異世界の石   作:井ノ中蛙

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第14話 人族の社会

 

 

「血が足りちゃいないんでしょうねぇ……」

 

 カトリーナの見立ては、それだった。

 ヴァンパイアはミイラみたいに干からびても簡単には死なない。

 牢屋に閉じ込められて、何年も血を吸えなかったヴァンパイアは骨と皮ばかりになっても動けるのだそうだ。

 魔族恐るべし、だ。

 今度の満月の夜は奴隷でも買って満腹になるまで血を吸えば、人が違ったように蘇ると言う。

 元より心配してはいない、そんなスタンスでいるようだ。

 

 なので、俺も敢えて心配しない事にした。

 奴隷を買うとなれば、先立つ物が必要になる。

 余計に仕事に精を出すしかないだろう。

 

 魔法の練習は、まずはじめに影に潜るのを優先した。

 影に潜れれば、昼間でも移動を躊躇しないで済む。

 影収納も覚えたいし、その2つを覚えるだけでも今後が楽になるだろう。

 空飛ぶのは、目立つし、覚えるのはまだ先でも良いように思ってる。

 必要になる場面は必ずあると思うから、必須ではあるだろう。

 順番の問題だ。

 

 

「世界の半分を司る闇よ、我をその懐に招き入れん…… 」

 

 やり方は合ってると思うのだけど、なかなか発動するまでには、至らない。

 夕食後とか、少し時間が空いたら、試すようにしてるのだけど、なかなか簡単にいかない。

 ベッドの影とか、サイズが大きいほうが入り易いのかと思えば、そうでもないらしい。

 建物の影まで試したから、サイズは関係ないと確信に至った。

 なら、有機物、無機物の差だろうかと、ミゼンの影に手をついてやってみた。

 反応は無い。

 夕方の弱い影が駄目なのかと昼間、地面に横たわる黒い影でやってみたが、変わりなかった。

 影なら何でも潜れる筈なのだけど……。

 カトリーナに聞いてみたら、"初めは自分の影からはじめるものとは違うのですかね?" とお小言のように言われた。

 言い方には目を瞑ろう。

 自分には無い考えなのだし。

 全然、腹なんてたってないんだし。

 

「んっ!?」

 

 外に出て、お日様に背中を向けて、ローブ姿の影に手をついて呪文を唱えると、ヌルッと、手が沈んだ。

 そのまま体全体的が沈む。

 自分の影でやったら、一発だった。

 外の濃い影だから良かったのか、分からないが。

 当たり前だけど、影の中は洞窟の中のように暗くて、自分の影の形の空が上に見えた。

 影の中は何なのだろう。

 一種の異空間なのだろうか。

 影から出ようと立ち上がる仕草をするだけで、自分の影から出れた。

 入った時と同じ向き、同じ姿勢でだ。

 

「リベラちゃ……… わー、凄い!」

 

 何度か出入りを繰り返しているところをミゼンが来た。

 もう、立った姿勢のまま垂直落下出来るようになった。我ながら格好良いと思う。

 気分は魔法使いだ。

 そのまんまか。

 

 自分の影が一番、入り易いと言うか、馴染む気がする。

 

影に入ってる間、ミゼンが言うには、影だけは、そのままそこに居続けるそうだ。

 移動するところを見て貰ったら、影はスルスルと形を変えずに滑るように動くのだそうだ。

 自分の影を入口にして、他の影へも行けると言う意味なのか分からないが、影の中へ行けたのは大きな一歩だ。

 もう昼間は影の中に入って移動するの1択だろう。

 火傷はひと晩もすると治ってしまうが、痛い思いをするのは嫌だ。

 

 影収納は、それほど試行錯誤しないでも出来た。

 慣れてくると、やはり呪文の詠唱無しでも発動するようになった。

 心の中ではしてるのだけどね。

 

 "じゃ、後は頼みましたよ"

 週に一度、夕食の後、湯浴みを終えると、支度をしてカトリーナは、何処かへ出掛けた。

 はじめは、何かの用事だろうと思っていたけど、どうも違うようだと分かったのは、帰って来るのが決まって早朝だったからだ。

 "昨夜はお楽しみでしたね" くらいは、普段のお返しに、それくらい言っても良さそうに思えるが、ここは、やはり大人の対応だろう。

 

「おはようございます……」

 

「たまには男、引っ張り込む位、魅了試したら宜しいんですよ? 」

 

「ええ? いえ、そんな事は…… 」

 

「何でも試しておく、いざというとき慌てん為には必要ですからね 」

 

 良く分からない小言を言われた。

 たぶん、バツが悪くて憎まれ口を叩いたのだろう。

 精を吸って来た翌日は、すこぶる機嫌がいから、丸わかりだ。

 サキュバスには魅了があるから、別に美人である、必要はないのだなと気がついた。

 そもそもこの世界の美醜観をちゃんと、聞いた事はないから、俺の勘違いかもしれないが。

 

 魅了で男を誘き寄せれば、娼館に行って金を払う必要はないと思うのだけど、以前からカトリーナは、娼館で男を買っているのだとミゼンは知っていた。

 もちろん、彼女がサキュバスだとも承知している。

 それは、人族の国で魔族がどう見られているかを、彼女なりに考えて行動している結果らしい。

 良からぬ噂をたてられたら、客商売では堪ったものではない。

 人族の社会で生きていく上で、カトリーナなりに覚悟を決めて臨んでいるのだと、言われたような気がした。

 なのに、魅了を試せとか、言う事がへそ曲がりとしか思えないのだけど。

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