アプリリアお姫様にも挨拶位しようかと思ったけれど、見た目がこれだけ変わってしまっては、行っても本人だと思われないかもしれない。
余計な心配をかけるかも知れないし、連れ出した恩は十分、返して貰っているので、これ以上は迷惑になるかもしれないので、何も知らせずに行く事にした。
「馬車に声をかけてみて、高い事言われたら、乗り合い馬車で行くと言う手もありますが…… 」
独り道を歩きながら、ブツブツと独り言を喋る男。
知らない人が見たらそう思うことだろう。
フェリオは自身の影に潜っている主人と話しているだけだ。
カトリーナからは、町を出てほしい的な事を言われたから、その手立てについて相談しているところだった。
朝食を済ませ、店を出て、向かうのは乗り合い馬車の乗り場となる広場だ。
このまま影から出なければ、払うのは、一人分で済むから、乗り場にしようと俺が勧めたらそうなった。
どの町へ向かうかは、判断つかないから、フェリオ任せとなった。
そんなに特色のある町ばかりではないし、フェリオもそこまで地理に明るい訳ではなさそうだったから、出た所勝負と言う事にした。
悪い噂の無さそうな町がいい、言えるのはそれくらいの事だから。
銀貨を3枚払って荷馬車を乗用に改造した乗り合い馬車に乗り込んだ。
フェリオは、ごく普通の町の青年と言った格好で、荷物も布袋一つと身軽だ。
荷物は俺が影に全部入れてある。
盗まれる心配もないし、置き忘れも考えられない。
彼が奴隷と見た目で分かる事はない。
上半身の服を脱ぐと現れる左胸の心臓のある辺りに刻まれた奴隷紋は、隠しようがないから、それ見られたらバレるだろう。
カトリーナから渡された奴隷紋と同じ模様の金属プレートの持ち主が、奴隷の主人である証となる。
このプレートがないと、奴隷紋は解除出来ない仕組みらしい。
逆にそれを盗まれてしまったら、奴隷を失う事にもなるのだけど。
プレートを失くしてしまったら、どうなるのだろう。
奴隷本人に知られなければ、奴隷の主人のままで居られるが、知られたらすぐに、逃げられてしまうに違いない。
もし、落ちていたプレートを拾った人が居たとしても、奴隷が何処にいるのか、分からなければ、命令を告げる事すら、出来ないだろうに。
完璧なシステムとはほど遠いが、今はこれが最適なのだから、甘んじて使わせて貰うしかない。
フェリオはまあ、何というか、犯罪奴隷とかではないそうで、右目が殆ど見えなくなって傭兵の仕事を失ったのを機に、金に困って奴隷に身売りしたとカトリーナから聞いてる。
片目である分、安く買えたのだとか。
カトリーナも商売人だから、抜け目はない。安く買えたが、幾らだったとは言わなかった。
悪い人間ではないのは、何となく分かる。
けれど、だからと言って全幅の信頼を寄せるにはまだ早い。
見てるとたまに、顔の下に視線が向いてる事がある。
胸を見て話をしているなと、何となく分かってしまう。
だから、信用出来ないとは、言わないが、心にモヤモヤしたものが残るのも嘘ではないから。
この体は、俺も気に入っている。
そうやすやすと触らせる気は毛頭ないから。
満月の夜ですら、迷うかもしれない。
それが、少ないながらもフェリオに対する不安要素の一つであるのは間違いない。
奴隷と主人と言う特殊な関係だから大部分の不安は取り除かれてはいるが。
さすがに乗り合い馬車の車内でフェリオに話しかけたりしない。
両隣の客から怪しまれるだけだ。
日本のような治安は期待してないが、寝てるような人は誰一人居ないようだ。
スリや、置き引き、強盗などの軽犯罪は普通に見るし、普通に私刑を受けてる光景も目にする。
治安維持装置としての騎士団に期待出来るのは、命に関わるような重大犯罪だけだそうだ。
町の外の景色は、アプリリアお姫様と共に移動した時と同じ自然豊かなものだ。
あの頃を思い出してしまう。
この民間なのか公的機関なのか知らない馬車には、護衛の役を果たす者がはじめから見当たらないのが気になった。
お姫様が乗ってないせいもあるのだろう。
犬や大型になると馬系の魔物も、運が悪ければ馬車を襲いに来る。
馬系だから草を食べるとか都合の良い魔物は残念ながら居ない。
魔物の生態を詳しく解明されてはいないが、総じて雑食性と考えていい。
肉でもパンでも果物でも食べる。
人も人の食べ物も彼らには美味しい餌にしか見えてない。
お姫様の護衛の人からそう教わった。
そう言う事もあって、フェリオがかつてしていた傭兵と言う仕事が成立するのだと思う。
因みに冒険者という職業を聞いてみたら、聞いた事もないと言われた。
冒険が仕事となるような世の中ではないらしい。
ファンタジー世界であっても現実は甘くないようだ。
ドラゴンもヴァンパイアもいると言うのに。