「リンゼイ家からですか? 直接、文句を言いに行ったのですか?」
「いえ、グレシェディエ家の人から、黙ってるようにと言われたので、行ってません」
"ふぅ" とギルドの職員は溜息を漏らした。
"そうですね、ギルドとしてもそうして貰えて助かりました" と言うところを見ると、やはり、大家相手に喧嘩はタブーらしい。
ギルドに戻って、依頼を終えたと報告の際に、穴の空いたスカートと血のついた矢を見せてクレームを突き付けたら、報酬にポーション代が上乗せされて支払われた。
宿屋の部屋でフェリオにもその件を話したら、"背後への警戒は特に大事です" とアドバイスされた。
そうじゃなくて、大変でしたねのひと言で良いんだけど。
「あ"、あ"、あ"、あ"……」
肩を揉んで貰ったら、思ったより凝ってた。
気持ち良くて変な声が出た。
思いの外良かったので、ベッドにうつ伏せになり、首筋から背中、腰、尻までフェリオのマッサージを受けた。
「ゔ〜ん…… あ"あ"…… そこ、そこ、そこ……、 ぐぅぅう…… 」
気が緩んでおならが出そうになるほどだった。
しないよ、まさか。
一応これでも、女性だからね。
◇◇◇◇
「なに? それは間違いではないのだな? 」
チェルニア・ズディーポは、リンゼイ家の者から報告を聞き、立ち上がらん勢いで反応した。
魔女タルヒューズに呼ばれ、雇われ調教師として某国の王女を娼婦に仕立てた張本人が、誰であろうインキュバスの彼である。
魔女タルヒューズは魔国では反体制派で名高い。
過激派が勝手に徒党を組み "魔王軍" と称して、行き過ぎた他国への干渉と復古主義を掲げる中、反体制派は、昔ながらの個人プレーを貫いているのが面白い。
魔王軍をゴッコ遊びと揶揄し、奇襲部隊で先陣切るヴァンパイアの1人を拉致して部隊解散を迫るも、交渉決裂したとか聞いたが、詳しくは聞かされてない。
奇襲部隊に襲撃され、ドサクサに紛れて逃げ出した彼にとって、敷地に無断侵入したと警備の者が纏めた報告書には、魔導士ギルドに所属の "リベラ" と言う名の魔族であると記されていた。
魔女タルヒューズの所で氷漬けで拉致されていたヴァンパイアの名前と一致する。
一瞬、お礼参りの下見に来たのかと勘ぐったが、なら、夜中に手下を連れて来るはずだ。
昼間に単身、ギルドの依頼で隣家に来たと言う言い訳そのものが、玄人のそれからは明らかに逸脱していた。
それに、来るならまず魔女タルヒューズの方が先だろう。
それとも、仕留めやすい者から狙ってきたか。
だから、関わりたくなかったのだ。
こんな事になるのは、はじめから予想出来た。
"逃げ回ろうと、地の果てまで追い詰める"
あの夜、襲撃に来たヴァンパイアが魔女タルヒューズに言い放った言葉がそれだ。
おそらく、あのヴァンパイアは、見境を失くしている。
いくらヴァンパイアと言えど、魔女に敵う訳がないのだから。
魔女には魔人でも当てない限り無理だ。しかも複数人揃えないと安心出来ないだろう。
真の目的は、攫われた妹を取り返しに来たのに違いない。
「うん? 」
違和感に気づくインキュバス。
妹を取り返しに来たなら、なぜ、その妹は単身で行動しているのか。
魔女は調教などより、もっと強烈な方法を実験してみると口にしたはずだ。
しかも処置済みだと、聞いていた。
その後、姿を見なかったから、何処か遠くへでも連れて行き、解き放ったとばかり思っていた。
なぜ、いる? 某国の王女のように護衛の相手をさせていた訳ではないだろう。
魔女がどんな処置を施したのか分からないのに、迂闊に関わるのは悪手か。
いや、処置済みであるなら、逆にマトモであるとは考え難い。
強烈な方法と言うのも気になる。
「おい、誰かいるか? 」
最低限、監視はつけておくべきだろう。
チェルニアはもちろん、リンゼイ家の者ではない。
当主の妻、キャベレイは既に彼の支配下にあった。
実家の母方の従兄弟と逸話ってこの屋敷に転がり込むことに成功した。
人族のしきたりは、心得ている。
メイドを何人か下僕にして、暫くは骨休めがてら、ゆっくりするつもりでいた。
ヴァンパイアがうろちょろする町であっては、それは留まる理由にはならない。
何より現れたヴァンパイアの目的を探るのが一番重要だ。
自分が狙われているのなら、分かった瞬間に此処を去るのも厭わない。
「お呼びで御座いますか? 」
現れた執事に手短に用件を伝えると、チェルニアは、下僕にしてあるメイドの中で一番遠い土地から来た者は、誰か聞こうと呼び寄せるのだった。
次に身を隠す場所の確保は早いうちが良い。