大洗女子学園普通科二年C組の秋山優花里は、友達がいない。
厳密には、居なかったが正しいわけであるが、それでも多い方ではない。
彼女の趣味は戦車である。戦車道の賑わいが絶頂だった昔ならばいざ知らず、現代の少女にしては、少しズレた趣味であることは間違いない。
さらに、大洗は戦車道を廃止していたこともあり、戦車道に興味がある同年代もいなかった。
だから、優花里はテレビやパソコンの向こうで真剣な眼差しで戦車に乗っている同年代の少女たちに憧れた。
その中でも、西住みほは特別だった。戦車に乗ったみほの堂々とした眼差し。咽頭マイクで他の戦車に指示をする姿。そのどれもが、優花里には輝いて見えた。
そして、もう一人。タンカスロンにその名を轟かせた戦車乗り。
黒い軍服を身を纏い、狐の面で顔を隠す少女。少女とは言うが、ただの推定だ。戦車道が乙女の武道であるからそう推定されているだけ。
実際、男だって戦車に乗る人間は一定数いるのだから、推定の少女が男であっても驚きはあるだろうが、何ら不思議ではない。
彼女の戦車道もまた、優花里には輝かしいものだった。十トン以下の軽戦車だからこその身のこなしで、敵の弾に当たることなく、逆に敵車輌を沈めていく。
操縦手のはずなのに、まるで全ての戦車の動きがわかっているように動く。小学生ながらも、優花里はその試合に見入ってしまっていた。
そんな秋山優花里に転機が訪れた。
何と、大洗で戦車道が復活すると言う。しかも、憧れであった西住みほも大洗に転校してきて戦車道を共にできるのだ。
この時の気持ちはいい表せないものであろう。
そんな中、西住みほの兄が大洗に現れた。一目見て、優花里は彼がタンカスロンのあきつ丸であるとわかった。
声が似ていた。だから、あきつ丸さんですか、と聞いてみたが否定されてしまった。
「次の休日、一緒に遊びに行きませんか?」
それはよく晴れた昼下がりのことだった。
昼休憩のこの時間。普段ならばみほや沙織、華と一緒に食堂で食べているはずの優花里が何故かあきつの隣で市販のおにぎりを食べている。
状況に混乱しながらも、とりあえずあきつは仕事の休憩で飲むために入れたコーヒーをカップに注ぎ、喉を通した。
今日のコーヒーは酸味が効いている。おかげで少し冷静になれた頭で、慎重にあきつは言葉を絞り出す。
あきつの二十年という経験上、秋山優花里のような人間は自身の提案を真っ向から否定してしまえば、その場では笑顔で返すものの、一人になってから自己嫌悪に陥る場合が多い。
大切な妹の友人にそんな思いをしてほしくないと思うのは、兄としておかしい事であろうか。
「えーと、それはみほや武部さんたちも誘って?」
「いえ、私とあきつ殿だけです」
さらっと言っているが、意味をわかっていっているのだろうか。あきつはそう思わずにはいられなかった。
一歩間違えれば、デートのお誘いだ。だが、西住あきつは決して勘違いを起こさない。参加した合コンで何度も煮湯を飲まされた。
「この後一緒に何処かで飲みませんか?」なんて言われてホイホイ着いていけば、結局次の店は全額奢らされ、そのまま解散。次の日には交換した連絡先はブロックされているなんて日常茶飯事だ。
しかも、ようやくできた彼女でも二、三日すればフラれてしまう。もう訳がわからない。
そんな心の愚痴は置いておいて、あきつは現状の問題へと向き直る。
「………冷静になって考えてもらいたいんだけど。俺たちまだ出会って日も浅いし二人でお出かけとかまだ早いかなーってお兄さん思うわけ」
「いえ!今だからこそ、行くべきです!寧ろ今しかありません!」
随分な言い様だ。
あきつは少し眉を顰めて訊ねる。
「何処に連れていくつもり?」
「今週末に大洗で行われるタンカスロンの会場です。丁度寄港日と重なりますし」
この町は学園艦。つまり、船の上にある事になる。殆ど外界と謝絶されたこの場所が外と一日繋がる日。それが寄港日だ。
他にも、連絡船などもあるわけであるが、専ら寄港日が外界と繋がるメインの手段である事には違いない。
多感な学生にとってはこの日が休日と重なる事ほど、幸運なことはない。生活するための何でもがある学園艦ではあるものの、ことスイーツや娯楽に関してはこの限りではない。
陸と学園艦。どちらに学生の興味関心を惹くものが多いかと聞かれれば、やはり前者に軍配が上がる。
「タンカスロンって、大洗でもやるんだ?」
ふむ、とあきつは口に手を当てて考える。
現状として、西住あきつは生産性を持たない人間である。大洗で戦車整備の仕事をしてはいるものの、労働基準クソ喰らえの無賃労働。辛うじてあるのが、毎日支給される昼の市販弁当のみ。まだまだ今まで黒森峰でバイトをして貯めた蓄えがあると言っても、底を尽くのは時間の問題だ。
ならば、タンカスロンを行って大破した戦車を現地で直せば臨時収入ウハウハの可能性もあらずんば。
そうなれば、移動手段兼寝床として使っているⅣ号戦車のメンテナンスだってできる。
「わかった。行こう」
「本当ですか!?嬉しいです!じゃあ、当日迎えに行きますね!」
「迎えにって………」
先程も述べたように、西住あきつは自身の操縦する戦車の中で寝泊まりしている。
その為、ある程度の場所が必要になる訳だが、一箇所に留まりすぎると警察の厄介になることもある為、定期的に場所を移動している。
そうでなくとも寝泊まりしている場所など誰にも教えていないのだから優花里が迎えに来るなんてできる訳がない。
そんな疑問に答えを出そうと優花里に声を掛けたわけだが、話題は既に別のものへと移り変わっていた。
「そういえば、あきつ殿は西住殿のお兄さんなんですよね?」
「あぁ。そうだよ」
「小さい頃の西住殿の話が聞きたいです!」
「………そう言うのって、普通本人から聞かない?」
「あきつ丸殿から聞きたいんです!」
えー、とあきつはぶーたれてみるが、内心では言いたくて仕方がないようで、鼻息が優花里の髪を靡かせる。
仕方ないなぁ、とあきつは思い出に浸るようにコーヒーを一啜りして話し出した。
「みほは昔っから我儘大王でな?そりゃもう苦労したもんさ。一番ヤバかったのはあれだな。初対面の同い年くらいの子を半ば強制で引き連れて島田流に喧嘩売ってさ。いやー、あの時は大変だったのなんの。女の子の一人なんてもうギャン泣き。まぁ、それが普通っちゃ普通なんだけどね。そうじゃなくてもお転婆で。虫採りするわ、蛙採るわ、勝手に戦車に乗り出すわ。生傷の絶えない生活してたんだぜ?俺とまほはいつもヒヤヒヤさせられて………。あ、知ってると思うけどまほってのは今黒森峰で隊長してる西住まほね。俺の自慢の妹で、あんまり感情を顔に出さないけどもう可愛いの何のって………」
「い、一旦ストップしましょう!」
「あ、そう………?」
しょぼんとするあきつを見て、優花里の顔が赤くなる。
共感性羞恥というやつだ。普段戦車について話す優花里は側から見ればきっとこの様に写っているのだろう。
それでも、秋山優花里は知っている。今のあきつの様に戦車について熱く語れる秋山優花里だからこそ知っている。
「あきつ殿は西住殿や西住隊長が大好きなんですね」
「お、おう?」
何を当たり前のことを、と言いた気な顔付きだが、それが可笑しくて、優花里はプッ、と吹き出した。
そんな優花里を不思議そうに眺めていたあきつはふむ、て最後のコーヒーを飲み干した。
酸味が効いていたはずのコーヒーが、今は無性に甘ったるい。
不思議なこともあるものだな、とそうおもいながら、昼休憩の終わりを告げるチャイムと共に戦車の整備を再開するのだった。