試合が終わり、空が清廉な青から情熱の赤へと変わる時間帯。
そろそろ屋台も店仕舞い。お客も少なくなってきて、一度身体を伸ばしたカルパッチョがふと、試合のリプレイを見ながら言葉を溢す。
「あきつ丸さん、噂以上の操縦技術ですね」
「スカウトしましょうよ!アイツがアンツィオに来てくれれば鬼に金棒っスよ!」
珍しく頭を使ったな、とペパロニを褒めながら、今日一日で稼いだ金の勘定を止めて、リプレイ画像の試合終わりに手を振るあきつ丸に視線を向けた。
その表情は何処か残念そうで、流石のペパロニも眉を顰める。
「そうしたいんだがなぁ。なんせ彼女はもう大学生だからなぁ」
「転校してもらったらいいじゃないっスか!何か大学選抜に十三歳の子が入るって話もありますし、それがありなら大学から高校に転校するのだってアリじゃないっスか?」
「あのなぁ……………」
─────いや、意外とありかもしれない。アンチョビはそう考える。
そもそも、あきつ丸の見た目からして、ちょっと背が高いくらいの女子高生と大差ない。
それこそ、プラウダ高校のブリザードの名を冠する二つ名の少女と比べれば、その肩くらいまでしかない。
要するに、高校生と偽ってもバレることはない。
「ダメですよ、
「わ、わかってる!」
そう。そんなのダメだ。
もし仮にあきつ丸をアンツィオに勧誘できたとして、きっとアンチョビはあきつ丸に頼り切りになってしまう。
百歩…………いや、一万歩譲って
しかし、それは最早アンツィオの戦車道ではない。あきつ丸の戦車道だ。それでは意味がない。
アンツィオは強い。それは常々アンチョビが口にしていることだ。それを証明するのにあきつ丸の力を借りてはいけない。
店仕舞いの準備を始めていたカルパッチョが、自身の懐中時計を開く。
「それじゃあ、
「そうか?ならお言葉に甘えてそうさせてもらうとしよう」
パスタを一皿パックに詰めて、アンチョビはエプロンを外して屋台を出る。
試合が終わってすぐにファイトマネーの半分を持って現れた車長を務めていた癖毛の少女が言うには、あきつ丸は既に帰ってしまい、CV33は出稼ぎで戦車整備の屋台を開いている少年に預けたらしい。
戦車整備の費用はあきつ丸が持っているものの、何の礼もしないと言うのはアンツィオ高校の
「さて、件の整備士は何処だぁ?」
アンチョビが整備士がいると聞いた辺りを一瞥すれば、何処にいるのか一目で分かった。何やら戦車が集まっているところに人だかりができている。
人だかりを掻き分けて進んでいけば、ようやくその中心にいる整備士の姿が見えた。
その姿を見た瞬間、アンチョビの心臓が強く跳ねた。
そこにいたのは、暗視ゴーグルがトレードマークの青年だった。先程、話に来てくれた癖毛の少女と何やら楽しそうに話している。
「な、な………!」
言葉が出ない。その青年は、間違いなく、八年前にタンカスロンで出会ったあの青年だ。頭の暗視ゴーグルがそれを証明している。
やはり、これは運命だと、アンチョビもとい安斎千代美は高揚感に包まれる。八年前の運命の出会い。それからも度々、熊本で行われる練習試合の遠征で逢うことはあったが、まさかこんな遠く大洗の地出会うとは思わなかった。
さて、ここは考えるところである。乙女ゲーで言うならばこの選択肢が今後のエンディングに大きく関わると言ったところであろう。
今でこそ、千代美は
これでもし、「おぉ!あきつくんじゃないか!久しぶりだな!」なんて声を掛けて「ごめん、君誰?」なんて言われた日には死にたくなる。
「は、話しかけるべきなのか?いや、しかし………」
「あれ?もしかして千代美ちゃん?」
「ッ!?」
不意に声をかけられて、千代美は素っ頓狂な声を上げてしまう。
危うくパスタを落としそうになったが、何とかキャッチして声の主を目視する。
案の定、そこにいたのは西住あきつだった。
「あ、あきつくん………」
「久しぶりだね。まほから聞いたよ。スカウトされてアンツィオ高校の戦車道を立て直したんだって?凄いじゃん!」
「う、うん。ありがとう………」
話したいことは山ほどあるのに言葉が出てこない。
あたふたしている千代美の顔をジッと見つめるあきつ。顔に何か着いているのだろうか。
千代美はあきつから目を逸らしながら顔を触って確認する。
「コンタクトにしたんだ」
「へ!?」
「似合ってるよ」
「〜〜〜〜〜〜ッ!」
どうしてこの男はこうも恋愛小説の男が言いそうなことを、安易と吐いてくるのか。千代美なら恥ずかしくて、言葉を出そうとした時点で悶死してしまうだろう。
これはいかん、と思ったのか、一緒にいた癖毛の少女があきつを止める。
「あきつ殿………、もうそのくらいで。もう顔が旧ソ連の旗のように真っ赤です」
「アッハッハ!反応が一々面白いんだよなぁ千代美ちゃんは」
さて、と一度深呼吸をすれば、あきつの雰囲気が変わった。
それを感じたアンチョビも生唾を飲んで次の言葉を待つ。
「それじゃあ、
「あ、あぁ………。ありがとう」
終始困惑気味の千代美を見て、遂にあきつが吹き出した。
「ごめんよ、千代美ちゃん。本当プププ………」
「い、いや、それはいいんだが………。その、あきつくんで合ってるんだよな?」
「勿論。君の白馬の王子様。西住あきつお兄さん本人さ」
「白馬………?」
「そ、それは小さい時の妄言だから忘れてくれぇ!」
「いーや、忘れないね!お兄さんの初めてを奪ったんだから!この話は俺とまほの間で語り草さ」
「何で西住に言っちゃうんだよバカァ!」
「………仲、いいんですね」
二人のやりとりを見て、ポツリと癖毛の少女、秋山優花里が呟いた。
何だか、胸にポッカリと穴が空いたような感覚だ。先程までは戦車で二人きり。二人だけの空間だった。
なのに、今では自分よりも付き合いのポッと出の少女と楽しそうに話している。
二人は互いに顔を見合わせて答えた。
「まぁ、昔馴染みって言ったらそうだからな。仲は良いよ。昔の千代美ちゃんはザ・文学少女って感じでな?いやぁ、女子も三日会わざれば刮目してみるべきだねぇ」
「は、恥ずかしいからやめろぉ!」
「恥ずかしがってる千代美ちゃんも可愛いゼ⭐︎」
「こ、これ以上やるなら西住にチクってやるからな………」
「はい。やめます」
随分、扱い慣れている。昔馴染みというのも伊達では無いようだ。
「………おぉ、そう言えばこれ。整備してくれたお礼だ」
アンチョビから渡されたパック詰めのパスタを受け取りながらあきつは頭を撫でる。
そのままパスタを食べる。
「………美味い」
「だろ?自慢の後輩の手作りパスタだ!」
「私も先程いただきましたけど、本当に美味しかったです!」
「そうか、そうか!後輩もそれを聞いたら喜ぶよ」
それから、しばらく楽しく雑談をした後に、日も落ちきったことでそれぞれの学園艦への帰路へと着くのだった。