安斎千代美ことドゥーチェ、アンチョビ。
アンツィオ高校と言うイタリアの校風が特徴の学園艦の戦車道の隊長。
アンツィオ高校の戦車道を立て直した立役者と言ってもいい彼女は今、遠い茨城の地である大洗で絶賛途方に暮れていた。
と、言うのもアンツィオ高校の戦車道は貧乏である。
生徒が休み時間などに屋台を開き戦車道の資金を集めている程度には貧乏なのだ。だからこそ、大洗で開催されているタンカスロンに参加して優勝賞金を資金の足しにしようと画策したわけではあるが、やはり、アンツィオ高校は貧乏であった。
アンツィオ高校は栃木の学校ではあるが、内陸部の為寄港地は静岡である。静岡から茨城まで、陸路で行っても学園艦で行ってもそれなりの費用が掛かってしまう。
今年の全国大会の為に費用を抑えようとすれば、運べる戦車はアンツィオが保有するCV33ただ一輌のみ。
ノリと勢いとちょっとのオツムを持つアンツィオが全員で掛かれば、優勝は決まった様なものであると、アンチョビにはそれだけの自信があった。
しかし、悲しきかな。装甲が薄く、機関銃を搭載しただけのCV33は正しく豆戦車。他の参加戦車である九五式軽戦車、II号戦車、ルノーFT 17 M22、M3、M5軽戦車には一輌ではどうやったって敵いはしない。
勝てる見込みが無い以上、ここまでの燃料代などを稼ぐ為にも屋台を出す方向にシフトしていくべきか。
「何弱気になってるんスか姐さん!こう言う時こそノリと勢いッスよ!」
どうするべきか、と悩んでいたアンチョビの横で屋台の焼き鳥を頬張っていた副隊長のペパロニが強気に提言する。
「駄目よ、ペパロニ。私たちは資金を稼ぎに来たんだから。
今度はペパロニと逆側に立っていたもう一人の副隊長、カルパッチョがペパロニを嗜めながらアンチョビに提案する。
「なぁーに言ってんだ、カルパッチョ!試合に勝てば資金が手に入るだろ!」
「その試合に、タンケッテ一輌でどうやって勝つつもり?」
「そりゃあ、ノリと勢いだよ!」
言い合う二人。
正しさで言えば、カルパッチョの方が正しいのは間違いない。可能性が低い方を選ぶのであれば、確実に稼げる方を選ぶべきだ。
しかし、ペパロニの気持ちだって分かる。戦わない内から諦めるなんて笑顔で見送ってくれた後輩たちにも示しがつかない。
「ちょっといいかな?」
そんな時だった。
不意に声をかけられて、三人が振り返るとCV33の上に誰かが乗っていた。
狐のお面に黒い軍服。あまり起伏もないスラリとした少女。その姿にアンチョビは固まってしまった。それはカルパッチョも同じだったのだろう。隣から声にならない声が聞こえてくる。
「やい!誰だお前!それはウチらの戦車だぞ!」
この場で彼女を知らないのはどうやらペパロニだけの様だ。
「ま、待てペパロニ!コイツは………、いや、この人は!」
「名乗るのが遅れたね。ボクはあきつ丸」
「あきつ丸ゥ?船の名前名乗ってる人間が何の用だ!」
「あ、バカ!ペパロニ!」
馬鹿とは恐ろしいものである。
喧嘩をふっかけて良い人間と、悪い人間の区別も付かない。今目の前にいる少女は間違いなく後者だろう。
タンカスロンの絶対王者。大胆不敵にして冷静沈着な操縦技術。
それが目の前の少女、あきつ丸だ。
しかし、とアンチョビは顔を隠した少女を見ながら考える。
あきつ丸が名を馳せていたのは、もう八年ほど前のことだ。
それからは、ぱったりと姿を見せることは無くなっていた。それに、彼女の活動は熊本に限定されていた。今更、どうして遠い茨城の大洗で活動を再開した?
……………違う。今はそんなことを考えている場合ではない、とアンチョビは思考を変える。
今考えるべきは、活動再開の理由ではなく、何故自分たちに話しかけてきたか、ではないのか。
「後輩の物言いには謝罪する。だが、そのタンケッテは私たちの戦車だ。降りてくれ」
「それは失礼したね。確かにその通りだ」
笑ったあきつ丸はCV33から飛び降りると深々と頭を下げた。
少し、アンチョビの持つあきつ丸の印象と違っていた。
と、言うのも、アンチョビもとい安斎千代美はあきつ丸に会ったことがある。会った、と言うよりは見ただけではあるのだが。
当時、千代美は小学生だった。地元の愛知の戦車道倶楽部に通っていて隊長まで任せられる程。
正直、この時の千代美は調子に乗っていた。まだまだ精神が成熟していない小学生が、地元という小さいエリアの中ではあるが、向かうところ敵なしの戦績だった。無敵感というものであろう。
それが木っ端微塵に崩れ去ったのは八年前。千代美が四年生の時である。詳しくは省くが、とにかく彼女は熊本で行われたある試合において完膚なきまでに敗北したのだ。
喪失感に苛まれながら愛知に帰るまでの自由時間。不意に立ち寄ったタンカスロンの会場で、少女は見てしまった。
西住流と言うには、規則正しい動きではなかった。島田流と言うには、行き当たりばったり感が否めなかった。玉田流と言うには、突撃ばかりをしているわけでもなかった。
十対一の状態で、戦場を駆け巡り勝利した一輌のⅠ号戦車。
目を奪われてしまった。自分を負かした同い年の少女もそうだったが、その戦いぶりに小学生ながら魅了されてしまったのだ。
まぁ、一番魅了された出会いはそのすぐ後にあったわけではわけではあるが、本題はそこでは無い。
とにかく、アンチョビのあきつ丸に対する印象はもっと野生的であった。
それがどうだ。実際の本人は物腰柔らかで礼儀正しい。
「それで………。私たちに何の用なんだ?」
とりあえず用件を聞いてみる。
「何、さっきから話を聞いていれば参加する為に来たもののタンケッテ一輌だけで困っている様だ。ならば、どうだろう?ファイトマネーの半分でボクにそのタンケッテを預けてみないかな?」
「はぁ?何言ってんだお前?」
「待て、ペパロニ」
食って掛かろうとするペパロニを止めて、一度深呼吸。
聞きたいことは幾らでもあるが、とりあえず今聞くべきことは一つだ。
「ありがたい申し出だが、アンツィオの大切な戦車を易々と貸すことはできない」
「勿論、この試合によって発生した費用は全部こちらが負担しよう」
「何だと!?」
「なーんだ、いい人じゃないッスか!」
「
三者三様の反応を見せれば、あきつ丸は仮面の向こうで笑う。
タンカスロンは非公式の戦車競技である。
故に、タンカスロンで生じた損害については全てが自己責任というわけだが、ファイトマネーを折半した上で費用も全部払うとなると、ファイトマネーなど消し飛んでしまう。
要するにあきつ丸にとってこの取引にはメリットが一切ない。寧ろ出費の方が多いだろう。
それは、アンツィオの雀の涙程しかない戦車道の活動資金を何とかやりくりしているアンチョビが一番よくわかっている。
だからこそ、アンチョビは再び問う。
「そんなことをして、お前に何の特がある?」
「直接的には無いね。強いて言えば、久しぶりにやりたいと思ったら戦車がなかった。それだけだよ」
何なんだ、その理由、何て言ってやりたかったが止めた。
とにかく、アンチョビはあきつ丸の実力を知っている。アンチョビを負かし、今も高校の戦車道チームで活躍する少女と遜色がないほどの腕前。
彼女ならば、もしかすると本当にタンケッテ一輌で勝ってしまうかもしれない。
それに、アンツィオには勝っても負けても損がない。
「いいだろう。但し、アンツィオの名代として試合に出るんだ。アンツィオは弱くない………じゃなかった!強いというところを見せつけるんだ!」
「了解、
「そこは問題ない」
「基本ノリと勢いッスからね、ウチは」
「でもそれがウチのいいところですよ、
「その通りだ!」
なるほど、とあきつ丸はアンチョビをつぶさに観察する。
あきつ丸も戦車道に携わる者だ。アンチョビたちが何処の戦車道チームかなんて一目でわかる。
その上で、あきつ丸がアンツィオ高校を評価するのであれば、殆ど無名であると言うことだ。そもそも、ニ年前の時点でアンツィオの戦車道は廃れていたし、一年前だって、三人しか履修者がいなかった程だ。
それが、最近になって少しだけ名前を聞く様になった。何でも、ノリと勢いだけはあって、調子に乗られると手強い。
戦車道にまぐれはない。アンツィオが試合で勝ったならば、きっとそれは実力だ。そして、その一端を担っているのは間違いなく、
「じゃあ
「あぁ。頼んだぞ!」
眩しいほどの笑顔。
自分から提案したことではあるのだが、こうも笑顔で見送られてしまうと、なんだかんだで絆されてしまう。
こう言うのが才能なんだろうな、と思いながらあきつ丸は観衆の中に姿を消した。