逃げちゃだめ?いや、全力で逃げるが?   作:李忠成

1 / 6
逃げちゃダメだ? いや全力で逃げるが?

目が覚めた瞬間、俺は確信した。

 

これは絶対におかしい。

 

「……なんだここ」

 

薄暗い空間。むせかえるような機械油の匂い。そして目の前にそびえ立つのは――紫色の、ありえないくらいデカい、どう見ても「殴る」以外の用途が思い浮かばない人型の巨大ロボット。

 

いや、待て。落ち着け、佐藤カズマ。

 

魔王を倒した後、俺はたしかに死んだ。あのバカがいつものごとくバカをしたせいで巻き添えを喰らった。それでエリス様が「たまには違う世界で生き返りませんか、なんでも一つ望みのものを持っていっていいですよ」みたいなことを言って——

 

「来たか」

 

低い声が響いた。

 

俺は声の方を見た。白い手袋を組み合わせ、サングラスをかけた、いかにも「俺は黒幕です」と書いてある男が立っていた。オーラが違う。悪役のオーラがビンビンしてる。

 

「エヴァに乗れ」

 

「は?」

 

「初号機のパイロットとなり、使徒を迎撃する。それだけだ」

 

それだけだ、じゃねぇよ!!

 

「ちょっと待ってくださいよ!? 俺、今日ここに来たばっかりなんですけど!? 右も左もわかんないのに、なんでいきなりあのデカブツに乗らなきゃいけないんですか!?」

 

「お前にしかできないからだ」

 

「なんで!? 根拠は!? つか、どこだよ!?」

 

男——碇ゲンドウとかいう俺の「この体の父親」らしいが、そんなこと知るか——は眼鏡の奥の目をすっと細めた。こういうやつ知ってる。アクシズ教とか魔王軍とか、そういう組織のトップにいるやつだ。交渉が一切通じないやつだ。

 

「物語の主人公だったら、『僕が乗ります』とか言うかもしれないけどッ!そう都合よく乗るようなカズマさんじゃないぞ!」

 

我ながら名セリフだと思った。

 

ゲンドウは無言だった。

 

沈黙って怖いな!?

 

「と、とにかく! 俺は断る! 乗りません! 大体なんだよあのロボット、見るからにヤバいじゃないですか、色が紫ですよ紫! 紫のロボットとか強キャラと戦うやつじゃないですか! 俺には関係ない!」

 

俺は踵を返した。帰る。どこへかは知らないが帰る。この碇シンジとかいう体に入り込んじまったのは申し訳ないが、こういうのは本人が帰ってきてから対処してもらうしかない。俺は魔王を倒したというかほぼ仲間のおかげだったが、もう十分働いた。老後の権利がある——

 

ガラガラガラ、とドアが開く音がした。

 

「……レイ。お前が乗れ」

 

ゲンドウの声が聞こえた。振り返った俺の目に飛び込んできたのは。

 

ストレッチャーだった。

 

そこに乗せられているのは、青い髪の、白い包帯でぐるぐる巻きになった、どう見ても「今すぐ病院のベッドで休んでいてください」としか言いようのない少女だった。包帯の隙間から赤い染みがにじんでいる。赤い瞳がぼんやりと虚空を見ていて、それでも「わかりました」と言いそうな、そういう顔をしていた。

 

俺は、止まった。

 

あーあ。

 

あーあ、あーあ、あーあ。

 

見ちゃったよ。見てしまったよ。こういう展開、一番ダメなやつじゃないか。こういう「逃げたら後悔するやつ」じゃないか。ダクネスならいざ知らず——いや、あいつはむしろ喜んで乗るから例えが悪い——これはいくらなんでも。

 

「……なぁ、ちょっと聞いていいか」

 

俺はゲンドウに声をかけた。

 

「なんだ」

 

「あの子、立てんの?」

 

「……」

 

「立てないじゃないですか。立てないどころか座れるかも怪しいじゃないですか。なんでそんな子をロボットに乗せようとしてんの?。鬼なの?」

 

「シンジ」

 

「わかった、わかりましたよ!!」

 

気づいたら叫んでいた。

 

「あーもう! しょーがねぇなぁ! 乗ればいいんだろ乗れば!!」

 

俺は少女——綾波レイとかいうらしい——の方を向いて、できるだけ大人っぽく、頼もしく見えるように言った。

 

「あんたは休んでろ。こういうのは元気なやつがやるもんだ」

 

レイは赤い目でじっと俺を見た。何を考えているのかわからない目だった。

 

「……なぜ」

 

「なんとなく。深い理由はない。強いて言えば成り行き」

 

俺はゲンドウの方を向いた。

 

「乗り方教えてください。あと死なないですよね? 死にませんよね? いや絶対死なせないでくださいよ、俺まだやりたいことが——」

 

「案内させる」

 

「話聞いてました!?」

 

連れて行かれた。有無を言わさず。気づいたら俺は白色のプラグスーツとやらに着替えさせられて、エントリープラグとかいう筒の中に押し込まれていた。

 

操縦桿がある。シートがある。なんか色々ボタンがある。外から「起動シークエンス開始」とかいう物騒な声が聞こえた。

 

ハッチが閉まった。

 

暗くなった。

 

外から、見えなくなった。

 

「…………」

 

俺はゆっくりと、操縦桿を握った。

 

握った手が、震えていた。

 

「あばばばばば」

 

声が出た。情けない声が。

 

「やっぱ無理無理!! 降ろして!! 降ります!! 助けて!! 俺が悪かった!! 成り行きとか言ったけど全然成り行きじゃなかった本当に申し訳なかった!!」

 

もちろん、扉は開かなかった。

 

周囲にLCLとかいう液体が満たされてくる音がした。

 

「助けてアクア——いや、アクアは役に立たないな!! めぐみん!! めぐみんだけが頼りだ!!」

 

 ここにはいない仲間に助けを求めながら、元・魔王討伐パーティの成れの果ては、紫色のロボットの腹の中で盛大にガタガタと震え続けた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。