日が一番高くなる時間帯。
学園艦を出て近くのファミレスでご飯を食べた後、あきつと優花里はタンカスロンの会場へと足を運んでいた。
既に観客も大勢ひしめきあっており、その中心ではタンカスロンに出場するであろう戦車たちが一列に並んでいる。
「見て下さい!Ⅰ号戦車ですよ!あっ!あっちはヴィッカース!M2まで………!」
感涙の声を上げてはしゃぐ優花里の後を追って、あきつも戦車たちを見る。
どの戦車の部品もしっかり用意できている。どれだけ大破しようとも部品不足で修理できないということにはならなそうだ。
興奮してカメラを連写していた優花里がふと、カメラのボタンを押す指を止めてあきつに振り返る。
「………どうした?」
不思議に思ったあきつが声を掛けると、優花里は申し訳なさそうに答えた。
「その………、私ばかりが盛り上がってあきつ殿は退屈ではないのかな、と」
「今更だな。タンカスロンに連れて来ている時点だと思うけど」
「そう、ですよね………」
今日、優花里があきつだけを誘った理由。
それはある種のお試しのようなものだった。友達がいなかった優花里にとって、友達付き合いは慣れていないものだ。
これから、チームとして幾度となく休日を共にすることがあるだろう。
その上で、自分のノリを持って来てはいけないことを優花里は今までの経験から理解していた。
だから、何処までがよく、何処からが悪いのかを見極めるために今回のお出かけを企画したわけではあるが、どうやら初めから間違っていたらしい。
勿論、あきつはそんな優花里の考えを見抜いていたわけではない。
だが、あきつは何だかんだ察しがいいし、対応力もある。それはあまり表情が変わらなかったり我儘大王だったりした妹たちがいたおかげでもある。
だから、優花里の表情を見たあきつは小さくため息を吐いてツバが後ろ向きになった帽子を被る頭に、ポンと手を置いた。
「ま、いいんじゃない?そんだけ秋山さんは好きなものに熱中できるってことさ。お兄さんは年下の女の子との付き合い方には慣れてるから。今日は思いっきり遊べばいいさ」
「は、はい!」
先程の暗い表情とは打って変わって笑顔で観衆の最前列へと向かって行く。
最早当初の目的は果たせなかったが、それならそれで今日を楽しもうと思う優花里であった。
さて、戦車の撮影もそこそこに人だかりから戻ってみると、そこにあきつはいなかった。
少し辺りを探してみても、あきつの姿は見当たらない。
もしや見捨てられた?
そんなことが脳裏に過ぎった時だった。
「ヘイ、そこの彼女。よかったらボクとタンカスロンに出てみないかい?」
振り返れば、狐の仮面を被った軍服の少女がそこに居た。
優花里はその少女を知っている。何度も、何度も小さい頃に見たタンカスロンの試合の録画を見た。
そんな優花里だから、間違えるわけがない。
「も、もしかして………あきつ丸殿でありますか!?」
「その通りさ。とある筋からキミがボクのファンだと聞いてね。ちょうどこのタンカスロンに出る為の車長と砲手を探しているんだけどキミはどうかな?」
「い、いいんですか!?」
勿論、と頷くあきつ丸。
今日は今までの人生の中でも、最高に入る日かもしれない。そもそも、高校二年生になってから、憧れていた戦車道は復活し、西住みほが転校して来て、さらにはあきつ丸の操縦する戦車に乗って一緒に戦車道ができる。
これからの人生を含めて、今年が最高の一年なのかもしれない。もしくはもうじき死んでしまうのか。
さて、そんなことを思いながらも聞くべきことは聞かねばなるまい。
優花里はところで、と話を切り出す。
「何をされているのですか、あきつ殿?」
あきつ丸の方が震える。
「な、何を言っているのかなキミィ。そ、そんな西住流のイケメン長男のことなんて知らないなぁ」
「自分でイケメンなんて言いませんよ、普通」
「だろう?つまりボクは西住あきつではない。そもそもそんな人物と会ったことがない」
「なら何であきつ殿が西住流の長男だって知ってるんです?」
「………実は隠してたんだけどボクたちは愛し合った仲でね」
「あきつ殿はこの前彼女さんに振られたとウサギさんチームの皆さんに教えてもらいましたが?」
「………………あ、そうそう!記事に出てたろう?月刊戦車道!それで知ったのさ」
「つまり貴女は記事で知っただけの人物と懇ろな関係であると嘘を?」
もはや、あきつ丸に言葉はなかった。
大きく息を吐いて、仮面を外す。
「わかった。降参」
仮面の奥にあったのは、本当に少女の顔だった。
でも、確かに声は少女からあきつの声へと変わっている。目の前にいるのは、間違いなく西住あきつ本人だ。
視界と理解の齟齬に、目を白黒させる優花里に少し笑いながらあきつ丸改めあきつが話す。
「いや、ほら。俺って西住の人間じゃん?西住の男が戦車に乗ってしかも非公式のタンカスロンに出てるとか知られるとマズイしさ」
「だ、だからってそんな顔まで変えなくても………」
「仮面はしてるけど、いつ外れるかもわかんないからな。いやー、最近の化粧品は凄いねぇ」
「化粧でそこまで変わるんですか!?」
あきつの化粧技術は化け物か!?、そんなことを思ってしまう。
ハハ、と笑ったあきつが今度は寂しそうに空を仰ぐ。
「だからさ、羨ましいんだよ。秋山さんが。好きなものにそこまで熱中できるのがさ。戦車道は楽しいけど、やっぱ男がやってると変な目で見られちゃうしさ」
優花里には、あきつの気持ちが痛いほどよくわかる。
だからだろうか。思わず優花里はあきつの両手を握った。
「やりましょう!自分が車長を務めます!」
「秋山さん………」
涙ぐみながらあきつも強く優花里の握り返すのだった。
◆
さて、何やかんやもなく、試合開始時刻。
それぞれの戦車が所定の位置へと辿り着く。
「それで、あきつ丸殿。今回はどういった作戦で?カルロ・ベローチェの機関銃では他の戦車の装甲は抜けませんよ?」
試合では、あきつ丸と呼ぶことにした優花里があきつ丸の方を見ながら問う。
確かに、優花里の言う通りである。繰り返すようだが、CV33の持ち主であるアンチョビは元々複数のタンケッテ有きの戦術を立てていた。だからこそ、一輌しかない現状で敗色濃厚の試合に出るか出ないかを迷ったわけだ。
しかし、そんなことはタンカスロンに於いて百戦錬磨のあきつ丸がわかっていないわけじゃない。
「アッハッハ!その通りだね、グデーリアン!」
「ぐ、グデーリアンですか?」
「エルヴィンさんに魂の名前を付けて貰ったんだろう?」
「………あきつ丸殿は何でも知ってますね」
「何でもは知らないよ。知ってることだけさ。まぁ、実際、戦車整備をしているとね、色んな話が聞こえてくるものさ。例えば、武部さんがまた太ったとか、河島さんがまた小テストで赤点ギリギリだったとかね」
「あんまり役に立つ情報はありませんね」
「そんなもんだよ、噂話なんてね」
………………話を戻そう。
あきつ丸はCV33を発進させながら優花里に外を見張るように促す。
次の瞬間、閃光が戦車のすぐ横を走る。
「七時の方向からⅠ号戦車が二輌来てます!」
優花里の報告に見えもしないのにチラリと七時の方向に視線を送る。
「どうしますか?」
砲撃も来て危険と感じた優花里がCV33の中に引きこもる。
「さっきの話の続きだけれどね、グデーリアン。確かに公式で行う戦車道ではタンケッテは偵察や揺動でしか使えない。でもね、これはタンカスロンだ」
そう。この試合はタンカスロンなのである。基本ルールは「戦車道での使用を認められた車輌のうち、十トン以下の戦車のみが参加を許される」のみで、エントリーは1輌から可能。試合への乱入、助っ人参戦、即席の同盟や裏切り、戦車以外の携行兵器の使用なども許されている。
戦車の重量さえ守れば大体何でもありなのだ。
「対戦車兵器の使用が認められている以上、この中で機動力が一番あるボクたちが最も有利さ」
「対戦車兵器なんて何処にあるんですか?」
「機銃の下を見てごらん」
言われるがままに機銃の下を見れば、何かの袋があった。
何かの、とは言うが、優花里はそれの中身を知っている。だって今も袋の中からそれが飛び出してしまっている。
でも優花里は反応しなかった。してしまったら色々とマズイと思ったから。
見た目で言うならば、マイクが適切であろう。M24型柄付手榴弾。通称ポテトスマッシャーと言う手榴弾である。それが幾つも束ねられている。
即席の対戦車手榴弾だ。
「こんなもの何処で手に入れたんですか!?」
「全部手作りだよ。こう見えて爆発物取扱の資格を持ってるんだよ、ボク」
「いえ、作ることが問題だと思うのですが………」
「そんなことより、早速それの出番だよ。ボクが十秒数えるから一つその場で捨ててくれ」
「は、はい!」
慌てて、あきつ丸お手製のポテトスマッシャーを手に取って、優花里は戦車から顔を出す。
未だに砲撃は鳴り止まずに、当たりはしないものの、近くに着弾している。この状態を、聖グロリアーナとの練習試合でやってのけていたみほには尊敬の念しか浮かばない。
一方、あきつ丸たちを追う一号洗車。
学生時代に戦車道を履修していた者同士のご近所さんの集まりである。しかし、無名ではあったが、戦車道を履修していた者たち。あきつ丸が出場するとわかった瞬間、即座に同盟を組んだ。
作戦は簡単だ。一号戦車がCV33を誘導。他が待ち伏せて、目の前を通った瞬間に両側面を叩く。
「タンケッテ、予定通り誘導中」
『了解。こちらも配置に着いたよ』
「今のところ順調だけど油断しないように。相手はあのあきつ丸だ」
『とは言ってもねぇ。相手は豆戦車一輌。こっちの装甲を抜けるとは思わないけどねぇ』
目標地点到達まで後五秒。
………三、二、一。
二重の爆発音。砲撃の音は、後ろの音。
なら、前の音は何なのか?気になる前に戦車が揺れる。
「やりました!M2の白旗を確認です!」
「流石に機関銃じゃヴィッカースの装甲は抜けないか。まぁ、いいや」
今回のタンカスロンに参加しているのは、あきつ丸たちCV33、Ⅰ号戦車二輌にヴィッカースとM2一輌ずつの計五輌。
『ごめーん。撃破されちゃった』
「いったい、何が起こったの………?」
いきなりの出来事と報告に臨時隊長車の操縦手が言葉を漏らす。
「………さっきの爆発。やられたな」
「どう言うこと?」
「あの爆発の爆風で加速して待ち伏せ地点の通過時間を少しだけズラされたんだ」
「え!?でもそれって………!」
今度は装填手がありえないと声を上げる。
………そう、ありえない。それはつまり、相手の作戦を看破した上で、待ち伏せ場所とその到着時間を正確に把握していたということだ。
そんな芸当は、どんな天才であってもできるわけがない。それこそ、戦車道の二大流派である西住流や島田流の家元にだってできはしない。
「つ、次だ!待ち伏せがダメならば追い込み作戦だ!」
「………相手は次はボクたちを行き止まりまで追い込むんじゃないかな?」
「そうなんですか?」
「うん。この先は崖で行き止まりだし、さっきからボクが道を逸れないように戦車の左右を狙っている」
「どうします?ポテトスマッシャー投げてみますか?」
「………止めておこう。どうしてもお手製だからね。それに戦車の装甲を抜ける火力はないよ」
「それならパンツァーファウストの方がマシですヨォ!」
「アッハッハ!まぁ、それならそれでやりようはあるよ」
グイッと、一気にCV33のスピードが上がる。
「このままじゃ逃げられる!スピードもっと上げて!」
「無理!ここらへんは木が多いからこれ以上スピードを上げたら激突する!」
「じゃあ撃って撃って撃ちまくる!」
「あ、コラ!」
ヴィッカースの主砲が火を吹く。
CV33の足元に着弾し、土煙が上がる。
「クソッ!見えない!」
その土煙の中を突っ込んだのは、臨時隊長車ではない方のⅠ号戦車。
「ッ!マズイ停止!」
しかし、気付いた時にはもう遅かった。
止まることができなかったI号戦車が太い樹木にぶつかって、白旗を上げた。
「やりました!Ⅰ号戦車撃破です!」
「なら、この土煙に乗じて道を逸れるとしようか。そのままヴィッカースの背後に着こう」
CV33がクルリと反転して土煙の中を駆け抜ける。
「後ろを取られた!」
『機銃で終わらせてやる!』
Ⅰ号戦車から機銃が掃射されれば、CV33は再びクルリと反転。そのまま守りへと消えていく。
「絶対に逃さない!」
「………ちょっと待て!」
頭に血が登ったのか、すぐに追撃命令を出すヴィッカースの車長。それを静止して、Ⅰ号戦車の車長が持っていた双眼鏡で逃げていくCV33の背中を覗く。
戦車から身体を出してこちらを眺める癖毛の少女。その少女の手にはキラリと光る一本の線がある。ピアノ線だろうか?その線の先を追っていけば、ヴィッカースの真下にまで繋がっている。
背筋に嫌なものが走る。
「ヴィッカースを今すぐ下がらせろ!」
「え?」
すぐさま、ヴィッカースに指示を飛ばすが、遅かった。
ヴィッカースの真下で爆発が起き、パシュッ、と白旗が上がる。
「くそッ!前進だ!」
目の前で起きたことに一瞬、呆気に取られてしまったが、そこは臨時とはいえ、隊長に選ばれた人間だ。すぐに意識を最早見えなくなったに向ける。
ゆっくりと、地面や周りに気を配りながら進んでいく。
……………思えば、戦場が森であった時点で気付くべきだったのだ。この狭くて入り組んだ場所ではCV33が最も有利であることを。
そして。
タンカスロンの絶対王者であるあきつ丸が何を以て絶対王者と呼ばれているのかを。
「ッ!右から来るぞ!」
Ⅰ号戦車は横腹に衝突されて激しく揺れる。
「ハッ!血迷ったな!重量はこちらの方が上だ!このまま押し返してひっくり返してやる!」
一度、CV33から離れたⅠ号戦車が車体をぶつけようと近付いていく。
しかし、それをCV33は難なく避けて横っ腹に機関銃を撃ち始めた。
離れて車体をぶつけようとするⅠ号戦車。それを避けてすぐさまピッタリ横っ腹に喰らいつくCV33。
決着は、それを数回繰り返した後だった。
新たに四つめの白旗がたなびく。そして、少女が一人、歓喜の声を上げた。その少女の名前は、秋山優花里だった。