで押し返せます!」

 

武田も一瞬そう思った。

 

まだ弾薬は残っている。

 

隊形も崩れていない。

 

なぜ退くのか。

 

しかし、一ノ瀬は首を振る。

 

「任務は撃滅ではない。」

 

「撤退だ。」

 

その声に迷いはなかった。

 

---

 

第一小隊は隊形を維持したまま後退を始める。

 

第四班が最後尾を守る。

 

第二班が退路を確認する。

 

第三班は中央で各班の間隔を保つ。

 

整然とした撤退だった。

 

だが、その時だった。

 

「左から突破!」

 

武田が叫ぶ。

 

数体のBETAが建物の陰から飛び出してきた。

 

「第三班、迎撃!」

 

九条の指示で武田たちは応戦する。

 

撃破。

 

撃破。

 

しかし、その隙に朝倉が一歩前へ飛び出した。

 

「朝倉!」

 

武田が叫ぶ。

 

朝倉は敵を追う。

 

あと一体。

 

倒せる。

 

そう思った瞬間。

 

「戻れ。」

 

九条の低い声が通信に響いた。

 

朝倉は足を止める。

 

前方には敵。

 

後方には仲間。

 

わずか数秒。

 

朝倉は歯を食いしばりながら向きを変えた。

 

「……了解!」

 

そのまま第三班へ戻る。

 

直後、理沙の第四班が後退を援護し、第一小隊は予定どおり第二防衛線へ到達した。

 

---

 

《任務達成》

 

《第一小隊 全員生還》

 

表示が静かに浮かび上がる。

 

---

 

演習終了後。

 

板垣は記録映像を映し出した。

 

画面には、朝倉が敵を追った場面が映る。

 

「朝倉。」

 

「はい。」

 

「なぜ前へ出た。」

 

朝倉は少し俯く。

 

「倒せると思いました。」

 

「……仲間が楽になると思って。」

 

板垣は静かに頷いた。

 

「その気持ちは間違っていない。」

 

朝倉は顔を上げる。

 

「だが。」

 

映像が切り替わる。

 

朝倉が前へ出たことで、第三班との間隔が開いている。

 

もし武田たちが援護できなければ。

 

もし別方向から敵が現れていたら。

 

「お前一人を助けるために、仲間は隊形を崩さなければならなかった。」

 

室内は静まり返る。

 

板垣は候補生全員を見渡した。

 

«「撤退は敗北じゃない。」»

 

«「次に戦うために、生きて帰ることだ。」»

 

その言葉は、武田だけでなく第一小隊全員の胸に深く残った。

 

---

 

帰り道。

 

朝倉は珍しく黙って歩いていた。

 

武田が隣へ並ぶ。

 

「気にしてるのか。」

 

朝倉は苦笑した。

 

「俺さ。」

 

「敵を倒すことばっか考えてた。」

 

少し間を置き、小さく笑う。

 

「でも今日の任務は、みんなで帰ることだったんだよな。」

 

武田は頷いた。

 

二人の少し前を、一ノ瀬たち班長が歩いている。

 

その背中を見ながら武田は思う。

 

戦場で強い者とは。

 

誰より多く敵を倒す者ではない。

 

仲間を一人も欠けさせず、帰ってくる者なのかもしれない。

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