「ふむ…… 」
難しい顔で、テーブルの一角を見つめるチェルニア。
優男の思案顔は、憂いを帯びて魅力的でさえあった。
結局、下見に来たと思ったあの日の夜、ヴァンパイアの襲撃はなかった。
彼の手には報告書がある。
魔導士ギルドに所属する魔族リベラの身辺調査、素行観察の報告が日別に箇条書きで記されていた。
宿屋内に潜入した者は、つぶさに対象者の様子を記録していたようだ。
人族のフェリオ21歳の奴隷と共に2人部屋で生活を営んでいる。
外出時には黒のフード付きローブを必ず着用する事からもヴァンパイアであるのは疑いようがない。
しかし、生活の中で、おかしな様子が少なからず目撃されていた。
ある時、トイレから出てくると、下着の中にスカートの裾を入れてしまい、後ろから見ると下着丸見えの状態で廊下を歩いていた。
廊下まで、聞こえる大声で、"マックが欲しい、ギュウドンが食べたい" と言って奴隷を困らせてていた。
湯浴み場を利用の際には、下着の前後ろの判断がつかないらしく、毎回適当に履いているらしい。
ギルドの行き帰りに屋台で買い食いをするのが日課となっている模様。
ギルド内で空を飛べる魔導士の数は限られており、その中で女性は2人しかいない。
しかし、彼女がギルドに来ると、分かっている何人かの魔導士の男は、ギルドの裏手で待っており、彼女が飛び立つ姿を見上げるのが、恒例となっている。
何故か確認したところ、スカートの下に履くズロースを彼女はつけておらず、下着が丸見えになるのが理由らしい。
空を飛び、配達の仕事ばかり選ぶ理由は、分からないが、護衛など、戦闘の可能性のある仕事は避けているらしい。
奴隷の男の方は傭兵ギルドに籍も持つ。
しかし、主たる仕事が複数人での護衛矢警備であるため、条件の合う仕事にはありつけないようだ。
ギルドの闘技場で剣の素振りをする姿を良く目撃されている。
「………。」
"ポンコツ" と言う言葉を知っていたなら、インキュバスは迷わずそれを使っただろう。
特に女性の立ち居振る舞いには敏感であれば、なおさらだ。
ヴァンパイアの世間知らずのお嬢様が、庶民の暮らしをしようとすれば、ズレた振る舞いをするのも頷ける。
しかし、果たしてそれだけだろうか。
引っ掛かる点も無くはない。
奴隷の男の扱いに違和感を感じて仕方なかった。
何故、そこだけ、思慮深いのだろう。
本来なら、奴隷など、血を吸ったら用済みとばかりに遊び半分で殺してしまっても気にかけないほど軽い存在でしかないだろうに。
さすがにここで、それをやったら、問題になるのは火を見るより明らかだ。
大きな敷地の屋敷の中で行われるから、人目につかず、だれにも知られずに後始末されているだけの話だから。
宿屋住まいでは、それも叶わない。
かと言って、奴隷どころか、伴侶のように仲睦まじい様子を見せる理由が分からない。
そこまでする必要が一体、どこにあるだろう。
吸魔族に共通する認識が、被食者は格下と言うものだ。
表面だけ仲良い芝居をする事はあっても、それは、捕食する直前とかだけだ。
下僕として飼うにしても、仲良くする必要はない。主従関係に馴れ合いなど、必要ないからだ。
世間知らずどころか、ヴァンパイアの矜持さえ、忘れてしまったのだろうか。
気位の高さは天下一品で有名なヴァンパイアが、世間の男達に下着を見られる恥辱を受け入れる意味も分からない。
まるで、男を誘うサキュバスに通ずるものを感じさせる。
「いや、………あり得なくもないか……」
魔女が何をしてヴァンパイアの女をこうまでも、変えたのかは知らないが、その意図するところは、ハッキリと分かる。
獣人国の王女を娼婦に変えて、高貴な王族の血筋を地に落としめたのと、変わりない。
ヴァンパイアが自ら馬鹿にする人族と添い遂げるかのように仲睦まじく過ごす姿こそ、ヴァンパイアと言う看板に泥を塗るようなものだ。
そう考えれば、納得は行く。
魔女らしい皮肉のこもったやり方で間違いない。
何をどうすれば、こうまで変えられるのかは、知らないが、インキュバスの手を使わずに、ヴァンパイアの女がここまで変えられるものだろうか。
魅了などの精神操作の類なのか、はたまた頭でもすげ替えたかのようだ。
まさか、ヴァンパイアを使ってキメラを作る実験をしたとかでは、ないのか。
あの魔女なら、やりかねない。
ヴァンパイアの兄妹への、これ以上ないほどの当てつけだ。
元より、リックス家の兄妹は、そのまま夫婦になるだろうと魔国では言われていたほどである。
長命なヴァンパイアは子を成し難い。
兄妹がいる事すら稀である。
それほど歳が離れていなければ、番となり、血筋を残そうとするのは容易に考えられた。
兄妹と言う近親同士による交配であっても、それを禁忌する人族や獣人族とは違い、ヴァンパイアにとって、そんな心配は些細な事でしかない。
血が高潔であると自負して憚らない種族であるのも大きな理由の一つだ。
寿命が長いため、遺伝子異常が発露に至るまで交配が、繰り返されていないだけかも知れないし、本当に血が違うのかもしれない。
それを調査研究する技術も設備もそして、学術的裏付けがまるでない。
近親相姦が原因で、異常な子が生まれると確定されるまで、やはり相応の時間を要した。
メイデス家、と言えば、 奴隷商館主の間では、知らない者は居ないくらい有名だ。
奴隷同士を繁殖させて大儲けを企んだ館主で有名だ。
本人は長命種としか知られていないが、獣人族の奴隷を繰り返し繁殖させ、視覚、聴覚に異常を持つ子供ばかり出来るようになると、売り物にならない奴隷が増えて奴隷商館の経営が傾きはじめた。
見た目は普通でも言葉さえ理解出来ない程度の知能しかない者が館内で大暴れし、世間からの注目を集めた。
騎士団が調査し、同じ繁殖奴隷を酷使し、館内の奴隷の全てが、血の繋がりのある者で占めるのが白日のもとに晒される結果となった。
何かの病気の可能性が疑われたが、同じ症状を訴える者は館の内外を調べても誰も見つからなかった。
親と子、子と子、子と孫と、何度も繰り返された血の塗り重ね。
やがて、目つきの悪い特徴が共通して見られるようになり、余りにも近親相姦を重ねた結果ではないかと、言われるようになった。
それ以前からも、常識的にも親と子や、兄弟同士の子作りは、良い顔をする者は少ない。
血が濃くなり過ぎると変な子が出来ると、広く知られるようになった奴隷商館で起きた事件は、木までも語り継がれている。