TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
三月。
長かった冬も終わりを迎えようとしていた。
校舎の屋根に積もっていた雪は少しずつ姿を消し、訓練校にも春の気配が漂い始めている。
講堂には全候補生が整列していた。
今日をもって、シミュレーター課程は修了となる。
壇上へ板垣教官が歩み出る。
候補生たちを静かに見渡し、口を開いた。
「本日をもって、シミュレーター課程を修了とする。」
講堂は静まり返っている。
「春季休暇とする。」
「休暇明けより実機課程を開始する。」
一拍置く。
「休暇中も体調管理を怠るな。」
「以上。」
板垣はそれだけ告げると、一歩下がった。
余計な言葉はない。
それが板垣教官らしかった。
◇
修了証書授与。
一人ずつ名前が呼ばれていく。
一ノ瀬。
九条。
橘。
理沙。
朝倉。
真壁。
そして――
「武田迅。」
「はい。」
武田は壇上へ進み、修了証を受け取る。
「ありがとうございました。」
敬礼。
板垣も静かに敬礼を返した。
◇
式が終わると、講堂の空気は少しだけ和らいだ。
「やっと休みか。」
朝倉が大きく伸びをする。
「まずは寝たい。」
真壁が苦笑する。
「休み明けには実機だぞ。」
「分かってるって。」
朝倉は笑う。
「でも少しくらい休ませてくれ。」
理沙も笑顔で言った。
「久しぶりに家に帰れるね。」
橘もうなずく。
「しっかり休むことも訓練です。」
一ノ瀬は第一小隊を見回した。
「春休みが終われば、またここへ戻ってくる。」
「実機課程でも、第一小隊として恥ずかしくない訓練をしよう。」
「了解。」
全員の返事が重なる。
春に出会った頃とは違う。
自然と息が合う返事だった。
◇
夕方。
寮へ戻る途中、武田はふと足を止めた。
歩き慣れた道を外れ、シミュレーター棟へ向かう。
廊下には誰もいない。
静かなシミュレーター室。
扉を開けると、整然と並ぶコクピットが目に入る。
武田はゆっくりと歩き、一機の前で立ち止まった。
春。
初めて操縦桿を握った日。
思うように動かせず悔しさを味わった日。
第二小隊との差を痛感した日。
第一小隊として勝利をつかんだ日。
そして、最終総合評価。
この場所には、一年間の思い出が詰まっていた。
武田は操縦席へそっと手を添える。
「……ありがとうございました。」
小さく頭を下げる。
誰もいない部屋に、その言葉だけが静かに溶けていった。
◇
外へ出ると、西日に照らされた格納庫が目に入る。
大きな扉は閉ざされたまま。
その向こうには、実機課程で搭乗する戦術機が眠っている。
春休みが明ければ、あの扉が開く。
新しい訓練。
新しい景色。
そして、本物の戦術機。
武田は静かに格納庫を見つめる。
胸の奥に湧き上がるのは、不安ではなかった。
期待だった。
ゆっくりと踵を返す。
短い春休みを終えれば、またこの場所へ戻ってくる。
その日のために。
武田は夕暮れの訓練校を後にした。