止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第16刻 一人にしないために

旧校舎の裏手で、四人の男女が向かい合っていた。リアス先輩が張った結界の内側。木場くんとゼノヴィアさん。一誠とイリナさん。二つの手合わせが、ほとんど同時に始まろうとしていた。

 

 私はリアス先輩、朱乃さん、アーシアさん、小猫さんと共に、結界の境界から四人の姿を見守っていた。先に空気が張り詰めたのは、木場くんたちの側だった。

 

 

 木場くんの手に魔剣が生まれる。一振りではない。地面から、空中から、次々と異なる形状の剣が作り出されていく。対するゼノヴィアさんが構えたのは、破壊の力を宿す聖剣――エクスカリバー・デストラクション。

 

「始め!」

 

 リアス先輩の声が響いた瞬間、木場くんの姿が消えた。正確には、私の目で追うのが難しいほどの速度で踏み込んだのだ。

 

 右からの一閃。ゼノヴィアさんが聖剣で受ける。金属音が響き渡る前に、木場くんはすでに左へ回り込んでいた。二本目の魔剣を逆手に握り、脇腹を狙う。ゼノヴィアさんが身体を捻ってそれをかわすと、今度は背後から三本の魔剣が飛来した。

 

「速いな」

 

 ゼノヴィアさんが短く評する。決してお世辞ではない。木場くんの速度と手数は、確実にゼノヴィアさんを防御へ回らせていた。

 

 けれど。

 

 何度打ち込んでも、木場くんの剣は決定的な場所へ届かない。ゼノヴィアさんは一歩も退くことなく、正面からすべてを受け止めていた。

 

 木場くんの剣は速い。けれど、荒い。合宿で見た彼の剣は、一誠へ教える立場にふさわしい、無駄のない洗練されたものだった。だが、今は違う。踏み込みが深すぎる。振りが大きすぎる。一撃ごとに、相手を倒すためというより、目の前の聖剣へ怒りを叩きつけるような重さがあった。木場くんの目は、ゼノヴィアさんを見ていない。彼女の手にある聖剣だけを見つめているように、私には見えた。

 

「感情で剣を振っているな」

 

 打ち合いの最中、ゼノヴィアさんが静かに告げた。

 

「君の剣技は悪くない。だが、憎しみだけで振る剣は軌道が読みやすい」

 

「あなたに……何が分かるんですか!」

 

 木場くんが地面を蹴る。左右から二本。正面から三本。さらに木場くん自身が握った魔剣が、ゼノヴィアさんの頭上から激しく振り下ろされる。

 

 しかし、ゼノヴィアさんは避けなかった。エクスカリバー・デストラクションを、力任せに横へと薙ぎ払う。

 

 凄まじい衝撃が、結界の内側を駆け抜けた。木場くんが作り出した五本の魔剣が、まとめて木端微塵に砕け散る。それだけではない。地面が大きく抉れ、土と石が弾け飛び、亀裂が結界の端にまで達していた。

 

「これが、破壊の聖剣……」

 

 アーシアさんが息を呑み、小さく呟いた。

 

 木場くんは沸き立つ土煙の中から飛び退き、着地と同時に新たな魔剣を作り出した。退くつもりはないようだった。正面から押し切れないことなど、本人が一番分かっているはずだ。それでも、聖剣から目を離さないまま、再びゼノヴィアさんへ向かっていく。

 

 

「うわっ!」

 

 突如響いた一誠の声に振り向くと、細長く変形した聖剣が、彼の足元を薙ぎ払っていた。一誠は慌てて飛び退く。イリナさんの持つエクスカリバー・ミミックは、刀身の形を自在に変えられるらしい。直剣だった刃が鞭のようにしなり、次の瞬間には細い槍のように伸びてくる。一誠は左腕の赤い籠手で、迫り来る切っ先を弾いた。

 

 高い金属音が響く。籠手で防いでいる限り、聖剣の力が直接一誠の身体へ入り込むことは、ある程度避けられているようだった。けれど、ただ受け止めているだけだ。一誠は反撃に移れない。剣術も、間合いの取り方も、イリナさんの方が一枚上手だった。

 

「どうしたの、一誠くん! 逃げてばっかりじゃ勝てないよ!」

 

「俺だって好きで逃げてるわけじゃねえ!」

 

 一誠が必死に横へ転がる。その直後、先ほどまで彼の頭があった場所を聖剣の刃が通過した。

 

『Boost!』

 

 籠手から、聞き慣れた重低音が響く。一誠は攻撃を避けながら、ブーステッド・ギアで力を倍加させていた。ただ無様に逃げ回っているわけではない。それは分かる。けれど、一誠の視線はイリナさんの剣ではなく、時折、彼女自身へ――特にその手元へと向いていた。

 

「……一誠、何か狙っていますね」

 

 私が怪訝に思って呟くと、隣にいた小猫さんが僅かに目を細めた。次の瞬間、小猫さんが、対戦相手であるイリナさんへ声を飛ばす。

 

「気をつけてください」

 

「え?」

 

「その人、女性の服を破壊する技を使います」

 

 一誠の動きが劇的に硬直した。

 

「おい、小猫ちゃん! なんで言っちまうんだよ!」

 

「女性の敵です」

 

「ぐっ……!」

 

 一誠は何か言い返そうとして、口を開いたまま固まった。どうやら否定はできないらしい。

 

「服を破壊する技って……」

 

 イリナさんが、自分の身体を隠すように一歩退いた。

 

「一誠くん、そんな技を作ったの!?」

 

「人聞きの悪い言い方すんな! 俺の魔力特性に合わせて生み出した、由緒正しい必殺技だ!」

 

「由緒はどこにあるのですか」

 

 思わず私も口を挟んでしまう。

 

「これから作るんだよ!」

 

「やはり、今はないのですね」

 

 一誠は私に言い返そうとしたが、容赦なく迫るイリナさんの斬撃に気づき、慌てて籠手で受け止めた。

 

 まさか、戦闘中に狙っていた切り札がそんなものだったとは。呆れるほかない。ただ、あれほど追い詰められながらも、その不純な目的を諦めていないことだけは、別の意味で驚異的な執念と言えた。

 

 

 その時、木場くんが再び鋭く踏み込んだ。今度は、先ほどまでを遥かに上回る数の魔剣を生み出している。地面に突き刺さった剣。空中に浮かぶ剣。木場くんが両手に握る剣。それらが一斉に、四方八方からゼノヴィアさんへ襲いかかる。

 

「数で押し切るつもりか」

 

「あなたの聖剣を……砕きます!」

 

「ならば、やってみろ!」

 

 破壊の聖剣が、轟音と共に振り下ろされた。地面そのものが激しく揺れ、リアス先輩の張った結界が震える。無数の魔剣が、次々と粉々に砕け散っていった。

 

 木場くんは破壊の余波を横へかわし、ゼノヴィアさんの懐へ入り込もうとする。しかし、足元の地面まで無残に砕かれている。これでは十分な踏み込みができない。

 

 ゼノヴィアさんが素早く剣の柄を返し、木場くんの魔剣を下から激しく弾き上げた。体勢を大きく崩した木場くんの胸元へ、聖剣の柄頭が肉薄する。木場くんは辛うじて身体を捻り、鳩尾への直撃こそ避けた。それでも衝撃までは殺しきれない。地面を何度も激しく転がり、土煙の中でようやく動きを止めた。

 

「木場さん!」

 

 アーシアさんが悲鳴に似た声を上げた。木場くんはすぐに立ち上がったものの、その口元からは僅かに血が流れている。それでも、彼は再び魔剣を作り出した。

 

 ゼノヴィアさんは追撃を仕掛けず、ただ木場くんを正面から見据えていた。

 

「まだ続けるのか」

 

「当然です」

 

 その返答に迷いはなかった。けれど、その頑ななまでの迷いのなさが、私にはひどく危ういものに思えてならなかった。

 

 

『Boost!』

 

 再び一誠の籠手から声が響いた。ブーステッド・ギアが倍加してきた力は、十分な量に達したらしい。それまで防戦一方だった一誠の動きが、一瞬にして切り替わった。

 

 イリナさんの聖剣が鞭のようにしなって迫る。一誠は上体を僅かに反らし、それを紙一重でかわした。そのまま足を止めることなく、一気にイリナさんとの距離を詰める。次の刺突を籠手で外側へ受け流し、肩を深く沈め、その懐へと潜り込もうとした。

 

「一誠さんの動きが……」

 

 アーシアさんが驚きに目を見開く。先ほどまで一方的に追い回されていた人物とは思えない。動きがしなやかで、極めて機敏になっている。無駄な力が抜け、イリナさんの剣を必要最低限の動作でかわしきっていた。

 

「単なるスケベ根性です」

 

 小猫さんが極めて冷静に解説する。

 

「それだけで、あれほど動けるのですか?」

 

「先輩ですから」

 

 説明になっているようで、まったく説明になっていません、小猫さん。

 

「ちょ、ちょっと、一誠くん! 近いって!」

 

「待て、イリナ!」

 

「待つわけないでしょ!」

 

 一誠の意図を察したイリナさんは、今度は自分が逃げ回り始めた。聖剣を振るいながら距離を保ち、一誠の手が届く寸前で身体をかわす。

 

 一誠は諦めずに何度も手を伸ばした。右手、左手。指先が制服の袖に触れかけるたび、イリナさんが間一髪のところで逃れる。

 

「あと少しなんだよ!」

 

「何があと少しなのよ!?」

 

「俺の夢までだ!」

 

「そんな夢はさっさと捨てなさい!」

 

 しかし、一誠は止まらない。剣を避け、追い、また避ける。動機はまったく理解できないが、その執念だけは本物だった。やがて、しびれを切らした一誠が大きく踏み込んだ。

 

「ドレス――!」

 

 両腕を大きく広げ、イリナさんへ飛びつく。だが、イリナさんはその場で素早くしゃがみ込んだ。

 

「へ?」

 

 一誠の身体が、彼女の頭上を勢いよく通り過ぎる。その先にいたのは、小猫さんとアーシアさんだった。

 

「先輩」

 

「一誠さん?」

 

 一誠は止まりきれず、左右の手がそれぞれ小猫さんとアーシアさんの肩口へ触れた。

 

「――ブレイク!」

 

 すでに発動しかけていた魔力は止まらず、二人の制服が光の粒となって、一斉に弾け飛んだ。私は反射的に顔を背けた。

 

「きゃあっ!」

 

 アーシアさんの悲鳴が響き渡る。直後、朱乃さんが魔法陣から二枚の外套を取り出し、二人へ投げかけた。

 

「一誠先輩」

 

 小猫さんの声が、地の底から響くように低かった。

 

「ま、待て! 事故だ! 今のは完全な事故――」

 

 言い終わる前に、鈍い衝撃音が響いた。一誠の身体が、綺麗な放物線を描いて吹き飛んだ。結界の端近くまで飛ばされ、そのまま地面へ叩きつけられる。

 

「一誠さん!」

 

 私は一誠の安否よりも先に、アーシアさんと小猫さんのもとへ駆け寄った。

 

「お二人とも、怪我はありませんか?」

 

「は、はい……」

 

 アーシアさんは外套をきつく身体に巻きつけ、顔を真っ赤に染めている。小猫さんも外套を纏いながら、一誠が吹き飛ばされた方向を冷たく睨みつけていた。

 

「正当防衛ですわね」

 

 朱乃さんが朗らかな笑顔で言った。リアス先輩も、その点に関しては異論がないようだった。

 

「一誠たちの手合わせは、一度中断します」

 

 リアス先輩が告げる。イリナさんも剣を下げ、地面に倒れている一誠のそばへ歩み寄った。

 

 

「あのね、一誠くん」

 

「……なんだよ」

 

「これは天罰だと思うの」

 

 イリナさんは腰に手を当て、地面に倒れている一誠を見下ろした。

 

「だから、こんな卑猥な技は今すぐ封印すること。いい?」

 

「嫌だ……」

 

 小さく、しかし妙に芯のある、かすれた声だった。

 

「え?」

 

「俺は……この技に、魔力の才能をすべて注ぎ込んだんだ」

 

 一誠の声が、急に真剣なものへと変わった。私は呆れつつも、思わず耳を傾けてしまう。まさか、先ほどの失敗を経て、自分の力の使い方について何か大切な決意でも語るのだろうか。

 

「俺には、二つの道があった」

 

 一誠が震える腕で、固く拳を握りしめる。

 

「女の子の服が、透明に見えるようになる技」

 

「その時点でおかしいよ」

 

「そして、服そのものを弾け飛ばす技」

 

「どっちもおかしいよ!」

 

「俺は悩んだ。夜も眠れないくらい、本気で悩んだんだ」

 

「もっと生産的なことで悩みなさいよ!」

 

 一誠は、イリナさんのもっともな指摘を完全に無視した。

 

「そして、俺は決めた。見えるだけじゃ駄目だ。俺は、この手で未来を切り開くってな!」

 

 ……未来という言葉を、そのように不名誉に使わないでください。

 

「もっとだ……もっと多くの女の子の服を弾け飛ばすんだ」

 

「やめなさいってば!」

 

「いつかは触れなくても発動できるようにする。そして最後には――」

 

 一誠が顔を上げた。その瞳だけは、恐ろしいほどに真っ直ぐだった。

 

「見ただけで服を破壊できる技へ昇華させる!」

 

 イリナさんが完全に言葉を失った。

 

「その日まで、俺は戦い続ける!」

 

「そんなことで、どうしてそこまで戦えるのよ!?」

 

 一誠は最後の気力を振り絞るように、天に向かって拳を掲げた。

 

「エロこそ力。エロこそ正義だ」

 

 場に、重苦しい静寂が落ちた。私はどう反応すべきか、本当に困ってしまった。一誠は自分の不純な欲望を、一切誤魔化そうとしない。恥じることも、取り繕うこともなく、大真面目に主張している。先ほどの会談で、アーシアさんを「家族だ」と言い切ったあの後ろ姿は、少しだけ勇者のように見えた。だが今、地面に倒れているこの男が、あの時と同じ一誠だとは本当に思いたくなかった。

 

「それで、一誠」

 

 リアス先輩が、呆れを隠そうともしない声で尋ねた。

 

「本当に手合わせを続けられるの?」

 

「当然だ……!」

 

 一誠は一度大きく息を吐き、足元を確かめながら立ち上がった。身体を軽く動かし、問題がないことを示すように赤い籠手を構える。

 

「ここからが本番だ」

 

 イリナさんも深く溜息をつきながら、エクスカリバー・ミミックを構え直した。

 

「では、再開します」

 

 リアス先輩の声と共に、一誠が踏み込む。先ほどまでと比べても、動きに大きな乱れはない。

 

「一誠くん」

 

 イリナさんが、深く息を吐き出す。

 

「戦っている最中に、格好つけすぎだよ」

 

「へ?」

 

 エクスカリバー・ミミックの形状が変化した。鞭のようにしなった鋭い刃が、地面すれすれを走る。一誠は慌てて籠手を構えたが、変則的な軌道を描いた刃は、その外側をすり抜けた。刃が一誠の腹部を浅く掠める。

 

「ぐっ……!」

 

 傷そのものは深くない。けれど、悪魔である一誠にとって、聖剣による一撃はただの切り傷では済まない。一誠は苦痛に腹部を押さえ、その場へ膝をついた。

 

「そこまで。一誠の戦闘続行は不可能と判断します」

 

「勝負ありね」

 

 イリナさんが剣を元の形状へと戻した。

 

 

 ほぼ同じ頃。

 

 木場くんが、ゼノヴィアさんへ最後の突撃を仕掛けていた。木場くんの手には、これまでよりも巨大な魔剣が握られている。

 

「僕は……あの聖剣を!」

 

 踏み込みは速い。けれど、あまりにも直線的すぎた。ゼノヴィアさんは冷静に正面から迎え撃つ。木場くんが魔剣を振り下ろす寸前、ゼノヴィアさんが僅かに身体をずらした。エクスカリバー・デストラクションが、木場くんの魔剣を横から打ち砕く。

 

 体勢を大きく崩した木場くんの懐へ、ゼノヴィアさんが一歩踏み込んだ。聖剣を振り返すのではなく、そのまま肩から木場くんの身体へと激突する。

 

「がっ……!」

 

 木場くんの身体が地面へ激しく叩きつけられた。砕け散った魔剣の破片が、その周囲へ降り注ぐ。

 

「そこまで!」

 

 リアス先輩の声が結界に響き渡った。

 

 木場くんは起き上がろうとした。腕に力を込めても、身体が持ち上がらない。ゼノヴィアさんは追撃をせず、倒れた木場くんを見下ろしていた。

 

「君の剣筋は良い」

 

 その声には、対戦相手を貶めるような響きはなかった。

 

「だが、今日の君は剣士ではなかった」

 

 木場くんの拳が、砕けた魔剣の破片のそばで、固く握りしめられる。

 

 二つの手合わせは、どちらも教会側の勝利という形で幕を閉じた。一誠の手合わせには予想外の騒動も挟まったが、再開後の一撃によって最終的な勝敗が決した。一誠は途中、イリナさんを本気で逃げ回らせた。木場くんも、ゼノヴィアさんにその剣技を認められている。それでも、敗北という結果だけは変わらなかった。

 

 

 手合わせが終わると、小猫さんとアーシアさんは、朱乃さんが魔法陣から取り出した予備の衣服へと着替えた。その後、アーシアさんが一誠と木場くんの治療を開始する。

 

 イリナさんとゼノヴィアさんは帰り支度を整え、結界の外へ出ようとしていた。その時、リアス先輩が二人を呼び止めた。

 

「最後に一つ、聞かせてもらえるかしら」

 

 ゼノヴィアさんが足を止め、振り返る。

 

「何だ?」

 

「聖剣を奪った堕天使は誰なの?」

 

 イリナさんの表情から、先ほどまでの明るさが一瞬にして消え去った。ゼノヴィアさんは、少しの沈黙を置いて答える。

 

「グリゴリの幹部、コカビエルだ」

 

 その名前が告げられた瞬間、場の空気が一変した。リアス先輩の表情が強張る。朱乃さんの目からも、いつもの余裕めいた笑みが消えていた。

 

「幹部が、直接……」

 

 リアス先輩が呟く。

 

「そうだ。だから我々も、聖剣の奪還を急いでいる」

 

 ゼノヴィアさんはそれだけ答えると、今度こそ背を向けて去っていった。

 

 一誠の騒動で生まれた軽い空気は、完全に霧散していた。これは、失われた聖剣を回収するだけの単純な事件ではない。少なくとも私には、先ほどまでとは比べものにならない危険が迫っているように思えた。

 

 誰も、すぐには言葉を発しなかった。

 

 

 旧校舎の部室へ戻った頃には、窓の外が暗くなり始めていた。コカビエルの名が出たことで、今後の対応を本格的に考える必要がある。

 

 リアス先輩と朱乃さんが情報を整理する間も、木場くんは一言も話さなかった。ただ窓際に立ち、暗くなりゆく外を静かに見つめている。

 

「祐斗」

 

 リアス先輩が呼びかけた。

 

「……申し訳ありません、部長」

 

「手合わせのことを責めるつもりはないわ」

 

「違います」

 

 木場くんが振り返る。その顔には、普段の穏やかな笑みがなかった。

 

「僕は、聖剣を探します」

 

「駄目よ」

 

 リアス先輩は即座に、きっぱりと答えた。

 

「相手はコカビエルよ。あなた一人で動いていい相手ではないわ」

 

「だからこそ、部長たちを巻き込むわけにはいきません」

 

「あなたは私の眷属よ。あなた一人の問題ではないわ」

 

「これは僕の問題です」

 

 木場くんの声が僅かに震える。

 

「聖剣を見ると、抑えられなくなる。分かっているんです。あの剣そのものに罪があるわけではない。振るう者の問題だと」

 

 彼の指が強く握られた。

 

「でも、あの光を見ると、あの部屋の臭いを思い出す。皆の顔を思い出す。僕だけが生き残ったことを思い出す……!」

 

 誰も、言葉を挟むことができなかった。

 

「僕の名前も、この身体も、あの日に死んだ皆が生きられなかった時間の上にある」

 

 木場くんがリアス先輩を真っ直ぐに見つめた。

 

「だから、エクスカリバーは僕が壊します」

 

「祐斗。それは命令を無視するということよ」

 

「分かっています」

 

「なら、ここに残りなさい」

 

「申し訳ありません」

 

 木場くんは、深く頭を下げた。

 

「木場!」

 

 一誠が勢いよく立ち上がる。

 

「待てよ! 一人で行くことねえだろ!」

 

「ありがとう、兵藤くん」

 

 木場くんは、僅かに笑った。

 

「でも、これは僕が終わらせなければならないんだ」

 

 次の瞬間、木場くんの姿がぶれた。扉が開く音が響いた時には、すでに廊下の先からも彼の気配が消えていた。一誠と小猫さんがすぐに追う。私もその後へ続いた。けれど、旧校舎を出た時には、木場くんの姿はどこにもなかった。魔力の痕跡も、追跡に使えるほどには残っていない。

 

「くそっ!」

 

 一誠が拳を壁へ叩きつける。持ち前の速度に加え、意図的に追跡を避けたのだろう。簡単には見つけられそうにない。

 

 部室へ戻っても、重い空気は変わらなかった。リアス先輩は各方面へ連絡を取るため、私たちへ勝手に動かないよう告げた。アーシアさんは朱乃さんと一緒に帰ることになった。一誠は生返事をした。けれど、その目がまだ諦めていないことは、私にも分かった。

 

 

 旧校舎を出た後、一誠は案の定、兵藤家へ向かう道から外れた。周囲を警戒するように何度か振り返り、人通りの少ない方へ進んでいく。リアス先輩の指示に背いていることは、私にも分かっていた。それでも、木場くんが一人で動いていると知りながら、何もせず店へ帰ることはできなかった。

 

 少し離れた後ろを、小猫さんが追っている。私は、さらに距離を置いてその後を歩いていた。しばらくして、小猫さんがふと足を止める。

 

「……ミライ先輩」

 

「気づいていましたか」

 

「途中から」

 

 私は小猫さんの隣へと並んだ。

 

「小猫さんも、木場くんを探すのですか?」

 

「はい」

 

「リアス先輩には?」

 

「言っていません」

 

 短い返事だった。けれど、その声はいつもより僅かに硬い。

 

「……私もです」

 

 私たちは再び、一誠の後を追った。一誠を止めるためではない。彼が何をするつもりなのかを確かめる。その上で、私たちも木場くんを探す。少なくとも私は、そのつもりだった。

 

 

 一誠が向かったのは、人気の少ない静かな公園だった。しばらく待っていると、眼鏡をかけた男子生徒が現れる。生徒会の匙元士郎くんだ。

 

「急に呼び出して、何の用だよ」

 

「木場を探すのを手伝ってくれ」

 

 一誠は前置きもなく頼んだ。匙くんの表情が険しくなる。

 

「無理だ」

 

「まだ何も説明してねえだろ!」

 

「説明されなくても分かる。聖剣の件だろ」

 

 匙くんは眼鏡の位置を直した。

 

「会長から、今回の件には勝手に関わるなって言われてる。俺まで命令を破るわけにはいかねえ」

 

「木場が一人で行ったんだぞ!」

 

「だからって、俺が会長の命令を破っていい理由にはならないだろ!」

 

 匙くんも、木場くんを心配していないわけではないのだろう。少なくとも、言葉を切るたびに一誠から視線を逸らす様子からは、そう見えた。

 

「悪い。俺は協力できない」

 

 匙くんが背を向ける。

 

「待ってください」

 

 小猫さんが物陰から静かに姿を現した。

 

「小猫ちゃん!?」

 

 一誠と匙くんが、同時に目を見開く。

 

「木場先輩を、このまま一人にはできません」

 

「お前、いつからそこにいたんだよ!」

 

「最初からです」

 

「ずっとつけてたのか!?」

 

「はい」

 

「正確には、私もいます」

 

 私も小猫さんの隣へと歩み出た。

 

「ミライまで!?」

 

「途中からですが」

 

 一誠は私と小猫さんを交互に見た。

 

「何で二人とも俺をつけてるんだよ!」

 

「一人で木場くんを探しに行く顔をしていたからです」

 

「顔で分かるのかよ!?」

 

「はい」

 

「はい」

 

 私と小猫さんの声が重なった。一誠は口を開いたまま固まる。匙くんが、小さく溜息を吐いた。

 

「お前、本当に分かりやすいな」

 

「お前まで言うな!」

 

「それで、一誠先輩」

 

 小猫さんが話を本題へ戻す。

 

「どうするつもりですか」

 

 一誠の表情から、先ほどまでの狼狽が消えた。

 

「教会の二人は、奪われたエクスカリバーを取り戻したい。無理なら、壊してでも敵の手から奪うつもりだ」

 

 一誠は、私たち三人を順に見据えた。

 

「木場も、エクスカリバーを壊したがってる」

 

「目的は違うが、やろうとしていることは同じってことか」

 

 匙くんが呟いた。

 

「ああ」

 

 一誠は頷く。

 

「だったら、こっちから協力を持ちかければいい」

 

「教会の戦士と悪魔が組むのか?」

 

「ずっと仲良くしようって話じゃねえ。聖剣を壊すまでの間だけだ」

 

 一誠は力強く拳を握った。

 

「まず、イリナとゼノヴィアを探す。それから木場を見つける」

 

 一誠が自分で考えた作戦だった。単純ではあるが、教会側と木場くんの目的が重なる部分に目をつけた考えには、一本筋が通っている。

 

「理由は違っても、同じ相手を止めたいのなら協力はできます」

 

 一誠が私を見る。

 

「だろ?」

 

「ですが、教会側が悪魔との協力を簡単に受け入れるとは限りませんよ」

 

「その時は、その時だ」

 

「何も考えていないようにも聞こえますが」

 

「今は動く方が先だ!」

 

 相変わらず勢い任せだ。けれど、ここで考え続けていても、木場くんは戻ってこない。私は木場くんの捜索へ参加する。そこまでは決めていた。聖剣を巡る戦闘へ、リアス先輩に無断で加わるかどうかはまた別だ。

 

 匙くんはしばらく黙っていた。やがて、観念したように頭を掻く。

 

「……探すだけだからな」

 

「匙!」

 

「聖剣と木場の場所を探すだけだ。戦うなんて一言も言ってねえからな!」

 

「十分だ!」

 

「あと、会長にばれたら、お前に無理やり連れてこられたことにする」

 

「卑怯だぞ!」

 

「命令違反しようとしてる奴に言われたくねえ!」

 

 こうして、一誠、匙くん、小猫さん、私の四人で、教会側の二人を探すことになった。

 

 

 私たちは、まず繁華街へ向かった。教会関係者がこの町のどこに滞在しているのか、誰も知らない。宿泊施設、教会、人通りの多い場所。どこから探すべきか話し合おうとした時だった。

 

「……いた」

 

 小猫さんが、通りの端を指差した。

 

「早くないか?」

 

 一誠が呟く。

 

 道端に、二人の少女が座り込んでいた。紫藤イリナさんと、ゼノヴィアさん。二人の前には、小さな容器が置かれていた。

 

「……何してんだ、お前ら」

 

 一誠が近づきながら尋ねる。イリナさんが気まずそうに顔を逸らした。

 

「見て分からない?」

 

「分かりたくねえよ!」

 

「活動資金が尽きた」

 

 ゼノヴィアさんは、真顔で答えた。

 

「何でそんなに堂々としてんだよ!」

 

「事実だからだ」

 

「重要任務に派遣された人たちの補給状況としては、かなり問題があると思います」

 

 私が率直な感想を伝えると、イリナさんが肩を落とした。

 

「それは私たちも分かってるの……」

 

「資金管理も任務の一部ではないのですか」

 

「返す言葉もありません……」

 

「イリナ、気にする必要はない。食料がないという事実は、恥じても改善しない」

 

「ゼノヴィアは、もう少し恥ずかしそうにして!」

 

 教会から派遣された聖剣使いが、道端で物乞いをしている。コカビエルに奪われた聖剣を追っている凄腕の戦士たちとは、どうしても思えない光景だった。

 

 

 私たちは二人を近くのファミリーレストランへ連れていった。注文した料理が運ばれてくると、ゼノヴィアさんとイリナさんは一斉に食べ始めた。ゼノヴィアさんは無言で、真剣にフォークを動かしている。イリナさんは最初こそ恥ずかしそうにしていたが、空腹には勝てなかったらしい。

 

「追加を頼んでもいいか?」

 

 ゼノヴィアさんが尋ねる。匙くんの顔が引きつった。

 

「ま、まだ食うのか?」

 

「空腹の状態では、戦闘能力が低下する」

 

「理屈は正しいけど、俺たちの財布の中身は回復しねえんだぞ……」

 

 一誠も伝票を見て、顔を青くしていた。

 

 二人がある程度食べ終えたところで、一誠が本題を切り出す。

 

「頼みがある」

 

 ゼノヴィアさんが手を止めた。

 

「何だ?」

 

「俺たちも、奪われたエクスカリバーの破壊に協力させてほしい」

 

 イリナさんの表情が変わる。

 

「悪魔が、教会の任務に協力するの?」

 

「木場が一人で聖剣を追ってる」

 

 一誠は、木場くんがリアス先輩の命令に背いて単独行動へ移ったことを説明した。

 

「木場はエクスカリバーを壊したい。お前らも、取り戻せないなら壊すつもりなんだろ?」

 

「そうだ」

 

「なら、一緒に動ける」

 

 イリナさんはすぐには答えなかった。

 

「でも、一誠くんたちは悪魔だよ。私たちが簡単に信用できると思う?」

 

「信用しなくていい」

 

 一誠が即答する。

 

「今だけ、同じ相手を追えばいい」

 

 ゼノヴィアさんが一誠を見つめる。感情ではなく、提案の内容を測っているようだった。

 

「信用し合わなくても、今回だけ同じ目的のために動くことはできます」

 

 私が補足する。

 

「こちらは木場くんを探したい。あなたたちは聖剣を探したい。少なくとも、現時点では行動を共にする理由があります」

 

 イリナさんが、私を見た。

 

「そういえば、あなたからは悪魔の気配がしないよね」

 

「はい」

 

「あなたは悪魔ではないの?」

 

「悪魔ではありません」

 

 私は一誠たちを見る。

 

「でも、一誠たちの仲間です」

 

 イリナさんが僅かに目を見開いた。ゼノヴィアさんは腕を組み、しばらく考えた後に頷く。

 

「いいだろう」

 

「ゼノヴィア?」

 

「戦力が増えれば、任務の成功率は上がる。木場祐斗が聖剣を追っているのなら、彼を見つけることは我々にも利益がある」

 

 ゼノヴィアさんは一誠を見た。

 

「ただし、君たちを信用したわけではない」

 

「分かってる」

 

「目的が一致している間だけの共同作戦だ」

 

「ああ。それでいい」

 

 こうして、悪魔と教会の一時的な共同捜索が決まった。

 

 

 一誠、匙くん、小猫さん、私。ゼノヴィアさんとイリナさん。六人で木場くんを探し始めた。

 

 最初に確認したのは、木場くんが旧校舎から消えた方角。小猫さんが、完全には消しきれず残ったごく僅かな魔力の痕跡を探し、匙くんが周囲の道と使われなくなった建物を確認する。イリナさんとゼノヴィアさんは、聖剣の気配を探っていた。

 

 私は木場くんが一人で聖剣を追うなら、教会や人気のない建物を確認するのではないかと考え、地図と周囲の案内を見比べた。

 

 誰か一人の力で見つけたわけではない。幾つもの僅かな手掛かりを重ね合わせた結果、私たちは使われなくなった小さな礼拝堂の近くへたどり着いた。その前に、木場くんが一人で立っていた。

 

「木場!」

 

 一誠が声を上げる。木場くんが振り返る。その表情が、ゼノヴィアさんとイリナさんを見た瞬間に硬くなった。

 

「……どういうつもりですか、兵藤くん」

 

「お前を探しに来た」

 

「なぜ、教会の人間を連れているんです」

 

「聖剣を探すためだ」

 

 木場くんの周囲に魔力が集まり始める。ゼノヴィアさんも、反射的に聖剣の柄へ手を伸ばした。

 

「やめろ!」

 

 一誠が二人の間へ割って入る。

 

「今は喧嘩しに来たんじゃねえ!」

 

「僕にとっては同じです」

 

 木場くんの声は冷たかった。

 

「聖剣を持つ者と協力するつもりはありません」

 

「感情で任務を妨害されては困る」

 

 ゼノヴィアさんも一歩も引かない。

 

「君が聖剣計画の生き残りだというのなら、なおさらだ」

 

 木場くんの動きが止まった。

 

「……なぜ、それを」

 

「バルパー・ガリレイ」

 

 その名前を、ゼノヴィアさんが告げた。

 

「聖剣計画を主導した人物だ。『皆殺しの大司教』と呼ばれていた」

 

 木場くんの呼吸が一瞬、止まったように見えた。握られた拳が、微かに震えている。

 

「バルパー……」

 

「会談の後、連絡用の術式を通じて本部から追加情報が届いたの」

 

 イリナさんが言葉を継ぐ。

 

「バルパー・ガリレイが、コカビエルと行動を共にしている可能性が高いって」

 

 木場くんの表情から、僅かに残っていた余裕が消えた。

 

「生きている……?」

 

 その声は、驚くほど低かった。

 

「あの男が、まだ……」

 

 木場くんの周囲に魔力が膨れ上がる。怒りなのか、恐怖なのか、それとも別の感情なのか、私には断定できない。ただ、彼の呼吸は浅くなり、視線は私たちから外れていた。すでに私たちではなく、過去の何かを見ているようだった。

 

「木場」

 

 一誠が呼びかける。

 

「俺たちと一緒に行こう」

 

「必要ありません」

 

「必要あるだろ!」

 

「これは僕個人の問題です」

 

 木場くんは一誠を真っ直ぐに見た。

 

「君たちは手を引いてください」

 

「できるわけねえだろ」

 

「兵藤くん」

 

「お前が部長の命令を無視して一人で行ったって、仲間じゃなくなったわけじゃねえだろ!」

 

 一誠が一歩、木場くんへ近づく。

 

「このまま勝手に消えて、本当にはぐれ扱いされるつもりかよ!」

 

「覚悟の上だよ」

 

「俺たちは覚悟してねえよ!」

 

 木場くんが目を見開いた。一誠の声が、静まり返った夜の礼拝堂前へ響く。

 

「大事な仲間を、勝手に“はぐれ”になんかさせねえ!」

 

「お前一人に、復讐も危険も全部背負わせるつもりはない!」

 

「これは、僕の――」

 

「一人で復讐して、一人で消えようとすんな!」

 

 一誠の言葉は、決して綺麗に整ってはいなかった。それでも、前日の会談でアーシアさんを家族だと言った時と同じ、真摯な熱がこもっていた。今度は、その言葉が真っ直ぐ木場くんへ向けられている。

 

「木場くん」

 

 私も、一歩進み出て声をかけた。木場くんが私を見る。

 

「私も、木場くんを探しに来ました」

 

「ミライさんまで関わる必要はないよ」

 

「必要があるかどうかは、私が決めます」

 

「ですが――」

 

「戦うかどうかは、まだ決めていません」

 

 私は、自分の意思を曖昧にしないように言葉を選んだ。

 

「木場くんを探すことと、リアス先輩に無断で戦闘へ加わることは、同じではありません」

 

 木場くんは何も言わない。

 

「ですが、木場くんが一人でいなくなるのを、何もしないまま見送るつもりもありません」

 

 木場くんの復讐が正しいとは言えない。やめるべきだと、綺麗事で簡単に命じることもできない。彼が失った人たちのことを、私は知らない。知ったつもりにもなれない。それでも、一人で消えようとする木場くんを放置しないことだけは選べる。

 

「勝手ですね」

 

 木場くんが、力なく笑った。

 

「はい」

 

 一誠が即答する。

 

「仲間ってのは、そういうもんだろ」

 

「それは一誠が言うことではないと思います」

 

「ミライ、今は味方してくれよ!」

 

 緊迫していた空気が、僅かに和らいだ。木場くんは私たちの顔を順に見た。一誠、小猫さん、匙くん、私。そして、未だに警戒を解かないまま立っている教会の二人。

 

「……好きにしてください」

 

 少なくとも、先ほどまでの強い拒絶は、その声から失われていた。

 

「僕はバルパーと聖剣を追います。それでもついてくるというのなら、もう止めません」

 

 一誠が大きく息を吐き出す。

 

「最初から、そのつもりだ」

 

 

 木場くんと合流したことで、捜索が長引くことは確実になった。本格的に動き出す前に、一誠は兵藤家へ連絡を入れた。

 

「もしもし、アーシアか?」

 

 少し離れた場所からでも、電話の向こうからアーシアさんの声が微かに聞こえた。

 

「悪い。今から急に仕事が入ったんだ」

 

 一誠は一瞬、気まずそうに私たちから目を逸らした。

 

「例のお得意様のところへ行ってくる。遅くなるかもしれないから、先に休んでてくれ」

 

 アーシアさんは、一誠をひどく心配しているようだった。一誠は何度か「大丈夫だ」と繰り返し、通話を終えた。

 

「アーシアさんには、本当のことを言わないのですね」

 

 私が尋ねると、一誠は携帯電話を握りしめたまま答えた。

 

「聖剣はアーシアに効きすぎる。危険なことに巻き込みたくねえんだ」

 

「心配もさせたくない?」

 

「……まあ、それもある」

 

 不器用な嘘だった。アーシアさんを守りたいという理由は分かる。けれど、無事に帰れなければ、その嘘は優しさでは済まなくなる。

 

「分かりました」

 

 一誠が顔を上げる。

 

「でも、無事に帰って、自分で説明してください」

 

「ああ」

 

 一誠は短く答えた。

 

「約束する」

 

 

 夜の駒王町へと、七人で歩き出す。一誠。木場くん。小猫さん。匙くん。ゼノヴィアさん。イリナさん。そして、私。

 

 同じ目的で集まったわけではない。教会の二人は、奪われた聖剣を回収するため。木場くんは、エクスカリバーを破壊し、自分の過去へ決着をつけるため。一誠たちは、木場くんを一人にしないため。

 

 私も、まだすべてを決めたわけではない。木場くんを探すことと、聖剣を巡る戦いへ加わることは同じではないからだ。私はまだ、「戦う」と答えていない。

 

 それでも、一誠たちが歩き出した時、私も自然にその後を追っていた。

 

 木場くんを、一人にはしない。

 

 少なくとも、そのことだけは、もう決めていた。

 

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