「お嬢様、良くぞご無事で…… 」
ホントラスの町の宿屋で過ごすはじめての夜、部屋に訪ねてきた女の人は、強引に建物の中へ入って来たらしく、後ろで宿屋の主人が、"困るんだよ、勝手に入って来られちゃ" とすっと苦情を言っている。
ゴシック調の高そうな黒の服で身を固めた女の人は、俺の目の前で、片膝をついて屈むような姿勢になった。
"来るべき者が来た" そう直感した。
魔王軍側の人が遂に現れた、と俺は思った。
「シルベスター様も大変、心配なされておられます、どうぞ御屋敷へ戻りましょう 」
「あの、取り敢えず、部屋に入って貰える? 」
宿屋の主人に、お金を払い、詫びると、取り敢えずさわぎはおさまった。
部屋の中央、ベッドとベッドの間に通れる隙間が空いている所に姿勢良く立つ女の人。
「あの、リベラさま……?」
「あなた、だれ? 」
「ミリルシアに御座います 」
「リベラの知り合い? 」
「ええと、身の回りのお世話をさせて頂いておりました…… お忘れですか? 」
女の人の顔から表情が、消える。
ショックは甚大らしい。
「何処まで知ってる? 」
「何処までと申されますと? 」
リベラが幾つの頃から知っているかと、聞き直したら、50歳になる頃からの専任の側使いとして共に過ごして来たそうだ。
兄シルベスターと共に魔王軍に参加して、奇襲部隊で活躍していた所を攫われて、4年近く経つと言う。
彼女は、護衛もこなすとかで、攫われた際に近くに居なかった事をとても、悔いていて、何度も謝罪の言葉を口にした。
兄もとても寂しがっており、何度かお慰めしたとか。
いや、そんな情報要らないのだけど。
「だって、妹でしょ? 」
妹に会えなくてお慰めするとか、そんな変な性癖、使用人が本人の前で言う事ではないだろう。
「いえ、あれほど子を成す日を夢見ておいででしたのに…… 」
「子を成す? だれの?」
「シルベスターさまのに決まってますでしょう?」
"げっ" と、言いそうになるのを、口を手で抑えて堪えた。
そんなの許される筈がない。
いや絶対に変な子、出来るに決まってる。
"ド変態兄の餌食かよ" と、脳裏では、薄い本のような淫淫、乱乱な場面がフルカラーで展開される。される側になって考えて欲しい。
控え目に言って地獄でしかない。
妹に孕ませプレスする兄の姿など、想像するだけで反吐が出る。
「い、イヤだ、帰らない…… 」
「お嬢様? 」
漏れた声に律儀に聞き返す元側使いの女。
彼女は、行方不明になったお嬢様を探して、単独行動してきたそうだ。
彼女はとにかく "御屋敷に帰りましょう" の一点張りだった。
変な理由をつけて説得されても困るから、下手な理由は言わない。
元側使いも "なぜ" とは聞いて来なかった。
ひたすらに、"お願い" するだけだ。
「お気がお変わりになるまで、待ちますので、それまでお世話させて頂いて、宜しいでしょうか?」
しかも、早々に折れてきた。
なるほど、確かに側使いなのだなと、思わせる身の振り方に思えた。
一緒に居たいのなら、屋敷や兄、魔王軍には一切連絡しないと、約束させた。
でなければ、また姿をくらますと脅すと、"仰せの通りに致します" と了承を得た。
隠れて連絡をとるかもしれないし、何処まで信用出来るか分からない。
もしそうなったとしても、実際にこちらで取れる手段は逃げる事くらいしかない。
見つかったのだから、ジタバタしても仕方ないのは仕方ない。
仕えるとは、こういう事だと見本のような所作のミリルシア。
ヴァンパイアの屋敷での暮らし振りが伺えるような世話を焼く。
湯浴みも食事も済ませていて良かった。
この宿屋の設備では、お嬢様にふさわしくないらしい。
食堂へ連れていき食事をさせて、湯浴み場へ連れて行くも、目を細めて嫌そうな顔を隠さなかった。
"このような質素な暮らしに耐えていらっしゃるお嬢様は、立派に成長なされたのですね" と感心する始末だ。
では、ミリルシアは今までどんな所に泊まっていたのかと、聞きたい位だ。
「お前は、一体、何なのです?」
ミリルシアの奴隷に対する扱いは、やはりヴァンパイアのそれだった。
ベッドに腰掛けて大人しくしているフェリオを "シッ、シッ" と追いやると、"部屋の隅で小さくなって、邪魔にならないようにしていなさい" とたしなめた。
「彼のような現地の者がいたから、こうして目立たずに生活出来たと思うのだけど……」
「いえ、お嬢様、この者は、満月の夜を楽しみにしているだけの下劣な色魔と、そう変わりません 」
ミリルシアは、相手の思考が何となく分かるのだと告げた。
自分より下の者だけしか通用しないものの、この国では殆どの者の考えを見通せるらしい。
フェリオに聞くと、頷いたので、頭の中では、そう言う事だったらしい。
まあ、健康な男だし年を考えたら、無理もないと思うのだけど。
とは言え、現地の者を連れて案内させるのは、とても理に適った考えだとミリルシアは感心した様子だ。
果たして、彼女が俺の考えを読めないと言うのは本当なのか、疑ってかかるべきだろう。