異世界の石   作:井ノ中蛙

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第3話 山頂からの退場

 

 

 それは、人族かドラゴンの巣に来るようになって、何年目の事だろう。

 聖剣エクスカリバーでも携えていたのか、その勇者はやり手だった。

 ドラゴンを倒したとか言う話ではない。

 たぶん勇者一行は、ドラゴンのブレスの餌食になったのだと思う。

 今回のドラゴン討伐は今迄と何が違っていたのかと言うと、ドラゴンがブレスを吐きまくったせいで、巣の周りの岩の壁が、殆ど砕け散っしまったと言う事だ。

 しかも、それに巻き込まれた俺は、破片と共に空の彼方へと投げ出されてしまった。

 

『おわあーっ!』

 

 はじめて見る、岩の壁の外の景色。

 その時、ドラゴンの巣は雲より高い山の頂にあったのだと、初めて知った。

 こんな高い山を登ってドラゴン討伐なんて、今迄来ていた勇者達は、よほど苦労していたに、違いない。

 俺が見たのは、ほんのひと時でも、それまでにはきっと、長いドラマがあったのだろう。

 そんな、呑気に考えてる余裕はすぐに消し飛んだ。

 山の斜面に落ちた俺はコロコロと猛スピードで止まる事を知らず、落ち続けた。

 落石注意の看板が間違いなく立っていそうな斜面を、それこそ飛ぶような勢いで転がって行く。

 誰か止めてと、口があったら叫んでいたところだ。

 目があったなら、絶対に回っていたはず。

 一瞬、"ネプリュディエーナ様" とドラゴンの名を心の中で叫んだが、離れ過ぎているのか返事はなかった。

 

 山の頂からの落下は、容易に止まるほど生易しくはなかった。

 深い深い渓谷にハマり、パチンコ玉宜しく、何度も壁に跳ね返りながら、やがて "チャポン" と谷底に流れる川に落ちた。

 そして今度は、コロコロと川の流れに流される。

 割れて四散しなくて良かった。

 石でも粉々になったら、それはきっと死を意味するだろうから。

 傷の一つや2つ、どうでもいい。

 けど死んだら終わりだ。

 それだけは避けたかった。

 何度も止まっては、また思い出したように流されるを繰り返した。

 山から流れ落ちる川の勢いは、なかなかに緩くない。

 小石に抗う術などある訳もなく、流されるがままだ。

 何年も何年も、ドラゴンの巣の近くに居たのに、一度動き出したら、止まる事を知らず転がり続けるとは。

 二度とあの山の頂には、戻る事はないだろう。

 小石が登山するなど御伽噺でも聞いた事がない。

 一体、何処まで行くのだろう。

 流され転がりながら、思うことはそんなものだった。

 小魚が泳ぐ山の川。

 ヤマメとか、その類の川魚がいるらしい。

 山の頂とは違い、色んな生き物を見るようになった。

 サワガニやら小エビなども居るらしい。

 川の流れの中では時間の流れは、良く分からない。

 壊れた時計の針が急に動き出したように、全てが目まぐるしく動き出した気分だ。

 悠久の時の流れだなんて言いながら、のんびりなどしていられない。

 滝壺に落ちる際、一瞬宙を舞った。

 眼下に広がる緑はきっと森だろう。

 ポチャンと落ちて岩にぶつかり跳ね返った。

 止まった先は、水辺のゴロゴロと大小の石の転がる所だった。

 夜中、遠くの空に隕石群が落下する様子がみえたり、まるで原始時代かと見まがうような景色も幾度か見えた。

 

 水辺は、退屈しない。

 昼夜構わず水を求めて生き物がやって来た。

 これが、面白かった。

 額に角を生やした山犬や、鹿らしき生き物は角が燃える炎に見えた。

 巨大なイノシシは漫画のように丸い体をして、短い足でチョコチョコ歩いた。

 真っ白い毛皮を纏ったキツネは、通るとヒンヤリとした、冷気を放っていた。

 言わゆる魔物と呼ばれるヤツらしい。

 動物とは違う魔力の下にある獣達。

 人と魔族のように、似て非なる者と言う訳だ。全てドラゴンから聞いた知識なのだけど。

 

 ここでは、生き物の営みが毎日、世話しなく行われる。

 悠久の時の流れなど出る幕ではないらしい。

 とはいえ、数多に転がる石の一つでしかない俺にとっては、騷しい隣人が引っ越して来た程度のことなのだけど。

 

 借りてたアパートの前の道が突然、掘り返して工事をはじめたら、騒がしいで済む話ではない。

 不便でうるさい。

 しかも重機なんかも入って来て、深い穴を掘りだした。

 こりゃ、数日で済む工事じゃないなと、諦め半分、部屋でゲームでもしていると、不思議なもので、大して気にならなくなってくる。

 慣れとは恐ろしいものである。

 いつ終わるとも知れない工事。

 訪れる魔物達は、そんな存在たった。

 たまに、争う事もあった。

 "踏まないでくれよ" とは思う。

 しかし、思うのはその程度だ。

 

『おっ? 』

 

 人の姿が見えた。

 人じゃない、エルフか? 

 見事に耳が横に張り出している。

 しかも、女らしい。

 しゃがんで何をしているのだろう。

 …………と思っていたら、どうやらトイレタイムだった。

 いきなり、そんな破廉恥なと思っても、こちらは石だし。

 エルフだって石に見られても何も感じないだろう。

 ひっかかるほどの近距離ではないから、別に良いのだけど。

 心配なのは、こんな魔物が良く出没する所に来ても大丈夫なのかと言う事だ。

 見たところ、たった一人だし。

 

『………。』

 

 その後、エルフは、服を脱ぎだした。

 固唾をのんで見守っていたら、滝壺へ   と進んで行き、水浴びをはじめた。

 丁度良い位置に邪魔な岩があって良く見えない。

 こんな時、ドラゴンみたいにブレスを吐けたら、一発でどけてしまうのだが。

 まるで映倫の回し者なようなお邪魔岩のせいで、良いところがまるで見えやしなかった。

 この岩野郎、いつかぶっ飛ばす。

 こっちは、何十年に一度巡ってきたラッキースケベだったのに。

 石になっても女の体に欲情するとは思わなかった。

 まあ、人だった頃の名残りと言うものだろう。

 石の体には下半身と上半身の区別もないし、充血する部位すら存在しないのだから。

 そもそも石に雄雌の区別すらないだろうに。

 

 エルフは、狩猟民族と言った出で立ちをしていた。

 弓と矢筒を持っていた。

 防具は革製のようだった。

 お邪魔岩のせいで、細かくは見えなかったから、詳しくは分からない。

 白い腕や足が少し見えた程度だった。

 

「§∞⊄δσ⊕≧Λ!」

 

 いきなりエルフが何か言葉を発した。

 号令でもかけるような強い口調だった。

 

『わわわっ!』

 

 俺は宙に浮いたと思ったら、ぶん殴られたように弾け飛んだ。

 何が起こったか分からない。

 何か柔らかい物にぶつかったらしい。

 

『テッテレ〜♪』

 

 急に頭の中で音が鳴る。

 

 "フォレストウルフを倒しました、レベルが2上がりました、攻撃力が4上がりました、硬さが2上がりました、魔法親和性が8上がりました"

 

  まるで、ゲームのようだった。

 頭の中の言葉はしばらく続いた。

 見ると確かに頭に角を生やした山犬が倒れていた。

 エルフの女が近寄って来て、山犬を解体しだした。

 このエルフが魔法を使って、俺を山犬に当てて倒したのだと、理解するまで時間がかかった。

 そうか、俺は石でありながら、レベルアップしたらしい。

 石がレベルアップすると、何かに進化でもするのだろうか。

 

「❴∉*❞↹@№δ∅∅↔$◇β‰」

(大地の精霊よ、ここに穴を)

 

 近くで呪文を唱えたので、今度は良く聞こえた。 

 魔法の呪文なんて聞けるとは思わなかった。

 山犬の死骸の横に穴があき、エルフは、そこに内臓や骨を落とすと、また魔法で穴を塞ぐのだった。

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