雨が、街を濡らしていた。
木場祐斗は、傘も差さずに歩いていた。学校を休んだ理由を、誰にも話していない。
路地の先に、その男はいた。白い法衣。腰に剣を提げた神父。フリード・セルゼン。
その手にあるものを見た瞬間、木場の中で何かが弾けた。布に包まれていても分かる。あの形状。あの気配。
――エクスカリバー。
「よぉ、失敗作くん。奇遇じゃねえか」
フリードが嗤う。木場は答えなかった。答える代わりに、地面へ手を伸ばす。魔力が収束し、一振りの剣が形を取った。
白い部屋。薬品の臭い。次々に倒れていく子供たち。
忘れたことなど、一度もない。
剣戟が、雨音を切り裂いた。
木場の剣は速い。対するフリードの動きは、正道の剣術とはほど遠かった。構えも足運びも崩れている。それでも、実戦の中で磨かれた勘と、相手の命を奪うことへの躊躇のなさがあった。定石から外れた一撃が、木場の剣をすり抜ける。狂気に任せているように見えて、その実、フリードは戦い慣れていた。
「いいねぇ、その目。憎しみに濁った目ってのは、見てて飽きねえよ!」
フリードが聖剣を振るう。木場は魔剣で受け流し、そのまま懐へ踏み込んだ。鋭い斬撃が、フリードの頬を掠める。血が流れても、フリードは笑ったままだった。
木場は追撃する。だが、普段ならば見落とさないはずの隙を一つ、感情に任せて踏み越えた。聖剣の切っ先が、木場の制服を裂く。二人の間に、僅かな距離が生まれた。
決着がつく前に、フリードの懐で何かが鳴った。
「あー、あー。……ちっ、間の悪い」
取り出した通信機から聞こえる声に、フリードが露骨に顔を歪める。
「残念だけど、上からお呼びがかかっちまったんでね」
聖剣を肩へ担ぎ、後ろへ跳ぶ。
「また遊ぼうぜ、失敗作くん」
「待て!」
木場は追った。しかし、路地の角を曲がった時には、フリードの姿も気配も消えていた。
雨の中、木場は立ち尽くす。握った拳の中に、消えない熱だけが残っていた。
放課後の部室に、木場くんの姿がなかった。
「木場、今日休みなのか?」
一誠が聞いた。
「ええ。学校にも、私にも連絡はないわ」
リアス先輩の声には、隠しきれない懸念があった。
一誠は、前日のアルバムでの木場くんの様子を思い出しているようだった。私も同じだった。写真の中の剣を見つめていた、あの顔。忘れたかったものを、不意に目の前へ突きつけられたような表情。
単なる体調不良ではない。誰もが、それを分かっていた。
しばらく続いた沈黙の後、リアス先輩が静かに切り出した。
「祐斗は、教会が行った聖剣計画の生き残りよ」
部屋の空気が、一段沈んだ。
リアス先輩は、必要な部分だけを短く語った。
教会の聖剣計画。人工的に、エクスカリバーへ適合できる人間を生み出すための実験。多くの子供たちが集められ、訓練と実験を受けさせられた。しかし、誰一人として聖剣へ適合できなかった。計画の主導者は、失敗を隠すために被験者たちを処分した。木場くんだけが、瀕死の状態で逃げ延びた。
復讐だけを胸に抱いていた彼を、リアス先輩が悪魔へ転生させた。
「そんな計画……私は、聞いたことがありません」
アーシアさんの声が震えていた。
「教会の中でも、秘匿されていた計画なのでしょうね」
リアス先輩はそれだけ言うと、僅かに目を伏せた。
「私は、あの子に復讐だけのために二度目の命を使ってほしくない」
それは、戦力としての木場くんを惜しむ言葉ではなかった。過去に縛られたままではなく、いつか自分のために生きてほしい。部長としての、あるいはそれ以上の願いだった。
私は何も言わなかった。言葉にできるほど、簡単な話ではなかった。
その時、部室の扉が静かに叩かれた。
「失礼するわ」
入ってきたのは、支取会長と椿さんだった。朱乃さんは二人が来ることを知っていたらしく、驚いた様子を見せなかった。
支取会長は部屋の中を一度見渡してから、リアス先輩へ視線を向けた。
「リアス。この後、少し時間をもらえるかしら」
「今ここでは話せないこと?」
「ええ」
支取会長は、それ以上の説明をしなかった。
「あなたと朱乃だけで来てほしいわ。場所は、私の家で」
リアス先輩は、支取会長の表情を見つめた。普段どおり冷静ではあったけれど、ただの私的な誘いではないことは、私にも分かった。
「分かったわ。後で伺う」
「待っているわ」
支取会長と椿さんは、用件の内容には一切触れないまま、部室を後にした。
放課後、私は一誠とアーシアさんと一緒に学園を出た。
一誠の家は、私の家へ帰る途中にある。そのため、帰る方向が同じ日は、こうして途中まで一緒になることが多かった。
「……何だ、この気配」
「怖い、です……」
二人が感じている悪寒を、私は共有できなかった。私は悪魔ではない。けれど、二人の反応だけで、家の中に普通ではない何かがあることは分かった。
「母さん……!」
一誠が玄関へ駆け込む。
しかし、家の中から聞こえてきたのは、悲鳴でも争う音でもなかった。一誠のお母さんと、誰かが楽しそうに話す声だった。
居間には、二人の来客がいた。
一人は、金髪を二つに結んだ、活発そうな少女。もう一人は、青みがかった短い髪と、鍛え上げられた身体を持つ少女。
「久しぶり、一誠くん!」
金髪の少女が、一誠へ満面の笑みを向けた。
「……誰だ、お前?」
「イリナだよ! 紫藤イリナ!」
「イリナって……男じゃなかったのか!?」
私は昨日見た写真の少年と、目の前の少女の顔を見比べた。確かに、同じ顔だった。幼い頃は、少年のような髪型と服装をしていたのだろう。一誠が男の子だと思い込んでいたのも、無理はない。
「失礼だなぁ! 昔から女の子だよ!」
「嘘だろ!?」
「嘘じゃないよ!」
イリナさんは、一誠にも、一誠のお母さんにも、変わらず人懐こく接していた。
もう一人――ゼノヴィアさんは、礼儀正しく振る舞いながらも、一誠とアーシアさんを警戒していた。そして私へは、所属の分からない存在を測るような視線を向けていた。
その目が、アーシアさんの上で一瞬だけ止まる。何かに気づいたように、私には見えた。ただ、一誠のお母さんの前では何も口にしなかった。
そこへ、玄関の扉が勢いよく開いた。
「一誠! アーシア!」
リアス先輩が、珍しく息を切らせて立っていた。
二人の姿を認めると、迷うことなく駆け寄り、そのまま強く抱きしめる。
「無事でよかった……」
「部長、苦しいっす」
「少しくらい我慢しなさい」
「リアスお姉さま……」
普段は冷静なリアス先輩が、これほど焦っていた。そのことに、私は少し驚いた。
イリナさんとゼノヴィアさんは、翌日の会談について確認すると、兵藤家を後にした。イリナさんは最後まで笑顔だった。ゼノヴィアさんは、帰り際にも一度だけ、アーシアさんへ視線を向けていた。
翌日の放課後。
部室には、多くの顔が揃っていた。
リアス先輩、朱乃さん、一誠、アーシアさん、小猫さん、木場くん、そして私。向かい側には、紫藤イリナさんとゼノヴィアさんが座っている。
木場くんは、会談が始まる少し前に部室へ現れた。リアス先輩が、昨日どこにいたのか尋ねても、
「少し、調べたいことがありました」
としか答えなかった。嘘ではない。けれど、すべてを話しているわけでもない。少なくとも、私にはそう見えた。
今も木場くんは、普段より無口だった。イリナさんとゼノヴィアさんが持つ、布に包まれた聖剣から目を離さない。
彼が見ているのは、二人ではなかった。布に包まれた、その剣だった。
ゼノヴィアさんが、用件を切り出した。
「我々の目的は、奪われた聖剣の回収だ。君たち悪魔と争うために来たわけではない」
教会が保管していたエクスカリバーのうち、三本が堕天使に奪われた。堕天使たちは、その聖剣を駒王町周辺へ持ち込んでいる可能性が高いという。
「我々は三本を奪還する。困難であれば、その場で破壊するつもりだ」
ゼノヴィアさんは、リアス先輩と支取会長を順に見た。
「そのため、君たちには介入しないでもらいたい」
「私たちが、堕天使へ協力しているとでも?」
リアス先輩の声が低くなる。
「その可能性を確認するための会談でもある」
「ずいぶんな物言いね」
「悪魔にとって、聖剣は忌むべき存在だ。本部は、君たちが堕天使と裏で通じている可能性も捨てていない」
ゼノヴィアさんは表情を変えない。
「もし通じているのなら、本部からは必要に応じて消滅させても構わないと言われている」
リアス先輩は、不快感を隠さなかった。けれど、感情のままに言葉を返すことはしなかった。
「私たちは堕天使と協力していない。奪われた聖剣についても、今初めて聞いたわ。少なくとも現時点で、私たちがあなたたちの作戦へ介入する理由はないわ」
「それが確認できれば十分だ」
会談は、ひとまず問題なく終わるはずだった。
イリナさんとゼノヴィアさんが席を立とうとした時だった。
ゼノヴィアさんの目が、アーシアさんへ向いた。
「そういえば、君には確認しておきたいことがある」
アーシアさんの身体が強張る。
「君が、魔女として教会を追放された元聖女か」
部屋の空気が凍った。
一誠が声を上げようとする。
「お前――」
その腕を、小猫さんが一度だけ押さえた。一誠が小猫さんを見る。けれど、小猫さんの視線はアーシアさんへ向いていた。
アーシアさん自身が、答えようとしている。
私も、反論の言葉が喉元まで出かかった。それでも、声には出さなかった。
アーシアさんは逃げようとしているのではない。自分の言葉を探している。ならば、私が先に答えるべきではない。
「悪魔となった今も、君は神を信じているのか?」
ゼノヴィアさんが問うた。
「捨てきれないだけです」
アーシアさんの声は震えていた。それでも、逃げてはいなかった。
「ずっと、信じてきたのですから」
その答えを、私は弱さだとは思わなかった。信じてきた時間そのものを、今さら嘘にすることはできない。それは、アーシアさんの誠実さだった。
私自身の中にも、似たものがある。流し込まれた記憶。誰かの物語への憧れ。最初の由来がどこにあったとしても、今、私がそれを大切に思っている気持ちまで偽物になるわけではない。
「ならば、私たちに斬られるといい」
ゼノヴィアさんの声に、嘲りはなかった。それが、余計に恐ろしかった。
「君が罪深い悪魔となっていたとしても、神は救いの手を差し伸べてくださるはずだ」
迷いなく、彼女は続ける。
「せめて、私の手で断罪してやろう」
リアス先輩の周囲に、赤黒い魔力が滲んだ。朱乃さんの笑みからも、いつもの柔らかさが消えている。
「ゼノヴィア。それ以上、私の眷属を侮辱するなら――」
その言葉を遮るように、一誠が立ち上がった。
彼女は本気だった。本気で、アーシアさんを斬ることが救済になると信じている。
理解できなかった。アーシアさんを傷つけることを、どうして救いと呼べるのですか。
胸の奥で、何かが焼けるように熱くなった。
隣を見る。
一誠の拳が、震えていた。
言ってください。
私は、心の中で願った。
今、一誠が言わなければならないことを。
「今、アーシアを魔女って言ったな」
一誠の声は荒かった。
「ふざけんなよ」
「一誠さん……」
「自分たちで勝手に聖女に祭り上げて、都合が悪くなったら魔女扱いかよ!」
整った理屈ではなかった。けれど、そこにある熱だけは、誰の目にも明らかだった。
「アーシアはな、ずっと一人だったんだぞ!」
一誠が拳を握る。
「誰かを助けたくて、悪魔まで治して、それで全部失ったんだ!」
「一誠さん、私……」
「何が信仰だ! 何が神様だ!」
一誠は、アーシアさんを庇うように前へ出た。
「アーシアの優しさも分からない奴らなんて、みんな馬鹿野郎だ!」
論理的に整っていないことは、私にも分かった。けれど、今アーシアさんが必要としているのは、教義の正しさではない。自分のために、理屈抜きで怒ってくれる人だった。
「君は、彼女の何だ?」
ゼノヴィアさんが尋ねる。
「家族だ」
一誠は、迷いなく答えた。
「友達で、仲間だ」
アーシアさんが顔を上げる。
「アーシアは、俺たちの大事な家族だ!」
一誠は、ゼノヴィアさんを真っ直ぐに見た。
「お前たちがアーシアに手を出すなら、俺はお前たち全員を敵に回しても戦う!」
私は、口には出さなかった。
よく言いました。
心の中だけで、そう告げた。
一誠の後ろ姿が、少しだけ勇者のように見えた。
「ゼノヴィア。そこまで言わなくても……」
イリナさんが、控えめに割って入った。
「イリナ、君も教会の戦士だろう」
「そうだけど……」
イリナさんは何かを言おうとして、結局、口を閉ざした。任務と、目の前にいるアーシアさんとの間で、答えを決めきれずにいるように見えた。
「言葉だけなら、誰にでも言える」
ゼノヴィアさんが一誠を見る。
「それほど彼女を守ると言うのなら、その覚悟を示してみるか?」
一誠は即座に答えた。
「上等だ」
「待ちなさい、一誠」
リアス先輩が制止する。
だが、その声に重なるように、別の人物が立ち上がった。
「彼一人に背負わせるつもりはありません」
木場くんの声は静かだった。けれど、普段の穏やかさは抜け落ちている。
「聖剣を持つ者の相手なら、僕がします」
木場くんの目は、ゼノヴィアさんではなく、その手にある聖剣へ向けられていた。アーシアさんを守るためだけに立ち上がったのではない。少なくとも、私にはそう見えた。
一誠は、アーシアさんのために立った。
木場くんは、今も自分を縛る過去へ向かって立っている。
同じ場所に立っていても、向いている先が違っていた。
「いいだろう」
ゼノヴィアさんが、布へ包まれていた聖剣へ手をかける。
「君の魔剣が、どこまで聖剣に通じるか見せてもらう」
「なら、私は一誠くんの相手をするよ!」
イリナさんが、妙に明るい声を上げた。
「何でそんなに楽しそうなんだよ!?」
「幼馴染との真剣勝負なんて、なかなかできないじゃない!」
浮かれているように見える。それでも、遊びではなかった。教会の戦士としての本気が、その笑顔の奥にあった。
リアス先輩は、しばらく一誠と木場くんを見つめていた。
本来なら、認めるべきではない。それでも、このまま感情だけを残して別れれば、二人が自分の目の届かない場所で戦う可能性がある。
「分かったわ。ただし、私の管理下で行いなさい」
「殺傷は禁止。勝敗は降参、あるいは戦闘続行が不可能になった時点で決するわ」
「異論はない」
ゼノヴィアさんが答えた。
「私も大丈夫だよ」
「俺もだ」
「僕も構いません」
こうして、非公式の手合わせが決まった。
場所を、旧校舎裏へ移した。周囲には、リアス先輩が結界を張っている。
木場くんの手に、魔剣が形を取った。その正面で、ゼノヴィアさんが布を解き、露わになった聖剣を構える。二人の間には、殺気に近い緊張が張り詰めていた。
少し離れた場所では、イリナさんが細身の聖剣を手にしている。向かい合う一誠は、左腕へ赤い籠手を出現させた。こちらの空気は、木場くんたちに比べれば軽い。それでも、一誠の目には、アーシアさんのために勝つという決意があった。
私は手合わせには参加しない。これは、一誠と木場くんが、自分の意思で立った戦いだ。それでも、何も言わずに見送るつもりはなかった。
「一誠」
彼が振り返る。
「勝ってください」
「おう。任せろ」
「アーシアさんの前で格好をつけたのです。負けた場合は、相応に恥ずかしいですよ」
「応援してるのか、プレッシャーかけてるのか、どっちだ!?」
「両方です」
一誠は少し笑って、再び前を向いた。
木場くんが魔剣を構える。ゼノヴィアさんが、聖剣の切っ先を向ける。その隣では、イリナさんが楽しそうに剣を構え、一誠が赤い籠手を掲げていた。
二つの手合わせ。
けれど、そこに流れる空気は、まるで違っていた。
一誠は、もう振り返らなかった。ただ、先ほどの言葉に応えるように、赤い籠手を強く握り締めた。
あなたが一番好きな平成ライダーは?
-
クウガ
-
アギト
-
龍騎
-
555
-
ブレイド
-
響鬼
-
カブト
-
電王
-
キバ
-
ディケイド
-
W
-
OOO
-
フォーゼ
-
ウィザード
-
鎧武
-
ドライブ
-
ゴースト
-
エグゼイド
-
ビルド
-
ジオウ