尊敬できて尊敬できないそんな私のお兄ちゃん   作:暁桃源郷

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着いて来たお兄ちゃん

 学園艦、県立大洗女子学園。航空母艦、瑞鶴に似た形状の艦の上にできた学園都市。

 何故そのようなことになったのかと、聞かれれば、来るべき国際化社会のために広い視野を持ち大きく世界に羽ばたく人材の育成と、生徒の自主独立心を養い高度な学生自治を行うために、これらの教育は海上で行われるべしだと唱えた人物がいたことに端を発した。

 そんな学園艦の街を千鳥足で歩くパンイチの男が一人。顔を真っ赤にして、学園校舎の前に仁王立ち。胡乱な目は校舎から、その手に持ったケータイへと移される。

 ヒック、と一度しゃっくりをして、男は閉じられた校門をよじ登って行った。

 ─────翌日。

 県立大洗女子学園に通う少女、西住みほは顔を真っ青にして目の前の光景から目を背けていた。

 なぜ、こんなことになっているのか。それはみほ自身もわかりかねる。

 この学校で二十年以上前に廃止された戦車道。それが復活して、訳あって戦車道を履修することになったみほであったが、戦車を探して洗車して、模擬試合も行った。

 さぁ、ここから本格的に活動が始まるとなった朝のこと。

 何やら戦車を停めているガレージが騒がしい。何ごとかと足を運んでみれば、みほと同じく戦車道を履修した生徒たちが一様に困ったように顔を真っ赤にしながら入口に屯している。

 

「何かあったの?」

 

 すぐさま状況確認のため、みほは団体の後ろの方にいた武部沙織と五十鈴華に話しかける。

 

「あ、みぽりん!大変なの!ガレージに変態が!変態が出たんだよ!」

「へ、変態?」

 

 聞いてはみたが、状況がわからない。そもそも、変態が出たとしてなぜ揃いも揃って集まってくる?普通の女子ならば普通はわーきゃー言って逃げていくものでは無いのか。

 

「でも、その変態が結構可愛い系のイケメンでね?」

「沙織さんったら、その変態さんを見た第一声が『ワーオ』でしたものね」

「し、仕方ないでしょ?想像以上に顔が良かったんだから!」

 

 西住みほにはわからない。変態を見て、『ワーオ』と呟く感性は。しかし、二人から話を聞いても要領を得ない。結局、その変態は今どうなっているのだろう。

 

「えっと………、その変態は今ガレージにいるんだよね?」

「はい。私たちの戦車の前で………寝転んでいますね」

 

 一瞬、何か言い淀んだ華はすぐに顔を赤くした。

 

「………男の人のあれ、初めて見てしまいました」

 

 誰にも聞こえないくらいの小さな呟きが、不幸なことにみほの耳に届いてしまった。

 ───待って。

 スルーしかけたその言葉に、みほは思考を止めてしまう。

 華のつぶやきを聞く限り、仲間の背中の向こうにいる変態は、どうやら最悪の部類の変態のようだ。即ち、露出狂。

 正直、関わりたくはない。だって相手はホンモノの変態なんだもの。

 小さな頃から、みほが慕う兄に教えられたこと。それは「酒浸りの露出狂に碌な奴はいない」だ。なぜそんな結論に至ったのかは、みほも聞けなかったが、とにかく、信頼する兄の言だ。そこに間違いなどあるはずはない。

 血は繋がっていない。みほや、姉であるまほが生まれる前に母親である西住しほが山の中に捨てられていたⅣ号戦車D型の中で一人泣いているのを見つけて養子にしたのだ。

 それから二年後にまほが生まれ、みほが生まれた。

 兄は一番上の立場として、それはそれは二人を可愛がった。自他共に認めるシスコンであったと言えよう。今は大学生として、何処かの大学に通っている傍らで姉のいる黒森峰女学院でアルバイトで整備士をしている。

 と、いうか、もう単位は取り終わっているらしく、卒論も大半は書き終わっているのだとか。そこら辺のことはまだ高校二年生のみほにはわからない。

 さて、兄のことを思い出しながら、野次馬の中を通り先頭に踊り出る。

 

「────────」

 

 そして────────。

 

「うひゃひゃ………。整備しがいがありそうだ………」

 

 絶句。

 目の前には、トレードマークの暗視ゴーグルを頭に嵌めた、涎を垂らしながら寝ている兄の姿があった。しかも、全裸で、その近くには酒瓶が転がっている。

 まさに、「酒浸りの露出狂」の姿がそこにはあった。

 

「お兄ちゃん………」

 

 今までの理想の兄像が一気に崩れる音がした。

 優しかった兄。いつも自分たちを笑わせようと奮闘していた兄。ヤンチャをした時に共に怒られてくれた兄。

 それがどうしたことか、もはやただの酒カスだ。

 西住みほの兄、西住あきつは小さく自分を呼んだみほの言葉に反応するようにムクリと起き上がる。

 

「おはよう、みほ。心配だから兄ちゃんも大洗に来ちゃったぜ」

 

 寝起きであくびをしたあきつはその寝ぼけ眼を擦りながら周囲を見る。

 女子。女子。女子ばかり。ここは女子校なので当たり前だが、酔っ払っていたあきつにはそれを知る由がない。

 そして、目の前には白い制服を見に纏う最愛の妹。後ろにはⅣ号戦車D型とその他四つの戦車。下を見れば露わとなっている自身の砲身と近くに転がっているスピリタスと書かれた瓶。

 状況を理解したあきつは暗視ゴーグルを掛けてコツン、と自分の頭を叩く。

 

「………戦車の妖精さんだお」

『それはない』

 

 普段はバラバラな大洗の戦車道のメンバー全員の意見が一致した瞬間である。

 

 

 黒森峰のアルバイト整備士である西住あきつは現在パンツ一丁のまま大洗女子学園の生徒会室で正座していた。

 目の前には三人の女子高生が三者三様の顔で冷や汗をダラダラと書いているあきつを見ている。

 

「………それで。お話、聞かせてもらえる?」

 

 最初に話を切り出したのは、三人の女子高生の内の一人。生徒会長の角谷杏だった。

 杏は干し芋を齧りながら、黙ったままのあきつに再び問いかける。

 

「公然猥褻、住居不法侵入。どっちも立派な犯罪だよねぇ?このまま君が黙ったままだと、お巡りさんにお任せするしかなくなっちゃうなぁ」

 

 もはや脅しだ。

 あきつはビクビクと肩を振るわせながらようやっと口を開いた。

 

「に、西住あきつ………。大学二年。今はアルバイトで黒森峰の整備士やってます」

「………あくまで、西住ちゃんのお兄さんって主張するわけだね?」

「はい。主張するわけです」

「貴様、まだそんなことを………!」

 

 あきつの舐めた返答に、今度は広報の河嶋桃が歯を剥き出して声を上げる。

 しかし、それを止めるように杏は干し芋を桃の口に突っ込んだ。

 

「まぁまぁ、落ち着いて。………それで、ここからが問題なんだけどね」

 

 悪戯っぽく笑う杏に嫌な物を覚えたあきつの額から脂汗がダラダラと滝のように流れ出す。

 

「ウチってさ、あんまりお金ないんだよね。だから、今はウチの自動車部が戦車を整備してくれてるんだけど、やっぱり本職の人がいる方が心強いと思うんだよ、私的には」

「……………俺と司法取引をしようと言うのか、小娘」

「どう捉えてくれても構わないよ。ただ、もし引き受けてくれないのなら、その時は君の家の人が世間から冷たい目で見られるだろうけど」

 

 どうやら、本格的に自分は脅されているようだ、とあきつは半分諦めた笑顔を浮かべながらも心の中では全く笑っていない少女を睨み付ける。

 しかし、少し考えた後、あきつは小さく頷いた。というか、あきつとしてはどうあっても断ることができない。

 杏の言う通り、確かにあきつが酔った勢いでやらかしたことは犯罪だ。もし警察に突き出されるものであれば、西住流としたら大スキャンダル。ひいては最愛の妹たちも割りを食ってしまう。

 それは何としても避けなければならないことだった。

 

「じゃ、契約成立ってことでよろしくね。書類関係は後で作って渡すから」

「地獄に堕ちるぞ小娘ェ………」

「─────そんなの、私が一番わかってるよ」

 

 部屋を恨み言を呟きながら出ていくあきつの後ろ姿を見ながら生徒会長、角谷杏誰にも聞こえることの無いような声で呟いた。

 

「………本当にいいのでしょうか、会長?」

 

 不安そうな顔で杏を眺めるのは副会長の小山柚子。

 まぁ、気持ちはわかる、と杏は一息吐く。

 酒浸りの全裸の男。今でも若干酔っているかのように軽薄で、本当に整備ができるのかわかったものではない。

 しかし、そうは言っても杏は知っている。西住あきつは、嘘を言っていない。確かに、彼は西住みほの血の繋がらない兄であり、黒森峰で整備士として働いていた。

 その腕も、稀に雑誌やニュースに載るほどにはある。

 

「…………まぁ、大丈夫でしょ」

 

 最後の干し芋をパクリと頬張った杏は軽くそう言ってのけた。

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