止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第12刻 リザイン

画面の中で、小猫さんが消えた。

 

『リアス様のルーク、一名リタイア』

 

 グレイフィアさんの声が、中継室に落ちた。

 

 画面の中の一誠は、拳を握りしめていた。肩が震えている。今にもクイーンへ向かって行きそうな体勢だった。

 

 そこへ、朱乃さんが降り立った。

 

「兵藤くん、今は進みなさい」

 

「でも、小猫ちゃんが……!」

 

「彼女を倒した相手は、私が引き受けます」

 

 朱乃さんの声は、いつもの柔らかさのまま、揺るがなかった。

 

 一誠は一瞬迷って、それから走り出した。

 

 怒りで動けば、一誠は止まる。止まれば、盤面が崩れる。だから朱乃さんが引き受けた。感情ではなく、勝つために。

 

 画面越しでも、それが分かった。

 

---

 

 映像が森へ切り替わった。

 

 木場くんが敵ポーン三名を相手にしていた。いや、相手にしている、という表現は正確ではなかった。誘導していた。

 

 木場くんは正面から斬るだけではなかった。森の配置、罠、相手の動き。それらを全部使って、敵を自分の間合いへ引き込んでいた。

 

 罠が閉じた。剣が閃いた。

 

『ライザー様のポーン、三名リタイア』

 

 支取会長が淡々と状況を整理した。

 

「これでライザー側の前衛はかなり削れたわ」

 

「ですが、まだキングには届いていません」

 

「ええ。ここからが本番よ」

 

---

 

 画面が切り替わり、私は少し驚いた。

 

 リアス先輩とアーシアさんが、新校舎側へ移動していた。

 

「リアス先輩が、本陣を出ています」

 

「敵本陣へ奇襲をかけるつもりね」

 

「危険では」

 

「危険よ。でも、ライザー様を揺さぶるには意味がある」

 

「揺さぶる?」

 

「フェニックスの肉体が不死身でも、心まで不死身とは限らないわ」

 

 肉体を壊せないなら、判断を揺らす。再生能力ではなく、精神の隙を狙う。

 

 太陽まで蹴り飛ばせないなら、盤面の上で崩す。リアス先輩は、ちゃんと勝ち方を探していた。

 

---

 

 一誠と木場くんの前に、敵の駒が現れた。

 

 ナイトが木場くんと一騎打ちを始める。その隙を突くように、残りの駒が仕掛けてきた。ルークのイザベラ。ポーンが二名。ビショップも見える。

 

 数で押し込まれているように見えた。

 

 けれど、逆だった。

 

 一誠と木場くんが敵の目を引きつけている。その間に、リアス先輩とアーシアさんが進む。

 

 盤面の中央で、一誠は囮になっていた。

 

---

 

 イザベラは、純粋なパワー型だった。

 

 拳の一撃一撃が重い。一誠は真正面からは受けられない。殴られ、吹き飛ばされ、転がりながら、それでもブーストを重ねていた。

 

 耐えて、逃げて、隙を探して。

 

 力が溜まり切った瞬間、一誠が踏み込んだ。

 

「必殺、ドレスブレイク!」

 

 イザベラの装束が弾け飛んだ。彼女がうろたえた、その一瞬。

 

「ドラゴン・ショット!」

 

 赤い閃光が、イザベラを飲み込んだ。

 

『ライザー様のルーク、一名リタイア』

 

 画面の端で、木場くんと敵ナイトが揃って戦いの手を止め、微妙な顔をしていた。

 

「……またですか」

 

「有効ではあるわ」

 

「有効性が免罪符になるなら、この世の倫理はかなり危険です」

 

 椿さんが、無言で眼鏡の位置を直した。それ以上、誰も何も言わなかった。

 

---

 

 新校舎の屋上に、リアス先輩とアーシアさんが立っていた。

 

 その正面に、ライザーがいた。

 

 奇襲のつもりだった。だが、読まれていた。

 

「来ると思っていたぞ、リアス」

 

「なら、話が早いわね」

 

 戦闘が始まった。

 

 リアス先輩の滅びの魔力が、ライザーを撃つ。当たっている。効いていないわけではない。

 

 それでも、戻る。

 

 傷が塞がり、炎が形を取り戻す。

 

 不死身という言葉が、画面越しに現実味を持った。

 

---

 

 その時、一誠の左手が光った。

 

 中継の音声が、一瞬だけノイズを拾った。

 

『Transfer』

 

 聞いたことのない音声だった。

 

 一誠は、自分の溜めた力を、木場くんへ渡した。

 

 木場くんの周囲の地面から、無数の剣が生えた。魔剣創造が、桁違いの規模に膨れ上がっている。剣の森が、敵の駒たちを飲み込んだ。

 

『ライザー様のポーン、二名リタイア』

 

『ライザー様のナイト、一名リタイア』

 

『ライザー様のビショップ、一名リタイア』

 

 アナウンスが続けざまに響いた。

 

 私は、画面を見つめたまま、少しの間動けなかった。

 

 一誠の力は、自分だけを強くするものではなかった。積み上げたものを、誰かへ渡す。弱いまま積み上げた力が、仲間の剣を届かせる。

 

 それは、兵藤一誠らしい力だと思った。

 

---

 

 だが、盤面は待ってくれなかった。

 

 ライザーのクイーンが動いた。

 

 朱乃さんが迎え撃つ。雷が空を裂く。画面が何度も白く飛んだ。互角に見えた。互角に見えたのは、途中までだった。

 

『リアス様のクイーン、一名リタイア』

 

 朱乃さんが、消えた。

 

 続けて、消耗していた木場くんにもクイーンの攻撃が届いた。

 

『リアス様のナイト、一名リタイア』

 

 さっきまで盤面を作っていた二人が、続けて消えた。作戦が崩れる音がした気がした。

 

 画面の中から、仲間が一人ずつ消えていく。

 

 小猫さん。朱乃さん。木場くん。

 

 名前が告げられるたび、盤面が狭くなっていく。

 

 私は椅子の肘掛けを握ったまま、それを見ているしかなかった。

 

---

 

 一誠が、新校舎へ入った。

 

「プロモーション……!」

 

 画面の中で、一誠が叫んだ。

 

「クイーン……」

 

「最も自由度の高い駒よ」

 

「一誠が、ですか」

 

「ええ。あの子が今、盤面で最も動ける駒になった」

 

 一誠は走った。ボロボロのまま、リアス先輩とアーシアさんのいる屋上へ。

 

---

 

 屋上に着いた直後だった。

 

 ライザーのクイーンの爆撃が、屋上を薙いだ。

 

 アーシアさんが、巻き込まれた。倒れて、動かなくなった。気を失っている。

 

 画面の中で、一誠の顔が変わった。

 

 怒りだけではない。恐怖だけでもない。

 

 それでも、止まらない顔だった。

 

 一誠はブーストした。もう一度。さらにもう一度。

 

 肉体が悲鳴を上げているのが、画面越しにも分かった。膝をつく。血を吐く。腕が上がらない。

 

 もう十分だった。そう思った。

 

 もう十分戦った。小猫さんが落ちた。朱乃さんも、木場くんも落ちた。アーシアさんも倒れた。

 

 だから、もう立たなくていい。

 

 そう思ったのに。

 

 立ってほしい、とも思ってしまった。

 

 どちらも本音だった。だから、何も言えなかった。

 

---

 

 ライザーは、圧倒的だった。

 

 一誠が殴られる。壁に叩きつけられる。落ちる。転がる。

 

 それでも、立つ。

 

 格好いい、とは思えなかった。

 

 痛々しかった。無謀だった。自分を大事にしていない戦い方だった。

 

 それでも、目を逸らせなかった。

 

「大丈夫っすよ、部長……」

 

 一誠は血を吐きながら、それでも笑おうとしていた。

 

「俺、どんなことしたって……勝ちますから」

 

 ライザーが一誠を殴った。

 

「俺、最強のポーンになるんです」

 

 もう一度、殴られる。

 

「部長と、約束したんです」

 

 膝が折れかける。それでも、一誠は倒れなかった。

 

「部長が鍛えてくれたんだし……まだ、戦えます」

 

「約束、守りますから」

 

「俺、部長のポーンですから」

 

「まだ、戦えますから」

 

 ライザーが、また一誠を殴った。

 

「まだ……戦えますから」

 

 やめてほしい。でも、止まらないでほしい。

 

 そんな矛盾した願いが、喉の奥でぶつかった。

 

「勝ちますから」

 

「俺、部長が笑ってくれるなら……」

 

 兵藤一誠は、あの人のために立っていた。

 

 誰かに命令されたからではない。駒だからでもない。

 

 自分でそうすると決めたから、立っていた。

 

---

 

 ライザーの表情が変わった。

 

 余裕が消えて、苛立ちが浮かんだ。倒れない一誠が、彼の何かを逆撫でしたらしい。

 

「ゲーム中の事故なら、多少やりすぎても問題にはならん」

 

 ライザーが低く言った。

 

 その手に、炎が集まった。今までとは、質の違う炎だった。

 

 まずい、と思った。

 

 あの炎は、リタイアさせるための攻撃には見えなかった。

 

 届かないと分かっているのに、手が伸びた。

 

 画面の中で、ライザーが一誠へ手を伸ばす。

 

 画面の外で、私は何もできない。

 

「ミライさん」

 

 支取会長の声が、背中に刺さった。

 

「助けに行くことはできません。これはグレモリー家とフェニックス家の間で正式に交わされた試合です」

 

「……分かっています」

 

 分かっている。

 

 分かっているから、余計に苦しかった。

 

---

 

 炎が振り下ろされる、その寸前。

 

 赤い髪が、画面を横切った。

 

「負けを、認めます」

 

 リアス先輩が、一誠に覆いかぶさるように飛び込んでいた。

 

 沈黙が、一拍。

 

『リアス様、リザイン』

 

 グレイフィアさんの声が、静かに告げた。

 

 試合終了。勝者、ライザー・フェニックス。

 

 画面の中で、リアス先輩は一誠を抱きしめていた。何かを言っている。けれど、その言葉だけは、中継の向こう側に置いていかれた。

 

---

 

 負けた。

 

 けれど、それは逃げではなかった。諦めでもなかった。

 

 これ以上、兵藤一誠を壊させないために、リアス先輩は盤面を降りたのだ。

 

 悔しい。納得できない。

 

 けれど、理解はできた。

 

 もし私があの場所にいて、同じものを目の前で見せられたなら。たぶん、同じことを願ってしまう。

 

 もう、やめてください、と。

 

 画面の中で、リアス先輩は一誠を抱きしめていた。

 

 盤面は終わった。

 

 けれど、私の中で何かが終わった気はしなかった。

 

 ただ、握りしめた拳だけが、どうしてもほどけなかった。

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