画面の中で、小猫さんが消えた。
『リアス様のルーク、一名リタイア』
グレイフィアさんの声が、中継室に落ちた。
画面の中の一誠は、拳を握りしめていた。肩が震えている。今にもクイーンへ向かって行きそうな体勢だった。
そこへ、朱乃さんが降り立った。
「兵藤くん、今は進みなさい」
「でも、小猫ちゃんが……!」
「彼女を倒した相手は、私が引き受けます」
朱乃さんの声は、いつもの柔らかさのまま、揺るがなかった。
一誠は一瞬迷って、それから走り出した。
怒りで動けば、一誠は止まる。止まれば、盤面が崩れる。だから朱乃さんが引き受けた。感情ではなく、勝つために。
画面越しでも、それが分かった。
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映像が森へ切り替わった。
木場くんが敵ポーン三名を相手にしていた。いや、相手にしている、という表現は正確ではなかった。誘導していた。
木場くんは正面から斬るだけではなかった。森の配置、罠、相手の動き。それらを全部使って、敵を自分の間合いへ引き込んでいた。
罠が閉じた。剣が閃いた。
『ライザー様のポーン、三名リタイア』
支取会長が淡々と状況を整理した。
「これでライザー側の前衛はかなり削れたわ」
「ですが、まだキングには届いていません」
「ええ。ここからが本番よ」
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画面が切り替わり、私は少し驚いた。
リアス先輩とアーシアさんが、新校舎側へ移動していた。
「リアス先輩が、本陣を出ています」
「敵本陣へ奇襲をかけるつもりね」
「危険では」
「危険よ。でも、ライザー様を揺さぶるには意味がある」
「揺さぶる?」
「フェニックスの肉体が不死身でも、心まで不死身とは限らないわ」
肉体を壊せないなら、判断を揺らす。再生能力ではなく、精神の隙を狙う。
太陽まで蹴り飛ばせないなら、盤面の上で崩す。リアス先輩は、ちゃんと勝ち方を探していた。
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一誠と木場くんの前に、敵の駒が現れた。
ナイトが木場くんと一騎打ちを始める。その隙を突くように、残りの駒が仕掛けてきた。ルークのイザベラ。ポーンが二名。ビショップも見える。
数で押し込まれているように見えた。
けれど、逆だった。
一誠と木場くんが敵の目を引きつけている。その間に、リアス先輩とアーシアさんが進む。
盤面の中央で、一誠は囮になっていた。
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イザベラは、純粋なパワー型だった。
拳の一撃一撃が重い。一誠は真正面からは受けられない。殴られ、吹き飛ばされ、転がりながら、それでもブーストを重ねていた。
耐えて、逃げて、隙を探して。
力が溜まり切った瞬間、一誠が踏み込んだ。
「必殺、ドレスブレイク!」
イザベラの装束が弾け飛んだ。彼女がうろたえた、その一瞬。
「ドラゴン・ショット!」
赤い閃光が、イザベラを飲み込んだ。
『ライザー様のルーク、一名リタイア』
画面の端で、木場くんと敵ナイトが揃って戦いの手を止め、微妙な顔をしていた。
「……またですか」
「有効ではあるわ」
「有効性が免罪符になるなら、この世の倫理はかなり危険です」
椿さんが、無言で眼鏡の位置を直した。それ以上、誰も何も言わなかった。
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新校舎の屋上に、リアス先輩とアーシアさんが立っていた。
その正面に、ライザーがいた。
奇襲のつもりだった。だが、読まれていた。
「来ると思っていたぞ、リアス」
「なら、話が早いわね」
戦闘が始まった。
リアス先輩の滅びの魔力が、ライザーを撃つ。当たっている。効いていないわけではない。
それでも、戻る。
傷が塞がり、炎が形を取り戻す。
不死身という言葉が、画面越しに現実味を持った。
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その時、一誠の左手が光った。
中継の音声が、一瞬だけノイズを拾った。
『Transfer』
聞いたことのない音声だった。
一誠は、自分の溜めた力を、木場くんへ渡した。
木場くんの周囲の地面から、無数の剣が生えた。魔剣創造が、桁違いの規模に膨れ上がっている。剣の森が、敵の駒たちを飲み込んだ。
『ライザー様のポーン、二名リタイア』
『ライザー様のナイト、一名リタイア』
『ライザー様のビショップ、一名リタイア』
アナウンスが続けざまに響いた。
私は、画面を見つめたまま、少しの間動けなかった。
一誠の力は、自分だけを強くするものではなかった。積み上げたものを、誰かへ渡す。弱いまま積み上げた力が、仲間の剣を届かせる。
それは、兵藤一誠らしい力だと思った。
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だが、盤面は待ってくれなかった。
ライザーのクイーンが動いた。
朱乃さんが迎え撃つ。雷が空を裂く。画面が何度も白く飛んだ。互角に見えた。互角に見えたのは、途中までだった。
『リアス様のクイーン、一名リタイア』
朱乃さんが、消えた。
続けて、消耗していた木場くんにもクイーンの攻撃が届いた。
『リアス様のナイト、一名リタイア』
さっきまで盤面を作っていた二人が、続けて消えた。作戦が崩れる音がした気がした。
画面の中から、仲間が一人ずつ消えていく。
小猫さん。朱乃さん。木場くん。
名前が告げられるたび、盤面が狭くなっていく。
私は椅子の肘掛けを握ったまま、それを見ているしかなかった。
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一誠が、新校舎へ入った。
「プロモーション……!」
画面の中で、一誠が叫んだ。
「クイーン……」
「最も自由度の高い駒よ」
「一誠が、ですか」
「ええ。あの子が今、盤面で最も動ける駒になった」
一誠は走った。ボロボロのまま、リアス先輩とアーシアさんのいる屋上へ。
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屋上に着いた直後だった。
ライザーのクイーンの爆撃が、屋上を薙いだ。
アーシアさんが、巻き込まれた。倒れて、動かなくなった。気を失っている。
画面の中で、一誠の顔が変わった。
怒りだけではない。恐怖だけでもない。
それでも、止まらない顔だった。
一誠はブーストした。もう一度。さらにもう一度。
肉体が悲鳴を上げているのが、画面越しにも分かった。膝をつく。血を吐く。腕が上がらない。
もう十分だった。そう思った。
もう十分戦った。小猫さんが落ちた。朱乃さんも、木場くんも落ちた。アーシアさんも倒れた。
だから、もう立たなくていい。
そう思ったのに。
立ってほしい、とも思ってしまった。
どちらも本音だった。だから、何も言えなかった。
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ライザーは、圧倒的だった。
一誠が殴られる。壁に叩きつけられる。落ちる。転がる。
それでも、立つ。
格好いい、とは思えなかった。
痛々しかった。無謀だった。自分を大事にしていない戦い方だった。
それでも、目を逸らせなかった。
「大丈夫っすよ、部長……」
一誠は血を吐きながら、それでも笑おうとしていた。
「俺、どんなことしたって……勝ちますから」
ライザーが一誠を殴った。
「俺、最強のポーンになるんです」
もう一度、殴られる。
「部長と、約束したんです」
膝が折れかける。それでも、一誠は倒れなかった。
「部長が鍛えてくれたんだし……まだ、戦えます」
「約束、守りますから」
「俺、部長のポーンですから」
「まだ、戦えますから」
ライザーが、また一誠を殴った。
「まだ……戦えますから」
やめてほしい。でも、止まらないでほしい。
そんな矛盾した願いが、喉の奥でぶつかった。
「勝ちますから」
「俺、部長が笑ってくれるなら……」
兵藤一誠は、あの人のために立っていた。
誰かに命令されたからではない。駒だからでもない。
自分でそうすると決めたから、立っていた。
---
ライザーの表情が変わった。
余裕が消えて、苛立ちが浮かんだ。倒れない一誠が、彼の何かを逆撫でしたらしい。
「ゲーム中の事故なら、多少やりすぎても問題にはならん」
ライザーが低く言った。
その手に、炎が集まった。今までとは、質の違う炎だった。
まずい、と思った。
あの炎は、リタイアさせるための攻撃には見えなかった。
届かないと分かっているのに、手が伸びた。
画面の中で、ライザーが一誠へ手を伸ばす。
画面の外で、私は何もできない。
「ミライさん」
支取会長の声が、背中に刺さった。
「助けに行くことはできません。これはグレモリー家とフェニックス家の間で正式に交わされた試合です」
「……分かっています」
分かっている。
分かっているから、余計に苦しかった。
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炎が振り下ろされる、その寸前。
赤い髪が、画面を横切った。
「負けを、認めます」
リアス先輩が、一誠に覆いかぶさるように飛び込んでいた。
沈黙が、一拍。
『リアス様、リザイン』
グレイフィアさんの声が、静かに告げた。
試合終了。勝者、ライザー・フェニックス。
画面の中で、リアス先輩は一誠を抱きしめていた。何かを言っている。けれど、その言葉だけは、中継の向こう側に置いていかれた。
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負けた。
けれど、それは逃げではなかった。諦めでもなかった。
これ以上、兵藤一誠を壊させないために、リアス先輩は盤面を降りたのだ。
悔しい。納得できない。
けれど、理解はできた。
もし私があの場所にいて、同じものを目の前で見せられたなら。たぶん、同じことを願ってしまう。
もう、やめてください、と。
画面の中で、リアス先輩は一誠を抱きしめていた。
盤面は終わった。
けれど、私の中で何かが終わった気はしなかった。
ただ、握りしめた拳だけが、どうしてもほどけなかった。
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