ポルギュスカ帝国への入国は、拍子抜けするほど、すんなり出来た。
魔族はミシェネ一人、人族の護衛の男1人に、メイド2人。
荷物は少し開けて検査されたが、何もお咎めなしだった。
ミシェネが商人の女に取り入って、荷物を運ぶ仕事を貰い、身分証を偽ったのが、効いたらしい。
全てインキュバスだから為せる業だ。
繰り返すが、はじめからこうすれば良かったと、悔やまれる。
ポルギュスカ帝国ではじめに入った町は、デッドの町。
国境の町と言うのに、大した賑わいがない。
ひっそりしてはいないが、極めて普通レベルだ。
もっと人通りがあっても良さそうなのに。
逆に目立つのが、路上に座り、若しくは寝転がる人々の姿。
貧しい人が多いらしい。
まだ、こちらに物欲しそうな目をむけてくるのはマシな方だ。
ピクとも動かず、すえた臭いがしているのは、手遅れなのかもしれない。
国境を越えたら、そこは "逝き国" だった、みたいな感じとは思わなかった。
大丈夫なのか、ポルギュスカ帝国。
隣国と比べたら天と地とは、言わないまでも、月とすっぽん程度ではある。
日傘なんて、ものは無い。
雨具自体無いに等しい。
油を多く含ませて鞣した皮のローブとかが、雨具代わりに使われているような
世界だ。
当然のようにそれは重い。
筋トレに使えそうなアイテムだし、高価でもあるから、着ている人を見たことは未だに無い。
なので、黒ローブを頭から被って歩くと、やたら目立つ。
早く結界を覚えないと、生死に関わる恐れが出てきそうな段階に来てるかもしれない。
水に浸して絞った布で肌を拭いては、つかの間の涼にひたる。
日本と違い湿度が高くないのが唯一の救いだ。
なので、用が無ければ影の中に入って過ごすようになった。
居場所がないのだから、そうなるのは道理だ。
デッドの町を皮切りに、帝国内を移動する。
荷運びを頼まれた届け先の店は次の町にあるとか。
その後のルートは、チェルニアと相談した方が良さそうだ。ミリルシアは、返事は良いが、計画が杜撰過ぎるから。
◇◇◇◇
数でこそ圧倒的なポルギュスカ帝国の北部護国軍だが、魔王軍を追い返すどころか、侵略に対抗するだけでギリギリなのは、国内外に知れ渡っている。
町は5つ奪われ、そのうち2つは取り戻したが、今なお3つは魔族の手に落ちたままだった。
最前線の兵士達は忸怩たる思いで毎日を過ごしている。
魔族に対抗出来ているのは、ルシャワンダ森林国とユーリスタ神聖国から派遣された4人の魔導士と騎士の助力によるところが大きいからだ。
エルフの魔導士ベリアッシュ・レコマとカーガル・トリスタはそれぞれ火魔法と風魔法の使い手だ。
かたやユーリスタ神聖国の騎士は、パレル・モレとジュリエッタ・フィスコ。
両名共に白地に金色の縁取りのされた鎧で身を固めており、一見して身分の低い騎士ではないと分かる。
正装する際には赤のマントと腰布を纏い、非常に目立つ出で立ちとなる。
2人共、武器が特殊で、バレルは長剣を振るが、メインは腰の短剣だ。
ジュリエッタは十字架を模した杖を戦槌のように振る。車のホイールナットを外す十字レンチの1本が長く伸びた形をしており、蔦が絡んだような装飾があしらわれている。
本国では、さぞ名の知れた騎士なのだろう。
魔族相手に一歩も引かないどころか互角以上の実力を発揮した。
帝国軍の中において頭一つ抜きん出た実力を持つ4人。
それでも今の戦力では魔王軍の攻撃をしのぐ事は出来ても攻勢をかけて町を奪還するには、この倍以上の戦力が無いと無理だろう。
防衛戦だから対抗出来ていると見るのが客観的な分析だ。
◇◇◇◇◇
「北上?」
「ユーリスタ神聖国へ行くにはルシャワンダ森林国を通るしかありません、森林国へは、帝国の北側の国境を通るしかないのです 」
チェルニアはすっかり執事のよう。
補足する事は何も無いとミリルシアも頷いている。
荷物を指定された店に下ろすと、自然と何処に向かうかと言う話になった。
中央寄りには首都ポルーアがあるそうなので、一度、東の端まで進んでから北上する事にした。
地図で見ると、砂漠の北側沿いを西から東まで、舐めるようにして進むルートだ。
「………。」
暑い。
ヴァンパイアも干乾びそうな暑さだ。
砂漠は町から離れた所にあるようで、多くはないものの緑があるだけで町の雰囲気は砂漠とは無縁だ。
しかし、土の道は馬車が通れば土埃が上がるし、風は暑く乾いていた。
水が貴重なのは、扱いを見れば分かる。
宿屋に湯浴み場は無く、桶一杯のお湯とタオルが、湯浴みの代わりで出て来た。
ミリルシアは眉をしかめるが、それが町で一番高級な宿屋の待遇なのだから、しかたない。
日が落ちて気温がぐっと下がる夜、俺は部屋の窓をあけて、雨乞いの魔法を唱えた。
期待したのは、雨ではなくて、曇り空の方だ。
お日様が雲に隠れるだけでも多少は気温も下がるだろうと安易にそう思っただけだった。
「ちょっと、お嬢様、ご覧下さい! 凄い雨です! 」
雨は夜更け過ぎに降りはじめたそうだ。
今、小雨になったり、スコールのように水煙がたつほど降ったりを繰り返している。
道を通る人の影はない。
まあ、空は雲が立ち込めていると言うのもあるが。
予想以上の雨に、自分でもちょっと驚いた。
部屋の窓を少し開けて周りを見ると、壺や瓶や木桶からタライなど、家にある水をためておける全ての物を持ち出したようで、軒の先や道端など、所構わず置いてあるのが見えた。
この時期にこの量の雨が降るのはかなり珍しいと宿屋で働く人達は言っていた。
この雨全てが、雨乞い魔法の効果とは思えない。
呼び水程度にはなっただろうけど、結果的に雨雲を呼び寄せたとか、そんな所だろうと思う。
ここに来るまで、小雨に降られた事はあったけれど、先に進むのを断念するほどの雨はこれが、初めてだった。