TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
試験終了から三日後。
開発棟の格納庫は、いつもの静けさを取り戻していた。
武御雷の資料は各部隊へ送られ、量産準備が始まっている。
建御名方だけが、格納庫の奥に残されていた。
武田は工具箱を抱え、黒い装甲の前にしゃがみ込む。
「主任。」
若い技師が駆け寄ってきた。
「技術本部から通知です。」
武田は手を止める。
封筒を受け取り、ゆっくりと開いた。
紙は一枚だけだった。
Type‐X99 建御名方 計画
開発終了。
試作一号機は技術本部管理下にて保管。
以後、関連資料は機密区分甲種へ移行する。
武田は黙って紙を折りたたむ。
怒りもない。
落胆もない。
予想していた結果だった。
「主任……。」
若い技師が声を掛ける。
「建御名方は、どうなるんですか。」
武田は黒い装甲を見上げた。
「眠るだけだ。」
「必要になる日まで。」
その言葉に、若い技師は何も返せなかった。
数日後。
地下保管区画。
巨大な防爆扉がゆっくりと開く。
薄暗い格納庫には、照明が一本だけ灯っていた。
武田と林雪華、それに数名の管理担当者だけが立ち会っている。
牽引車が建御名方を静かに運び込む。
車輪の音だけがコンクリートの床に響く。
指定位置で停止。
固定。
外部電源切断。
格納完了。
管理担当者が確認書へ署名する。
「保管番号。」
「X99-001。」
「保管期限。」
担当者は一瞬だけ言葉を止めた。
そして静かに書き込む。
無期限。
林はその文字を見つめていた。
武田は何も言わない。
黒い装甲へ歩み寄る。
ゆっくりと手を置く。
冷たい。
初めて完成した日に触れた時と同じだった。
「すまない。」
小さく呟く。
「約束は、まだ果たせそうにない。」
その時だった。
林が隣へ立つ。
「主任。」
「約束は、まだ終わっていません。」
武田は林を見る。
林は穏やかに微笑んだ。
「機械は待てます。」
「十年でも。」
「二十年でも。」
「人が受け継ぐ限り、この機体は終わりません。」
武田は静かに息を吐いた。
「そうだな。」
「ありがとう。」
二人は並んで建御名方を見上げた。
やがて管理担当者が声を掛ける。
「閉鎖します。」
武田は最後にもう一度だけ機体へ目を向ける。
黒い装甲は何も語らない。
ただ静かに、そこに立っていた。
重い防爆扉が動き始める。
ゆっくりと。
少しずつ。
建御名方の姿が闇へ消えていく。
最後に見えたのは、黒い頭部だけだった。
そして扉は閉じた。
金属の重い音が地下格納庫に響く。
その音は、一つの時代が終わる音にも聞こえた。
春。
帝国衛士訓練学校。
満開の桜が校門を包んでいた。
大きな旅行鞄を肩に掛けた一人の少年が、立ち止まる。
校門の上に掲げられた校章を見上げ、小さく息を吸う。
少年はまだ知らない。
父がどんな約束を交わしたのか。
地下深くに眠る黒い戦術機のことも。
そして、自分がその約束を受け継ぐことになる未来も。
少年は制服の襟を正し、ゆっくりと校門をくぐった。