TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
翌朝。
降り積もった雪が訓練校を白く包んでいた。
シミュレーター室には、二十名の候補生が静かに整列している。
張り詰めた空気の中、板垣教官が教壇へ立った。
「始めろ。」
それだけだった。
候補生たちは無言でコクピットへ乗り込む。
武田もシートへ身体を預けると、正面のモニターがゆっくりと点灯した。
---
《シミュレーター課程最終評価》
《第一日》
演習区域:山岳地帯
天候:降雪
任務:偵察ならびに敵情把握
制限時間:四十分
交戦は必要最小限とする。
---
武田は静かに息を吐いた。
任務は敵を倒すことではない。
情報を持ち帰ることだ。
《シミュレーション開始》
◇
第一小隊は雪の積もる尾根沿いを進んでいた。
「第一班、先行。」
一ノ瀬の指示で部隊が動く。
第二班が右側の斜面を確認し、第三班が中央を維持する。
理沙率いる第四班は後方を警戒した。
雪が視界を遮る。
木々の間から吹き込む風が、センサーにも細かなノイズを与えていた。
「視界不良。」
橘が報告する。
「了解。」
一ノ瀬は歩みを緩めた。
「速度を落とす。」
全班が即座に従う。
◇
十分後。
武田は尾根の先に視線を止めた。
何かがおかしい。
雪の積もり方が不自然だった。
「九条班長。」
「左前方、違和感があります。」
九条は双眼センサーを向ける。
数秒。
「確認。」
雪の下に隠されたBETA反応が浮かび上がった。
待ち伏せだった。
もしそのまま進んでいれば、第一班が包囲されていた。
「小隊長。」
九条が通信を開く。
「伏兵を確認。」
一ノ瀬は即座に判断した。
「全班停止。」
「第二班、別ルートを確認。」
「第三班は第一班を援護。」
「了解。」
誰も慌てない。
誰も命令を待ち過ぎない。
それぞれが自分の役目を理解して動いていた。
◇
別ルートを確保した第一小隊は、交戦を避けながら任務区域へ到達した。
橘が敵配置を記録する。
理沙が周辺の安全を確認する。
武田は尾根の向こうに広がる敵集団を見つめた。
「敵群、進行方向は南西。」
「数、およそ二個中隊規模。」
情報は一ノ瀬へ集まり、第一小隊は速やかに離脱を開始する。
その途中、朝倉が通信を入れた。
「小隊長、追撃してきます!」
後方から数体のBETAが接近していた。
一ノ瀬は即座に命じる。
「第四班、時間を稼げ。」
「第三班援護。」
「第一・第二班は情報を持ち帰る。」
武田は振り返った。
助けに行きたい。
だが任務は違う。
第一小隊は一つの目的のために動いている。
その判断を信じ、武田は前を向いた。
◇
《任務達成》
モニターに文字が表示される。
情報は無事に持ち帰られた。
制限時間内。
損耗、軽微。
◇
シミュレーターから降りた候補生たちは整列する。
板垣教官は評価表へ目を落とした。
「任務達成。」
「ただし、一件。」
候補生たちの表情が引き締まる。
「第三班。」
「伏兵の発見は良かった。」
武田は思わず顔を上げる。
「だが、報告までに二秒遅い。」
「実戦では、その二秒が命取りになる。」
「忘れるな。」
「……はい!」
武田は力強く返事をした。
厳しい言葉だった。
だが、それは期待の裏返しでもある。
「本日の評価は以上。」
「明日は今日より難しくなる。」
板垣はそれだけ言うと教室を後にした。
◇
夕方。
武田はいつものように道着へ着替え、木剣を手に訓練場へ向かう。
今日指摘された二秒。
その二秒を埋めることは木剣ではできないかもしれない。
それでも、積み重ねるしかない。
一歩。
一振り。
また一歩。
乾いた音が静かな訓練場へ響く。
その音を、少し離れた廊下で富田教官が静かに聞いていた。
扉を開けることはない。
ただ耳を澄ませ、小さくうなずく。
「……続けていたか。」
その一言だけを残し、富田教官は静かに歩き去った。
武田は、そのことをまだ知らない。