止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第11刻 盤上の兵卒

深夜零時まで、一時間を切っていた。

 

 旧校舎のオカルト研究部部室には、リアス先輩たちが集まっていた。

 

 リアス先輩は部長の顔をしていた。朱乃さんは穏やかに微笑んでいたが、その目は静かだった。木場くんは剣に手をかけていた。小猫さんは黙ったまま、ただそこにいた。

 

 私は、その輪の少し外に立っていた。

 

 部員ではある。でも、今夜ここから転送されるのは私以外の全員だ。そのことを、改めて確かめていた。

 

 扉が開いた。一誠とアーシアさんが入ってくる。

 

 二人の間に、何かあったのだろうと分かった。会話を済ませてきたような、静かな空気があった。それを言葉にするような質問は、しなかった。する必要がなかった。

 

 ただ、アーシアさんの格好が目に入った。

 

「その格好で行くのですか」

 

「はい。私が一番、私らしくいられる格好だと思ったので」

 

 シスター服だった。

 

 転校してきてからは制服を着ていた彼女が、今夜だけ、元の姿で来ていた。教会にいた頃の服。彼女を縛った場所の服であり、それでも彼女が祈ってきた時間の服でもある。それを今夜、アーシアさんは自分で選んで着てきた。

 

「……似合っています」

 

「ありがとうございます」

 

 アーシアさんは、少しだけ嬉しそうに笑った。その笑顔の奥に、不安がないわけではなかった。それでも、今夜の彼女は自分の選んだ服を着ていた。

 

 一誠がぼそりと言った。

 

「出てくる前にあの目覚ましが鳴ったんだよな。決戦前だってのに」

 

「決戦前の空気を破壊する才能だけは一級品ですね、あの時計は」

 

「お前が修理したんだけどな」

 

「修理したのは故障箇所です。仕様の異常性までは保証していません」

 

 

 出発前の確認が一通り終わった頃、一誠が私のそばに来た。

 

「なあ、ミライ」

 

「何ですか」

 

「フェニックスって、どうやったら倒せると思う?」

 

 一拍置いた。

 

「太陽まで蹴り飛ばします」

 

「……は?」

 

「太陽まで蹴り飛ばします」

 

「二回言わなくていい! 何だその攻略法!?」

 

「実例があります」

 

「あるのかよ!?」

 

 部室の空気が一瞬止まった。朱乃さんが口元に手を当てた。木場くんが困ったように笑った。小猫さんは無言だった。リアス先輩だけが一瞬目を丸くして、それから静かに聞いていた。

 

「再生できても、戻って来られなければ勝ちです。倒すことではなく、戦闘不能にすること。あるいは、盤面から排除すること。それが不死性への対処です」

 

「……倒すんじゃなくて、勝てばいいってことか」

 

「そうです。相手が不死身でも、勝利条件まで不死身とは限りません」

 

 リアス先輩が続けた。

 

「その通りよ。これは殺し合いではなく、レーティングゲーム。勝利条件があるわ」

 

「分かった。太陽は無理でも、盤面から追い出す方法を考えりゃいいんだな」

 

「はい。太陽は最終手段です」

 

「だから最終手段にするな!」

 

 

 支取会長と椿さんが部室を訪れたのは、試合開始の少し前だった。

 

 二人は、グレモリー家とフェニックス家へ試合の様子を届ける中継係として来ていた。

戦闘に関わるわけではない。ただ、盤面を映し続ける役目らしい。

会長は部室を一巡見回して、それからリアス先輩と短く言葉を交わした。

 

 グレイフィアさんが転移してきた。部室の空気が、また一段階変わった。

 

 転送方法、戦闘フィールドの説明。時間になったら足元の魔法陣から転送されると告げられた。

 

「天童ミライ様は、今回のレーティングゲームに参加資格を持ちません。よって、戦闘フィールドへの転送対象には含まれません」

 

「理解しています」

 

 分かっていたことだ。ただ、改めて言われると、少しだけ重かった。

 

 続けてグレイフィアさんが言った。

 

「今回の試合は、魔王ルシファー様もご覧になります」

 

 一誠が固まった。

 

「魔王ルシファー!?」

 

「リアス様の実兄であらせられます」

 

「……は?」

 

「初めて聞きましたよ、それ」

 

 リアス先輩が少し困ったように笑った。

 

 支取会長が私に声をかけた。

 

「ミライさんは中継室へ来てください。観戦が可能です」

 

「……見ているだけ、ですか」

 

「ええ。それも今のあなたに必要なことです」

 

 反論はしなかった。盤面に立てない以上、見るしかない。

 

 

 試合開始と同時に、彼らは転送された。

 

 魔法陣が光り、リアス先輩たちの姿が消えた。さっきまで全員がいた場所から、戦う者たちだけがいなくなった。

 

 残された空白が、思ったより大きく感じた。

 

 私は支取会長と椿さんと共に、生徒会室へ向かった。

 

 

 中継画面に映ったのは、いつもの部室だった。

 

 ただし、窓の外が違った。校舎の外側に広がる空気が、現実のものではなかった。見慣れた旧校舎の形をしているのに、その向こうにあるものが、駒王町ではない。

 

 グレイフィアさんの説明が画面越しに入ってくる。リアス陣営の本陣は旧校舎オカルト研究部部室。ライザー陣営の本陣は新校舎学長室。ポーンのプロモーション条件は、互いの校舎内に入った時点で可能。

 

 私はそれを聞きながら、画面の中に映っているリアス先輩たちを見ていた。

 

 画面の中で、作戦会議が始まった。校庭は敵から丸見えでリスクが大きい。木場くんが体育館の占拠を提案した。森にトラップを仕掛け、朱乃さんが幻術で覆う。アーシアさんは本陣で回復サポート待機。

 

 一誠がリアス先輩の膝枕で横になっている場面が映った。

 

「作戦行動であることは理解します」

 

「なら、なぜそんな顔をしているの?」

 

 支取会長が静かに聞いた。

 

「絵面の情報量が多すぎます。あと単純にムカつきます」

 

「リアスらしいわね」

 

「あれがですか」

 

「ええ。あれでも、きちんと必要な処置よ」

 

 画面の隅で、アーシアさんが少しだけ頬を膨らませていた。

 

 

 作戦が動き始めた。

 

 木場くんと小猫さんが森へ向かい、罠の設置に入る。朱乃さんが幻術展開の準備を始めた。やがて小猫さんが一誠と合流し、二人は体育館へ向かった。

 

 体育館の中継映像が切り替わった。

 

 ライザー陣営のルーク一名、ポーン三名。その中に、この前の部室で一誠を一撃で沈めた棍使いの女性がいた。

 

「ミラ、ですね」

 

「知っているの?」

 

「前に見ました。一誠を一撃で倒した相手です」

 

 小猫さんがルークへ向かう。一誠がポーン三名を担当する。

 

 一誠は、逃げた。

 

 最初の数秒で、それが分かった。戦えないから逃げているのではない。逃げながら何かを積み上げている。ブーストの音が、画面越しでも分かるような圧を帯びていた。

 

「逃げていますね」

 

「逃げているわね」

 

「ですが、ただ逃げているだけではないようです」

 

 

 一誠が叫んだ。

 

「必殺、ドレスブレイク!」

 

 中継室の空気が、凍った。

 

 ポーン三人の服が弾け飛んだ。三人は悲鳴を上げた。一誠は成功してドヤっていた。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 支取会長は無言だった。椿さんは眼鏡の位置を直した。私は、三秒ほど考えた。

 

「最低です」

 

「戦術的には有効ね」

 

 支取会長が冷静に言った。

 

「そこが一番腹立たしいです」

 

「評価したくはありませんが、無力化手段としては成立しています」

 

「評価したくないなら、しない方が精神衛生に良いと思います」

 

「同感ではあるけれど、中継係として目を逸らすわけにはいかない です」

 

「……ご苦労様です」

 

 画面の隅で、アーシアさんが小さく手を握っていた。成功を喜んでいる顔だった。どうやら、何らかの練習に付き合っていたらしい。何をどう練習したらあの技に到達するのかは、考えないことにした。

 

 

 小猫さんがルークを仕留めて、一誠もポーン三人を無力化した後二人が体育館から出る。

 

 直後、朱乃さんが体育館を破壊した。

 

 爆発の映像が映った。画面越しには妙に遠く、体育館の建物が崩れていく。

 

 逃げ回っていた一誠。正面から受け止めた小猫さん。上から盤面を焼いた朱乃さん。

 

 ばらばらに見えた動きが、一つの罠として閉じた。

 

 私はそれを見ながら、椅子の肘掛けを、少しだけ強く握っていた。

 

 

 体育館制圧の映像が切り替わった。

 

 一誠と小猫さんが校庭へ出る。

 

 次の瞬間、画面の中で何かが動いた。奇襲だった。どこから来たのか、判断する間もなかった。ライザー陣営のクイーンが、校庭に現れていた。

 

 小猫さんが動いた。一誠の前に出て、攻撃を受けた。

 

 小猫さんが消える。

 

 その一瞬だけ、画面の中の一誠が何を叫んでいるのか分からなかった。

 

 グレイフィアさんの声が、中継室にも聞こえた。

 

『リアス様のルーク一名、リタイア』

 

 反射的に立ち上がりかけた。けれど、画面のこちら側にいる私の足が、どれだけ動いても届かない。

 

 画面の中で、一誠が拳を握りしめていた。

 

 画面の外で、私も同じように拳を握っていた。

 

 盤面は、もう止まらないところまで動き始めていた。

 

そして私は、その外側にいた。

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