「獣人国へ行ってみる? 」
国境沿いに居るのだから、国を渡ってみるのも良いかと思ってフェリオに聞いてみた。
「身分証になるものはお持ちですか? 」
いきなり職質のような事を言い出すフェリオ。
国境を渡るには、身分証が無いと無理なのだと、当たり前の事を説明されてしまった。
そんな子供に教えるように言わなくても良いだろう……。
奴隷は、主人の持ち物と言う扱いなのだとか。
けれど、フェリオは傭兵ギルドの身分証は持っていた。奴隷に落ちたとしても資格は喪失しないらしい。
正当な理由もなしにギルド員を除名したりしないそうだ。
逆に奴隷が傭兵ギルドに登録するのは、面倒らしい。主人の命令には絶対服従の奴隷が護衛の仕事をして、どんな事が起きるか想像すれば分かる。
護衛が盗賊に早変わりなんて誰にでも予想出来る。
暗殺に利用されるかも知れないし、奴隷に手引きさせて誘拐されるかも知れない。
奴隷本人より持ち主の調査が重点的に行われるのだろう。
話を戻すと、リベラの身分証となる物は何もない。
これでは、国境は越えられない。
行きたいなら、自分の身分証を作れよ、と言うことか。
フェリオの目が冷たい。ーーーなんてことはないが、"困った" と顔に書いてあるように見えた。
夕方、町の外れにいる。
この時間、道行く人影もない。
日本の田舎なら、何処からか "夕焼け小焼け" のメロディーが防災行政無線のスピーカーから聞こえてきそうな光景だ。
だから、飛行訓練にはお誂向きだろうと、来た次第である。
どうせ、初日は、唸って終わりだろうと、高を括った者も多い事だろう。
自分でも、そんな気はしていた。
しかし、それは、来た。
上昇気流のビッグウェーブが身を包み遥か上空へと俺をいざなうかの如き勢いだ。
「ひ、ひ、ひぃ〜〜〜! 」
「リベラさま〜〜〜! 」
情けない声が漏れたが、きっと聞かれてないと思う。
ジェットコースターに乗って、下半身から血が逆流してくるような、嫌な感に襲われた。
急に上昇スピードが落ちる。
高度なんて分からない。
フェリオは指先の爪程度の大きさにしか見えない高さだ。
そして、はじまる急降下。
「きゃあああああっっ!!」
慌てて手足をバタバタさせる。
ピタッと止まる、まるでエレベーターのように。
恐る恐る下を見ると、まだフェリオは指先程度の大きさだ。
上下を何度繰り返しただろう。
やっと、宙に停止する事に成功した。
自分の鼻息が荒い。
スースー、スースー、聞こえてくるし、心臓はドクドク、ドクドク、かつてない速さで鼓動を打っていた。
空は恐い、恐すぎる。
無事に降りれる気がしない。
と言うか、トイレに行きたいんだけど。
空の上から小雨を降らせるわけにもいかず、どうやって軟着陸しようかと考える。
パントマイムのエスカレーターのように、斜め下にスーッと降りられないだろうか。階段でもいい。
足を一歩踏み出して、下に1段降りると想像する。
恐る恐る実行すると、何とか出来てる。
「ふうっ…… 」
トテトテと、足を踏み出しながら、降りる目処が立った。
結構な高さまで上がったから、降りるのはそれなりに時間を要した。
「トイレに行きたい…… 」
「え、あ、トイレですか? 」
飛べたお祝いでも言う気でいたのか、フェリオは拍子抜けした顔して、町へと、走ってくれた。
彼の影の中で俺は、ひたすらトイレを我慢していた。
宿屋に着いて難を逃れた訳だけど、フェリオから "スカートで飛ぶのは、止めましょう"、提案される。
"丸見えでした" と、小さな声で付け加えられた。
この性欲怪獣め。
こっちは、生きるか死ぬかの瀬戸際だったと言うのに。
その、痛い子を見る目は、やめれ。
失礼である。
なんでもそうだけど、ものにはコツと言うものがあって、それに気づくと気づかないとでは、大きな差が生まれるようだ。
昨日のポンコツ飛行の反省を踏まえて、今日は、頭から進むように飛んだ。飛行機のように、水平飛行で地上へ降下しつつ、ギリギリまで高度を下げて、最後だけストン、と地に立つようにした。
これでスカートの中が見えたりはしないだろう。
"見違えたようにスムーズでした" とフェリオの褒め方も良い感じだ。
墜落の恐怖は、常に持つようにしている。
実際、何があるか分からないから。
低空だと矢で狙われると、フェリオは言う。
確かに低空だと、空に浮かぶ的には良さそうに思う。
しかも、何か高価な物を運ぶ仕事だったりしたら、それ目当てに十分考えられるだろう。
着陸後も、そのままスムーズに影の中に潜ってしまえば、より安全かもしれない。
何故か、空飛ぶ仕事やる気満々で色々と考えが暴走してしまった。