深夜零時まで、一時間を切っていた。
旧校舎のオカルト研究部部室には、リアス先輩たちが集まっていた。
リアス先輩は部長の顔をしていた。朱乃さんは穏やかに微笑んでいたが、その目は静かだった。木場くんは剣に手をかけていた。小猫さんは黙ったまま、ただそこにいた。
私は、その輪の少し外に立っていた。
部員ではある。でも、今夜ここから転送されるのは私以外の全員だ。そのことを、改めて確かめていた。
扉が開いた。一誠とアーシアさんが入ってくる。
二人の間に、何かあったのだろうと分かった。会話を済ませてきたような、静かな空気があった。それを言葉にするような質問は、しなかった。する必要がなかった。
ただ、アーシアさんの格好が目に入った。
「その格好で行くのですか」
「はい。私が一番、私らしくいられる格好だと思ったので」
シスター服だった。
転校してきてからは制服を着ていた彼女が、今夜だけ、元の姿で来ていた。教会にいた頃の服。彼女を縛った場所の服であり、それでも彼女が祈ってきた時間の服でもある。それを今夜、アーシアさんは自分で選んで着てきた。
「……似合っています」
「ありがとうございます」
アーシアさんは、少しだけ嬉しそうに笑った。その笑顔の奥に、不安がないわけではなかった。それでも、今夜の彼女は自分の選んだ服を着ていた。
一誠がぼそりと言った。
「出てくる前にあの目覚ましが鳴ったんだよな。決戦前だってのに」
「決戦前の空気を破壊する才能だけは一級品ですね、あの時計は」
「お前が修理したんだけどな」
「修理したのは故障箇所です。仕様の異常性までは保証していません」
出発前の確認が一通り終わった頃、一誠が私のそばに来た。
「なあ、ミライ」
「何ですか」
「フェニックスって、どうやったら倒せると思う?」
一拍置いた。
「太陽まで蹴り飛ばします」
「……は?」
「太陽まで蹴り飛ばします」
「二回言わなくていい! 何だその攻略法!?」
「実例があります」
「あるのかよ!?」
部室の空気が一瞬止まった。朱乃さんが口元に手を当てた。木場くんが困ったように笑った。小猫さんは無言だった。リアス先輩だけが一瞬目を丸くして、それから静かに聞いていた。
「再生できても、戻って来られなければ勝ちです。倒すことではなく、戦闘不能にすること。あるいは、盤面から排除すること。それが不死性への対処です」
「……倒すんじゃなくて、勝てばいいってことか」
「そうです。相手が不死身でも、勝利条件まで不死身とは限りません」
リアス先輩が続けた。
「その通りよ。これは殺し合いではなく、レーティングゲーム。勝利条件があるわ」
「分かった。太陽は無理でも、盤面から追い出す方法を考えりゃいいんだな」
「はい。太陽は最終手段です」
「だから最終手段にするな!」
支取会長と椿さんが部室を訪れたのは、試合開始の少し前だった。
二人は、グレモリー家とフェニックス家へ試合の様子を届ける中継係として来ていた。
戦闘に関わるわけではない。ただ、盤面を映し続ける役目らしい。
会長は部室を一巡見回して、それからリアス先輩と短く言葉を交わした。
グレイフィアさんが転移してきた。部室の空気が、また一段階変わった。
転送方法、戦闘フィールドの説明。時間になったら足元の魔法陣から転送されると告げられた。
「天童ミライ様は、今回のレーティングゲームに参加資格を持ちません。よって、戦闘フィールドへの転送対象には含まれません」
「理解しています」
分かっていたことだ。ただ、改めて言われると、少しだけ重かった。
続けてグレイフィアさんが言った。
「今回の試合は、魔王ルシファー様もご覧になります」
一誠が固まった。
「魔王ルシファー!?」
「リアス様の実兄であらせられます」
「……は?」
「初めて聞きましたよ、それ」
リアス先輩が少し困ったように笑った。
支取会長が私に声をかけた。
「ミライさんは中継室へ来てください。観戦が可能です」
「……見ているだけ、ですか」
「ええ。それも今のあなたに必要なことです」
反論はしなかった。盤面に立てない以上、見るしかない。
試合開始と同時に、彼らは転送された。
魔法陣が光り、リアス先輩たちの姿が消えた。さっきまで全員がいた場所から、戦う者たちだけがいなくなった。
残された空白が、思ったより大きく感じた。
私は支取会長と椿さんと共に、生徒会室へ向かった。
中継画面に映ったのは、いつもの部室だった。
ただし、窓の外が違った。校舎の外側に広がる空気が、現実のものではなかった。見慣れた旧校舎の形をしているのに、その向こうにあるものが、駒王町ではない。
グレイフィアさんの説明が画面越しに入ってくる。リアス陣営の本陣は旧校舎オカルト研究部部室。ライザー陣営の本陣は新校舎学長室。ポーンのプロモーション条件は、互いの校舎内に入った時点で可能。
私はそれを聞きながら、画面の中に映っているリアス先輩たちを見ていた。
画面の中で、作戦会議が始まった。校庭は敵から丸見えでリスクが大きい。木場くんが体育館の占拠を提案した。森にトラップを仕掛け、朱乃さんが幻術で覆う。アーシアさんは本陣で回復サポート待機。
一誠がリアス先輩の膝枕で横になっている場面が映った。
「作戦行動であることは理解します」
「なら、なぜそんな顔をしているの?」
支取会長が静かに聞いた。
「絵面の情報量が多すぎます。あと単純にムカつきます」
「リアスらしいわね」
「あれがですか」
「ええ。あれでも、きちんと必要な処置よ」
画面の隅で、アーシアさんが少しだけ頬を膨らませていた。
作戦が動き始めた。
木場くんと小猫さんが森へ向かい、罠の設置に入る。朱乃さんが幻術展開の準備を始めた。やがて小猫さんが一誠と合流し、二人は体育館へ向かった。
体育館の中継映像が切り替わった。
ライザー陣営のルーク一名、ポーン三名。その中に、この前の部室で一誠を一撃で沈めた棍使いの女性がいた。
「ミラ、ですね」
「知っているの?」
「前に見ました。一誠を一撃で倒した相手です」
小猫さんがルークへ向かう。一誠がポーン三名を担当する。
一誠は、逃げた。
最初の数秒で、それが分かった。戦えないから逃げているのではない。逃げながら何かを積み上げている。ブーストの音が、画面越しでも分かるような圧を帯びていた。
「逃げていますね」
「逃げているわね」
「ですが、ただ逃げているだけではないようです」
一誠が叫んだ。
「必殺、ドレスブレイク!」
中継室の空気が、凍った。
ポーン三人の服が弾け飛んだ。三人は悲鳴を上げた。一誠は成功してドヤっていた。
「……」
「……」
「……」
支取会長は無言だった。椿さんは眼鏡の位置を直した。私は、三秒ほど考えた。
「最低です」
「戦術的には有効ね」
支取会長が冷静に言った。
「そこが一番腹立たしいです」
「評価したくはありませんが、無力化手段としては成立しています」
「評価したくないなら、しない方が精神衛生に良いと思います」
「同感ではあるけれど、中継係として目を逸らすわけにはいかない です」
「……ご苦労様です」
画面の隅で、アーシアさんが小さく手を握っていた。成功を喜んでいる顔だった。どうやら、何らかの練習に付き合っていたらしい。何をどう練習したらあの技に到達するのかは、考えないことにした。
小猫さんがルークを仕留めて、一誠もポーン三人を無力化した後二人が体育館から出る。
直後、朱乃さんが体育館を破壊した。
爆発の映像が映った。画面越しには妙に遠く、体育館の建物が崩れていく。
逃げ回っていた一誠。正面から受け止めた小猫さん。上から盤面を焼いた朱乃さん。
ばらばらに見えた動きが、一つの罠として閉じた。
私はそれを見ながら、椅子の肘掛けを、少しだけ強く握っていた。
体育館制圧の映像が切り替わった。
一誠と小猫さんが校庭へ出る。
次の瞬間、画面の中で何かが動いた。奇襲だった。どこから来たのか、判断する間もなかった。ライザー陣営のクイーンが、校庭に現れていた。
小猫さんが動いた。一誠の前に出て、攻撃を受けた。
小猫さんが消える。
その一瞬だけ、画面の中の一誠が何を叫んでいるのか分からなかった。
グレイフィアさんの声が、中継室にも聞こえた。
『リアス様のルーク一名、リタイア』
反射的に立ち上がりかけた。けれど、画面のこちら側にいる私の足が、どれだけ動いても届かない。
画面の中で、一誠が拳を握りしめていた。
画面の外で、私も同じように拳を握っていた。
盤面は、もう止まらないところまで動き始めていた。
そして私は、その外側にいた。
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