TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

91 / 91
第八章 証 第82話 修了

 

 三月。

 

 長かった冬も終わりを迎えようとしていた。

 

 校舎の屋根に積もっていた雪は少しずつ姿を消し、訓練校にも春の気配が漂い始めている。

 

 講堂には全候補生が整列していた。

 

 今日をもって、シミュレーター課程は修了となる。

 

 壇上へ板垣教官が歩み出る。

 

 候補生たちを静かに見渡し、口を開いた。

 

「本日をもって、シミュレーター課程を修了とする。」

 

 講堂は静まり返っている。

 

「春季休暇とする。」

 

「休暇明けより実機課程を開始する。」

 

 一拍置く。

 

「休暇中も体調管理を怠るな。」

 

「以上。」

 

 板垣はそれだけ告げると、一歩下がった。

 

 余計な言葉はない。

 

 それが板垣教官らしかった。

 

◇

 

 修了証書授与。

 

 一人ずつ名前が呼ばれていく。

 

 一ノ瀬。

 

 九条。

 

 橘。

 

 理沙。

 

 朝倉。

 

 真壁。

 

 そして――

 

「武田迅。」

 

「はい。」

 

 武田は壇上へ進み、修了証を受け取る。

 

「ありがとうございました。」

 

 敬礼。

 

 板垣も静かに敬礼を返した。

 

◇

 

 式が終わると、講堂の空気は少しだけ和らいだ。

 

「やっと休みか。」

 

 朝倉が大きく伸びをする。

 

「まずは寝たい。」

 

 真壁が苦笑する。

 

「休み明けには実機だぞ。」

 

「分かってるって。」

 

 朝倉は笑う。

 

「でも少しくらい休ませてくれ。」

 

 理沙も笑顔で言った。

 

「久しぶりに家に帰れるね。」

 

 橘もうなずく。

 

「しっかり休むことも訓練です。」

 

 一ノ瀬は第一小隊を見回した。

 

「春休みが終われば、またここへ戻ってくる。」

 

「実機課程でも、第一小隊として恥ずかしくない訓練をしよう。」

 

「了解。」

 

 全員の返事が重なる。

 

 春に出会った頃とは違う。

 

 自然と息が合う返事だった。

 

◇

 

 夕方。

 

 寮へ戻る途中、武田はふと足を止めた。

 

 歩き慣れた道を外れ、シミュレーター棟へ向かう。

 

 廊下には誰もいない。

 

 静かなシミュレーター室。

 

 扉を開けると、整然と並ぶコクピットが目に入る。

 

 武田はゆっくりと歩き、一機の前で立ち止まった。

 

 春。

 

 初めて操縦桿を握った日。

 

 思うように動かせず悔しさを味わった日。

 

 第二小隊との差を痛感した日。

 

 第一小隊として勝利をつかんだ日。

 

 そして、最終総合評価。

 

 この場所には、一年間の思い出が詰まっていた。

 

 武田は操縦席へそっと手を添える。

 

「……ありがとうございました。」

 

 小さく頭を下げる。

 

 誰もいない部屋に、その言葉だけが静かに溶けていった。

 

◇

 

 外へ出ると、西日に照らされた格納庫が目に入る。

 

 大きな扉は閉ざされたまま。

 

 その向こうには、実機課程で搭乗する戦術機が眠っている。

 

 春休みが明ければ、あの扉が開く。

 

 新しい訓練。

 

 新しい景色。

 

 そして、本物の戦術機。

 

 武田は静かに格納庫を見つめる。

 

 胸の奥に湧き上がるのは、不安ではなかった。

 

 期待だった。

 

 ゆっくりと踵を返す。

 

 短い春休みを終えれば、またこの場所へ戻ってくる。

 

 その日のために。

 

 武田は夕暮れの訓練校を後にした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。