依頼で来ただけなのに、不動産を取得した話なんて、需要があるようには思えない。
「お嬢様の名に傷がつかぬよう、細心の注意を払って行うのです…… 」
チェルニアを顎で使うミリルシア。
魔導士ギルドの依頼の件を、穏便な形で処理するよう言いつける。
この屋敷を乗っ取る気満々なのが伝わってくる。
「この御屋敷は、人のものだから、住んだりするのは違うと思わない? 」
「お嬢様は、お気に召されませんか? やはり、少し手狭ではないかと危惧しておりましたが、やはり、そうですねぇ…… 」
ある意味、凄い従順さと呼んだら良いのだろうか。
かつてのリベラが逆らうのを良しとしないキツイ性格だったのかもしれない。
ミリルシアは俺の言葉に正面から否定した事はない。
きっと、これからもそうな気がする。
しかし、これで手狭と言うミリルシアの感覚が理解に苦しむのだけど。
実家はよほど大きかったのだろうか。
「ここでは、いつか、見つかってしまう気がするし…… 」
「では、もっと遠方に向かいますか? 」
"例えば、魔王軍が絶対に来ないような所は?" と聞いたら、"聖国辺りでしょうか" と、提案があった。
ミリルシアは、大陸の地図を持っていた。
北アメリカ大陸を横に伸ばしたような形の大陸に大雑把な区切りがされ、そこに国名が記されている。
カナダに相当する辺りがルベルディア魔国だ。
国境線はカナダよりもっと、北側なので、そこまで大陸に占める割合は大きくはない。
逆に大陸の南側、メキシコに相当する場所にグランディーア獣人王国がある。
中央のアメリカ本国に相当する所に3国が横に並んである。
西からグランディーア獣人国、ライブザバン王国、ポルギュスカ帝国、が並んでいる。
ルシャワンダ森林国とユーリスタ神聖国は、魔国の東側、ハドソン湾の東にあるケベック州辺りに位置し、更に東に神聖国がある。
魔国と神聖国。
確かに仲が良さそうには思えない。
と言うか真逆の存在ではないだろうか。
駆け込み寺的な、助けを求める者には手を差し伸べてくれそうな雰囲気が凄くする。
そうミリルシアに聞いたら、見事に違った。
神聖国には国を護る僧兵がとても強力で、迂闊に他国から攻め入るような隙は無いらしい。
「神聖国には魔族は入れる?」
「アメール教徒であれば…… 」
アメール教とは女神メルディウスを崇拝する、ちょっと変わった教えで知られる。
いわゆる女性崇拝を基本とし、要職には全て女性が就いているとか。
宗教国なのは勿論のこと、生活全般にわたって女尊男卑が貫かれているそうだ。この体には、とても都合が良さそうに聞こえる。
「遠いのはもちろんだけど、他に何か考えられる障害ってある? 」
「そうですね…… 例え有ったとしても私めが、お嬢様の手を煩わせるような事には、致しません 」
そう胸を張るミリルシア。
相談する相手を間違えたようだ。
その日のうちに、ユーリスタ神聖国へ向かう事に決めた。
ミリルシアが大丈夫だと言うから。
出発がライブザバン王国からだからポルギュスカ帝国、ルシャワンダ森林国、を越えないと神聖国へは辿り着かない。
地理に通じたミリルシアが大丈夫と言うのだから、何も心配する事はないのだろうと、思ったのだけど、どこか良くなかっただろうか。
フェリオに聞いても、するのは、お金の心配だし、チェルニアは、ミリルシアと同じイエスマンらしく、話にならない。
馬車は、リンゼイにあった一番頑丈そうか荷馬車にした。
手綱を振るのはチェルニア。
フェリオは馬車の後部から睨みを利かす。
ミリルシアの他にメイドが2人増えた。
チェルニアの下僕だそうだ。
男達から精を集め蓄え、それをチェルニアへと献上する。
早くもフェリオを誘惑しているようで、俺に視線で助けを求めてくる。
別に好きにしたらいいと思うよ。
特に禁欲を強いた覚えはないし。
リベラ一筋みたいな言動は、水に流せば良いと思う。
きっと、そのほうが楽なはずだしね。
幌付き荷馬車の荷台で、俺はミリルシアから、結界の使い方の手ほどきを受けていた。
「御者、寝てては町に着きませんよ 」
「あ、はい、申し訳ありません……」
「フェリオと交代させたらどう? 」
「お嬢様のご厚情に、感謝するのですよ…… 」
ここを仕切るのはミリルシアだ。
俺を除いて、ここに居る者の考えは彼女にはお見通しらしい。
良く怒られているのは、メイドのラーラ、何の変哲もない、人族の庶民の娘だ。
その割に怠け癖と言うか、フェリオの下半身に執着と言って良いほど、関心があるらしい。
インキュバスの下僕は、精を集めるため、そうなるのが普通らしい。
ヴァンパイアの下僕は吸血する際に結んだ血の契約によって眷属になる者を指すのだとか。
日の光に弱く、ヴァンパイアの特性を持った出来損ないでしかないとミリルシアは蔑むような事しか言わない。
血の契約は成功確率が高くなく、失敗して、只の魔物になってしまう者も少なくないそうだ。
ヴァンパイアに血を吸われるとヴァンパイアになると言うのは眷属の事を指しているらしい。
それで魔物にされたら、堪ったものではない。
インキュバス/サキュバスの下はそんな事はないそうだ。
女は子が出来なくなり、男は無限の精力を宿すとか。
同じ吸魔族でもその辺りは、雲泥の差だ。
「魔物です! 」
フェリオがそう告げる。
見ると少し遠くでこちらと並走する集団があった。
近づかないと、何かは分からないが、徐々にこちらに向かっているのは間違いなさそうだ。
「ここは、私めが…… 」
「いえ、やらせてくれる? 」
盗賊や魔物に遭遇するのは、頻繁ではないものの、有るにはあった。
その都度、なるべく俺が処分するようにしている。
ホントラスの町を出発して、隣国との国境を目指して移動する途中、盗賊に狙われた際に、盗賊を仕留めたとき、久し振りに、頭の中でファンファーレが鳴った。
この体でもレベルアップが見込めると分かり、それから経験値を積むようにしている。
カツ式魔法も新たな魔法が増えた。
水魔法なのだと思うが、攻撃や防御には関係のない、生活魔法と呼んでもいい効果にしか思えない。
いわゆる "雨乞い" 魔法だ。
魔法で雨を降らせる。
雷まで出せたら "水◯級魔法" なのだろうけど。
"稲が干っからびっちゃ、米とれめよ………"
異常気象で降水量が極端に少なかった年、ばあちゃんがしきりに稲の心配を口にしていたのを思い出す。
農家でもないのに。
呪文は、アメアメフレフレの歌詞そのものだ。
童謡をうたうと雨が降るのなら、農家の嫁に引っ張りダコだ。
後継ぎ問題や地方都市の過疎化に、ささやかながら反旗を翻す、そんな立派な志はないのだけどね。
その前にJA改革待ったなしだろうとか、言ってもここ異世界だから。
何処か砂漠の町でもあったなら、使うと喜ばれるかもしれないかな。
使い道を考ええてもその程度だった。
「ずいずいずっころばし……」
ばあちゃん魔法を使ってみた。
範囲攻撃魔法と記されていた魔法を。
10頭以上ありそうな牛の魔物の群れがこちらに向かっていた。
その上に、雲の上から降りて来る巨大な人の拳が見えた。
人差し指を下に向けて、"下記を参照下さい" と言っているようにも見える。
が、そうではなかった。
ーーーブチッ
牛の魔物が一頭、巨大な手から生える木より太い人差し指の先で地面に押し潰された。
ーーーブチッ、ブチッ……
俺は歌い続ける。
リズムを刻むように魔物から魔物へと弾んで押し潰していった。
「………。」
馬車の中は変な沈黙が支配している。
ばあちゃんの魔法は、桁外れに強烈な印象を与えるものだった。