デビルハンター十年目   作:時田郎

1 / 2
デビルハンター十年目

「ふぅ…」

 

 短く息を吐いた男は、無意識に肩へ力が入っていることへ気づき、小さく首を回した。

 オールバックに撫でつけたギザギザの黒髪。頬には鋭い爪で引き裂かれたような傷跡が一本残っている。公安デビルハンターの黒いスーツはまだ着慣れていないものの、均整の取れた体格のおかげか不思議と様になっていた。

 だが、その表情には余裕など欠片もない。

 なぜなら、今から彼は公安デビルハンターとして、鍛錬を行うからである。

 

 彼、荒井ヒロカズは落ち着こうと小さく息を整え、隣を歩く少女へ視線を向けた。

 

 「……ひ、姫野先輩、本当に大丈夫なんですかぁ」

 

 彼女の名は、東山コベニ。

 荒井のバディを務める、彼と同じ公安デビルハンターの新人だ。

 小柄な身体は縮こまり、胸の前では指先を落ち着きなく絡ませている。前髪は二本のヘアピンで留められ、頬にある小さなほくろが幼さを際立たせていた。

 その視線は不安げに揺れ続け、辺りを見回しては先導を歩く女性の背中へ戻る。その繰り返しだった。

 

「コベニちゃん心配しすぎだって、彼、デビルハンターではマトモな方だから大丈夫……っていっても、彼の訓練受けた人半分以上デビルハンター辞めてるんだけどね~」

 

 からからと笑いながら先頭を歩くのは、公安デビルハンターのベテラン、姫野。

 右目は契約する幽霊の悪魔への代償として失われ、黒の眼帯で覆われている。

 酒がまだ残っているのか、頬はほんのり赤く染まり、どこか気だるげな足取りで歩いていた。

 指先には火のついた煙草が一本。

 紫煙は風に乗って後ろへ流れ、そのまま荒井とコベニの顔へ容赦なく吹きつける。

 二人が小さく顔をしかめても、姫野は気にする様子もない。

 

「姫野さん、二人に紫煙を浴びさせないでください」

 

 間に人一倍低い声が響く。

 姫野のすぐ前には、一人の男が立っていた。

 長身を黒いスーツへ包み、整えられた金髪を後ろへ流している。

 眼鏡の奥には理知的な目があるものの、その下には濃い隈が刻まれ、頬もややこけていた。

 

 眠れていないのだろうか、と荒井は失礼ながらも思った。

 まるで終電続きの生活を何年も続けてきた会社員のような疲労が全身から滲み出ている。

 

 そんな、彼に姫野は豪快に男の肩へ腕を回す。

 

「相変わらず固いなぁ~! そう、彼が二人に教えてくれる、なな――」

 

「自己紹介は後ほどします」

 

 男は姫野の言葉を静かに遮り、肩へ回された姫野の腕を外した。

 

「二日酔いですか……姫野さんは帰っていただいて結構です。できれば湯ぶねにも浸かってほしいですね」

 

「えぇ~、ひっどい!!」

 

 頬を膨らませて抗議する姫野とは対照的に、男の表情はほとんど変わらない。

 眼鏡の奥の視線だけが静かに二人の新人へ向けられる。

 

「優しさで言ったつもりなんですが……まぁ、いいでしょう。お二人はついてきてください」

 

 そう告げると、男は踵を返した。

 迷いのない足取りで森の奥へと歩き出す。

 木々が生い茂る森は昼間にもかかわらず薄暗く、枝葉の隙間から差し込む木漏れ日がまだら模様を地面へ落としていた。

 風が吹くたび梢がざわめき、湿り気を含んだ土の匂いが鼻をかすめる。

 荒井とコベニは互いに目を合わせ、彼の背を追った。

 

「頑張ってねぇ~!」

 

 背後から聞こえる姫野の明るい声は、歩みを進めるごとに小さくなり、やがて森の静けさへ溶けていった。

 一分ほど歩くと、人の手がほとんど入っていない場所へたどり着く。

 辺りには獣道のような細い踏み跡があるだけで、人影はない。

 風が葉を揺らし、小鳥の鳴き声が遠くから微かに響く。

 男はそこで足を止め、ゆっくりと振り返った。

 歩いて数分、森の奥深く人目のつかないところについたら、男は自分たちの方へと向いた。

 

「なぜ、デビルハンターになったのですか?」

 

 しばしの沈黙、男はただ二人を見つめ、答えを待っている。

 木々のざわめきだけが森に響く。

 その静けさは、まるで会社の面接室に放り込まれたような息苦しさ。

 やがて荒井が一歩前へ出る、拳を握り締め、腹の底から声を張った。

 

「私は女で一つで育ててくれた母親に恩返しを! そして、悪魔に殺された父親の未練を果たすためにデビルハンターに!」

 

 その言葉には迷いはない。

 それはそうだ、自分がここへ来るまで、何度も胸の中で繰り返してきた理由なのだから。

 

「…親、私は…優秀な兄を大学へ行かせるためにデビルハンターになりました」

 

 対照的に、コベニの声は今にも消えてしまいそうなほど小さい。

 視線は終始足元へ落ちたまま、声も震えていた。

 

「不合格です」

 

「へぇ?」「え?」

 

 二人の声が重なる。

 

「あなた方はデビルハンターに向いていない、『家族のため』、『復讐のため』そのような理由でデビルハンターになる者は大勢いる。ですが、そのような理由ほど死者が絶えない。私のような十年以上デビルハンターをやっている人たちは『女』あるいは『悪魔を殺して、ストレスをぶつけたいから』このようなバカげた理由しかいません」

 

 荒井は思わず眉をひそめた、耳を疑うような言葉だった。

 誰かを守るためでも、復讐のためでもなく、そんな理由で続けている人間がいるなど想像もしていなかった。

 理解できない。

 

 男は荒井の表情など気にも留めず、淡々と言葉を続ける。

 

「私が何をいいたいのか、あなた方のような『普通』の思考を持つ者たちがデビルハンター、ましてや公安所属になっても無駄だということです」

 

「加えて公安デビルハンターは悪魔を殺すだけの仕事ではない」

 

「そ、それはどういう…」

 

 意図せず声が出た、さきほどよりも彼が持つ雰囲気がぞっと変わった。

 

「どうしようもない人間というのは存在します、悪魔と契約して自分の利益のためだけに行動するもの。逆に、悪魔に乗っ取られてしまい、もう助かりはしない者……そのとき、あなた方は殺せますか?」

 

 一瞬の静寂のあと、男は静かに言い放つ。

 

「私自身すでに何人もの人間を殺してきました」

 

「…ッ!」

 

 荒井は目を見開く、公安のデビルハンターは民間とはレベルが違う、それは頭の奥底にあった。

 しかし、人を殺す者とは思えはしなかった。

 額を汗が伝う、視線を合わせ続けることができず、荒井は足元へ目を落とした。

 

「ど、どのくらいで人を殺す件が来るんですか?」

 

「不定期です、年に一度の時もあれば、月に二回の時もありました。公安デビルハンターは最悪の選択肢としてとっといてください、他の選択肢があれば私は必ずそちらを推奨します」 

 

 再び沈黙が支配する。

 

「……ほ、法律に当たらないなら…やります…」

 

「「………」」

 

 森が静まり返る。

 風の音だけが耳に残った。

 男はわずかに目を見開き、荒井は思わずコベニを見た。

 

「…今、なんと?」

 

「やるといいました…ほ、法律に当たらないのなら…」

 

 彼は動揺しているのか、ふぅ、と大きくため息を吐き、指先で眼鏡を軽く押した。

 

「…そうですか……では、荒井くんは…」

 

「俺は……」 

 

 言葉が詰まる。

 

「一つ。人は自分で思っている以上に、本当に優先しているものを言葉の順番に表します。あなたは『父親の仇を討つ』より先に、『母親へ恩返しをしたい』と言った。つまり、あなたにとって最優先なのは復讐ではなく、母親の生活を支えることです」

 

「であれば、その目的を達成する手段はデビルハンターである必要がない。命を危険にさらす職を選ぶことは、むしろ母親を再び一人にする可能性を高めるだけです。母親への恩返しはデビルハンターにならなくてもできます、それに父親を殺した悪魔は分かるんですか?」

 

「それは……」

 

「私の知り合いに中小企業の社長がいます、その人に頼み込めばあなたを雇用してくれるでしょう。私が独断で常識人だ、と判断した人はデビルハンターを辞めその会社に勤めています」

 

「今なら引き返せますよ。あなたは常識があり、礼儀を知っている」

 

 まるで、誰かが非常識人と言わんばかりのことを吐く、そんなことは今の荒井にはどうでもいい。

 男の声には打算がない、本気で荒井をこの仕事から遠ざけようとしている。

 それが伝わるからこそ、荒井は返事ができなかった。

 今までの人生で、こんな話が舞い込んできたことなど一度もない。

 安定した仕事、命を懸けなくても母を養える未来。

 それは喉から手が出るほど欲しかったものだ。

 

「う、うらやましい……」

 

 隣から漏れたコベニの本音で、荒井は我に返る。

 男へ視線を向けると、その表情は先ほどまでより幾分柔らかかい、そんな気を感じた。

 

「続けるというのなら明日の一時でここに。東山さんはついてきてください。辞める気がないというのなら、今から鍛錬をします、私は女性であろうと子供だろうと容赦はしません、辞めたいときはいつでも」

 

「言っておきますが、私はデビルハンターをやめてくれる方がありがたい、自分の時間が確保されるので」

 

「えっ、わ、私に、就職の件は」

 

 コベニの声を一方的に無視して、彼は踵を返す。

 

「ま、待ってくださいよぉ!」

 

 腰が抜けそうになりながらも、コベニは慌ててその背中を追いかけた。

 残された荒井は、その場から動けなかった。

 

「ひ、人を殺す……俺は…俺はッ!」

 

 未来の事を考えると思い出すのは、いつだって幼い頃の記憶。

 父が生きていた頃の笑顔、母と三人で囲んだ食卓、あの時は当たり前だと思っていた。

 だが、その景色は悪魔によって唐突に奪われた、父が山奥で死体として発見されたのだ。

 人間がやったとは思えない傷跡、全身に噛み跡や鋭利な爪で引っかかれた傷跡。

 悪魔がやったというのは一目でわかる、しかしどんな悪魔か、犬か、狼か、それとももっと特殊な悪魔か。

 それすらも見当がつかないまま、父の事件は幕を閉じた。

 

 父を失ったあと、母は心を病みながらも荒井を育てることだけは諦めなかった。

 職を転々とし、やがて身体を酷使して生活費を稼ぐようになっても、彼の手だけは決して離さなかった。

 荒井もまた学校より家を優先した、家事を覚え、疲れ切った母を支え、気づけば将来を選べる年齢になっていた、だが、残された道はデビルハンターのみだった。

 

 そんな闇を照らすように、転がり込んできた、自分の命運を左右する選択肢。

 命を懸けずに生きられる未来。

 母のため考えるなら、その道を選ぶべきなのかもしれない。

 もしかしたら、父を殺した悪魔もデビルハンターに殺されているかもしれない。

 

 それでも、父が最後に見せた笑顔だけが、脳裏へ焼き付いたまま離れようとはしなかった。

 




完全に荒井くんの過去、家族設定は完全に独自設定です。
それにしても、コベニちゃんの口調がむずかしい…
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。