異世界の石   作:井ノ中蛙

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第5話 老婆

 

 

『えっ…… 』

 

 声が出せたなら、間違いなくそう言っていたはずだ。

 何の前触れもなく、体の結合が解けて、バラバラとその場に崩れ落ちた。

 石の小山となってしまったゴーレム。

 その横を邪魔と言わんばかりに避けて行く魔物たち。

 ゴブリンもオークも犬の魔物も熊の魔物、鹿の魔物に狐の魔物、あらゆる魔物が集落を目指して通り過ぎて行く。

 何がどうなったのかは、分からない。

 少なくとも分かってる事は、術者であるあのエルフの女の魔法が解けた結果、こうなったと言う事だ。

 今となっては、エルフの女の様子を伺うことすら叶わない。

 何処かの山の頂に積まれた石のように、キレイに積み上がってるようには決して見えない、工事現場の片隅に放置された瓦礫の山の方が似つかわしい。

 そんな石の小山の中に囚われたまま、また時が止まったように変わり映えのしない日々の繰り返しがはじまった。

 

『あー…… もう、なんでだよ〜〜〜 』

 

 下手に動けると時があったせいだ。

 俺は無性に暇を持て余した。

 あのゴーレムになって、動き回れたあの記憶がこの上なく愛おしく思えて仕方ない。

 呪われたかのようにピクリとも動けない今の状況が拷問にも匹敵するダメージを俺に与えている。

 餓死間近の者に、一皿だけのバイキング形式食べ放題を味あわせてやった後のようなものだ。

 

 石と石の隙間から辛うじて見える外の景色。

 日にちが経つにつれ、魔物すら殆ど見かけなくなってしまい、風景画と、見紛うほどに何一つ動かなくなってしまった。

 木の葉が風に揺られて動くのが精々だ。

 

『……………。』

 

 あのエルフが戻って来ないだろうかなんて、望みは既にない。

 ドラゴンの思念が飛んで来ることもない。

 やがて、寒い冬が来て周りはすっかり雪景色となった。

 何一つ動かない白い世界。

 まあ、雪を被った石の小山の中からは、何も見えはしないのだけど。

 やがて、雪が溶け、春が来て暑くなり夏になり、生い茂った草が枯れはじめ、冬の足音がじわじわと迫りはじめる。

 森の中の石の小山になって、数年が経とうとしていた。

 

 エルフの集落が近くにあった筈なのに、あれから一度も姿を見せたことは無かった。

 たぶん、村は無くなってしまったのだろう。

 その魔物すら通らない森の中、それは、いきなり来た。

 

ーーーズズン………

 

 日本に住んでいた者なら、それほど慌てないだろう、地鳴りを伴って地面が揺れた。

 地震だ。

 高層階に住んで居る訳でもなし、エレベーターの中で揺れたのでも違う。

 石の小山は、崩れるでもなく、揺れてもそのままを保った。

 地震なら、珍しくもない。

 異世界にあっても不思議ではない。

 そう、思っていたら、それに続いて、地震は何度も来た。

 

ーーーズン、……ズズンッ!

 

 しかし、グラグラと、長く揺れる事はない。

 単発の縦揺れが一度襲って来る。

 それが何度か続いた。

 と、突然、強烈な衝撃波で、石の小山は、崩れて吹き飛ばされた。

 視界が一気に広がる。

 外は夜だった。

 月明かりに照らされた夜空に何かが高速で飛来するものがあった。

 盛り上がるの向こうへとそれは、突き刺さるように飛んでいき、"ドカン" "バキギャン" と衝撃音を轟かせた。

 

 何が起こったのか、分からない。

 限りなく地表に近い所に転がった石の視点で分かろう筈もない。

 激しく揺らされ荒れてはいても、森の木々はしっかり生えており、ちゃんと見えるのは真上の空だけだった。

 "ドカン、ドシン" と衝撃音が聞こえているから、まだ何か起きているのだと思うが、その何かは全く見えない。

 

ーーーシャーッ!!!

 

 と、すぐ近くを何かが通った。

 木々を揺らして空気を切り裂いて行った。煙や臭いを撒き散らるでもないから、ミサイルとかの類いではなさそう。

 この世界なら、真っ先に思い浮かぶのが、魔法だ。

 一体どんな魔法なのだろう。

 そして、誰の魔法だろう。

 そう思いザワザワと擦れる葉音の中、目を凝らしていると、"ドゥガンッ!!" と、特大の衝撃波で地面が揺れた。

 すぐ近くに何かが堕ちたのだ。

 

「散々、手こずらせてくれたもんだねぇ……」

 

 上空から降りてくる人影があった。

 周りを数匹のモヤような大蛇が、護るように巡っている。

 アレもソレも魔法に違いない。

 衝撃で倒れた木々のすぐ上で留まると、目の前を通ってあちら側へ行ってしまう。

 間近で見ると、濃密な圧迫感を常に放っているかのようだ。

 言葉にするなら、"おどろおどろしい" 何かを感じずにいられなかった。

 周りを生肉と生き血で囲まれたような忌諱感で、思わず逃げ出したくなる。

 シューティングゲームのラスボスが予想以上にグロテスクで、思わずリセットボタンに手が伸びそうになる感じ。

 とは言え石だから、そこにいるしかないのだが。

 

 クレーターのような窪地が出来ていたのだと思う。

 その気持ち悪い存在は、少し先で立ち止まった。

 地下から浮かび上がってきたのはキラキラと煌めく氷の塊だ。

 車ほどの、大きさのそれは、冷気を放ちながら地上スレスレに浮かんで留まった。

 一部は宝石のように光を反射し、また一部は、透明で中の様子も見通せた。

 人のようなものが見える。

 黒のスカートのような服を見ると、多分、女性に違いない。

 

「いい具合だよ、ホント…… 」

 

 フッと、存在の忌諱感が消えた。

 氷の塊は、スーッとこちらに滑るように近づいて来る。

 こちらに振り向いた瞬間、黒のフードの下、老婆と視線が合った。

 

「おや? 」

 

 老婆の目は紅い。

 濁った白目の中に明く染まった瞳孔がこちらに向けられていた。

 手が伸びてきて、俺は摘み上げられた。

 

「御誂向きな魔石が転がってるじゃないか…… こりゃ、楽しみだねぇ………」

 

 "ククク" と喉の奥だけで悪そうに笑う老婆。

 ポイと、服のボケットに放り込まれてしまった。

 薬草と何かの据えた臭いのするポケットの中で俺は何処へ運ばれ行くだろう。

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