翌日の放課後、部室には重い空気が流れていた。
木場くん、ゼノヴィアさん、イリナさんの三人から、まだ連絡がない。
リアス先輩たちは使い魔を放ち、昨夜から捜索を続けている。私のカンドロイドも、町や周辺の林、人の寄りつかない建物を探し続けていた。
昨夜の反動から回復しきっていない匙くんは、部室の隅でアーシアさんの治療を受けていた。
一誠は落ち着かず、何度も窓の外へ目をやり、携帯電話を確認しては、また窓の外を見た。小猫さんも普段以上に口数が少なく、ソファに腰掛けたまま、じっと床を見つめている。
リアス先輩は平静を保っていたが、時折、扉の方へ視線を向ける仕草に、隠しきれない不安が滲んでいた。
その時、捜索に出していたカンドロイドの一体から反応が返ってきた。私は思わず顔を上げた。
「見つけました」
部室の空気が、一瞬で張り詰めた。
発見されたのは、イリナさんだった。
ただし、無事ではない。
私たちは、カンドロイドが示した場所へ急いだ。
人目につきにくい路地の奥に、イリナさんが倒れていた。全身に無数の傷を負い、衣服は汚れ、所々が破れている。立ち上がることさえ難しい状態だった。
所持していたはずのエクスカリバー・ミミックは、どこにもない。携帯電話も、戦闘の中で壊れてしまったようだった。
「イリナさん!」
一誠が駆け寄る。アーシアさんもすぐにその隣へ膝をつき、イリナさんの傷へ両手をかざした。淡い緑色の光が、傷ついた身体を包んでいく。
「命に関わる傷は抑えます。でも、このままここで治療を続けるより、設備の整った場所へ運んだ方がいいです」
イリナさんは、意識を保つだけで精一杯という様子だった。それでも私たちの顔を見ると、途切れ途切れに口を開いた。
「木場、くんと……ゼノヴィアと……フリードたちを、追って……」
「無理に喋らないで」
リアス先輩が、すぐそばへ膝をついた。
「林の中で……追跡を、邪魔された……三人、離れ離れに……」
「イリナさん」
「私は……待ち伏せ、されて……ミミックを……奪われて……」
そこで、言葉が途切れた。
「二人が……今どこにいるのか……分からない……」
最後にそれだけ伝えると、イリナさんの瞼が閉じた。
「治療を急ぐわ」
リアス先輩の声に、朱乃さんが頷く。支取会長も、すでに転移の準備を始めていた。
イリナさんは、支取家にある治療施設へ運ばれることになった。
転移魔法の光が展開される中、一誠が付き添おうと一歩前へ出る。
「俺も――」
「今は、専門の治療に任せなさい」
リアス先輩の声は静かだったが、有無を言わせない響きがあった。一誠は唇を噛んで、それ以上は言わなかった。
私たちは、イリナさんの姿が光の中へ消えていくのを見送った。
木場くんとゼノヴィアさんの行方は、依然として分からないままだった。
捜索と搬送を終えた頃には、空はすっかり暗くなっていた。
安堵する暇もなく、辺りの空気が変わった。
「よぉ、皆さん揃ってるじゃねえか」
声のした方向を見ると、フリードが物陰から悠然と姿を現した。
「お前……!」
一誠が身構える。
イリナさんが偶然発見されたのではないと、その顔を見た瞬間に理解した。私たちを誘き寄せるために、見つかりやすい場所へ、あえて残されていたのだ。
「うちのボスが、お前らに話があるってよ」
フリードは戦う構えを見せなかった。ただ、心底楽しそうに笑っている。
「てめえ……!」
一誠が飛び出そうとしたが、リアス先輩が腕を伸ばして制した。
「待ちなさい、一誠」
その直後、空気そのものが重くなった。
上空を見上げる。黒い翼が、夜空を覆うように広がっていた。
呼吸が、勝手に浅くなる。空気に目に見えない圧力がかかっているようだった。ただ立っているだけで、身体が緊張していく。
リアス先輩と支取会長の表情が強張る。一誠も、本能的な危険を感じ取っているのが分かった。
この気配は、これまでの敵とは根本から格が違う。
黒い翼の持ち主が、ゆっくりと地上へ降りてくる。
コカビエル。
この存在なら、本当に町一つを滅ぼせる。そう聞かされても、私はもう誇張だとは思えなかった。
「よく集まったな、悪魔の小娘たちよ」
コカビエルの声は、それだけで場を支配するような重みを持っていた。
「私はな、この町で暴れようと思っている。特に――駒王学園を中心にな」
「……何のつもりですか」
リアス先輩の声が低くなる。
「現魔王の妹が二人も通い、いずれも名家の次期当主だ。あの学園を襲えば、サーゼクスとセラフォルーは動かざるを得まい」
コカビエルは、愉快そうに続けた。
「それをきっかけに、三勢力の戦争を再開させる。私はな、また戦争がしたいのだ」
その一言に、私は言葉を失った。
地方都市一つを滅ぼすことなど造作もない。そう言わんばかりの余裕が、コカビエルの立ち姿から滲み出ていた。
「話は以上だ。会場で待っている」
コカビエルは、駒王学園の方角へ飛び去った。フリードも、いつの間にか姿を消していた。
残された私たちの間に、しばらく誰も口を開けない時間があった。町全体を、まだあの空気の重さが覆っているようだった。
「行くわよ」
最初にそれを断ち切ったのは、リアス先輩の声だった。
リアス先輩たちは、すぐさま駒王学園へ向かった。私もそれに続いた。
学園へ向かう途中、支取会長は使い魔を先行させ、校内に残っている生徒や教職員の避難を命じた。同時に、他のシトリー眷属にも招集をかけている。
学園に到着した時には、校内に一般人の気配はほとんど残っていなかった。
校庭には、異様な光景が広がっていた。地面に、巨大な術式が描かれている。その中心には、複数の聖剣が突き立てられていた。
一本は、見覚えのある形をしていた。
エクスカリバー・ミミック。
バルパー・ガリレイが、術式の傍らで淡々と作業を進めている。木場くんとゼノヴィアさんの姿は、どこにもない。
上空には、余裕を崩さないコカビエルが浮かんでいた。
「学園全体を、隔離結界で覆います」
支取会長が即座に告げた。
「コカビエルを閉じ込める結界ではありません。戦闘の衝撃や魔力を、外へ漏らさないための結界です」
「維持は、私たちシトリー眷属全員で行います」
椿さんが続けた。支取会長の招集を受けた他のシトリー眷属たちも、すでに校庭へ集まっている。
匙くんも、まだ本調子ではない身体で立ち上がった。
「匙、あなたは休んでいて――」
「これが俺の役目です」
一誠が心配そうな顔をしたが、匙くんは退かなかった。
シトリー眷属たちが、それぞれ所定の位置へ散っていく。やがて学園全体を覆うように結界が展開され、空気の質が僅かに変わった。
「サーゼクス様へは、すでに連絡を入れました」
朱乃さんが言った。
「ですが、学園周辺には外部からの大規模転移を妨害する術式が張られています。解除と援軍の編成を含めて、到着までおよそ一時間です」
一時間。その間、バルパーの儀式も、コカビエルの攻撃も待ってはくれない。
「今いる私たちだけで、時間を稼ぐ必要があるわ」
リアス先輩が、一誠へ向き直った。
「一誠。あなたは前へ出ないで。力を溜めて、必要な時に誰かへ渡す。それがあなたの役目よ」
「でも、部長――」
「あなたの力は、戦況を左右する。無駄に消耗させるわけにはいかないの」
一誠は、拳を握った。
ライザーの時とは違う。あの時は、負けても命までは奪われなかった。けれど今回は、負ければ本当に誰かが死ぬ。学園の外にいる人々まで巻き込まれる。
一誠の顔に、初めて見る種類の恐怖がよぎった。
それでも、彼は頷いた。
「分かりました」
ブーステッド・ギアが、重い駆動音を立て始めた。
「ミライ」
リアス先輩が、私の方を向いた。
「あなたに命令する立場にはないわ。だから、お願いという形になるけれど」
「聞かせてください」
「一誠とアーシアの周りを守ってほしいの。あの使い魔たちで戦況を確認して、後衛へ敵が近づいたら食い止めて。それと、負傷者が出たら回収を手伝ってほしい」
私は頷いた。
この混戦の中で、確実に敵を倒せる手段を持っているわけではない。それは自分が一番よく分かっている。それでも、できることはある。
「分かりました」
結界の展開を終えると、私たちはそれぞれの持ち場へ移った。
コカビエルは、こちらの防衛準備を興味深そうに見下ろしていた。
「余興に付き合ってやろう」
コカビエルの手に、巨大な光の槍が生まれる。それが、体育館へ向かって落ちた。
轟音。
体育館があった場所には、瓦礫すらほとんど残っていなかった。地面ごと、大きく抉れている。
破壊の衝撃が、学園を覆う結界へぶつかった。外への被害は抑えられた。だが、匙くんたちの顔が苦しげに歪んだ。
「同じ規模の攻撃が続けば……結界は保ちません」
支取会長が、歯を食いしばりながら言った。
匙くんの腕から、汗が滴り落ちていた。昨夜の反動がまだ抜けていない身体で、それでも結界の一角を支え続けている。他のシトリー眷属たちも、表情を歪めながら術式を維持していた。
一時間。援軍が来るまでの、その一時間の重さを、私は今、初めて実感していた。
コカビエルが、続けて指を鳴らした。
三つの巨大な影が、校庭に降り立つ。巨大なケルベロスが、三体。どれも、私が知るどんな魔獣とも比較にならないほど大きく、頑丈そうだった。
リアス先輩の滅びの魔力が、一体へ叩き込まれる。朱乃さんの雷撃が、別の一体を撃つ。小猫さんが、自分よりはるかに大きな一体へ拳を叩きつける。
攻撃は確実に効いている。それでも、ケルベロスたちは倒れなかった。
一体の前脚が横薙ぎに振るわれる。小猫さんは両腕を交差させて受け止めたが、衝撃を殺し切れず、地面を滑るように後退した。腕には鋭い爪の傷が残り、血が滲んでいる。
「小猫ちゃん!」
アーシアさんが治癒の光を向ける。小猫さんはすぐに体勢を立て直したが、アーシアさんが傷を癒やす僅かな時間だけ、後方へ下がった。
私はカンドロイドを使って、戦場の状況を伝えた。
「右側から一体、回り込んでいます」
鳥型のカンドロイドがケルベロスの死角から急降下し、その目の前を横切って注意を逸らす。地上を走る小型機が、爪の届く直前で敵の足元をすり抜け、進路を僅かに乱す。
稼げる時間は、ほんの数秒に過ぎない。それでも、その数秒が、リアス先輩たちの反撃の間合いを作っていた。
私にできるのは、今のところそれだけだった。この混戦の中で仲間を巻き込まず、自分の手でケルベロスを止められる武器を、私は持っていなかった。
戦いが続く中、私は仲間たちの姿を見ていた。
リアス先輩が、前線で攻撃を受け止めている。朱乃さんが、雷撃を放ち続けている。小猫さんが、自分よりはるかに大きな敵へ何度も立ち向かっている。支取会長たちは、結界の維持で苦しみながらも退かない。負傷したままの匙くんも、自分の役目を果たそうとしている。一誠は、恐怖を押し殺しながら力を溜め続けている。アーシアさんは、傷ついた仲間を治療するため、危険な場所からも逃げようとしない。
私は、何ができるのかも、どこまで戦えるのかも分からない。
それでも――遠くから、この人たちが傷ついていくのを見ていることはできなかった。
これまでの私は、自分をこの世界へ紛れ込んだ異物のように感じていた。自分が何者なのか。どこに属するのか。それを明確には言えなかった。
時計店の椅子には自分の場所があり、部室にも私が座る席がある。それでもどこかで、自分だけが借り物の場所に座っているような感覚が消えなかった。
駒王学園へ通っていても、心のどこかで、自分をこの場所の一部だと認め切れていなかった。
同じ学園で日常を過ごした者。仲間と共に笑い、悩んだ者。その日常を守るため、同じ場所へ立つ者。
私は、自分もその一人だと言えるのだろうか。
まだ、その問いに答えを出せずにいた。
その時、一体のケルベロスが前線を突破した。
三つの頭が、小猫さんの治療を続けているアーシアさんへ向く。巨体が地面を蹴り、こちらへ走り始めた。
アーシアさんは、傷を治療している最中ですぐには動けない。一誠は力を溜め続ける役目がある。今飛び出せば、戦況を覆すために蓄えている力を無駄にしかねない。リアス先輩たちは、別のケルベロスへの対応で手一杯だった。
考えている時間はなかった。十分な力を扱えない。何が起きるのかも分からない。
それでも、仲間が傷つくのを、遠くから見ているだけではいられない。
守られる側に留まるのでもない。戦う人たちを見送るのでもない。私も、彼らの隣へ立つ。
私は、何者か分からない存在ではない。この学園へ通い、一誠たちと過ごしてきた。彼らが傷つくのなら、遠くから見ているのではなく、私も同じ場所に立つ。
私も、この学園の生徒なのだから。
先ほどまで答えられなかった問いに、今度は迷わず答えられた。
私は、アーシアさんの前へ踏み出した。
その瞬間、頭上に光が生まれた。誰かが息を呑む気配がした。
紫色の光が私の周囲へ広がり、足元へ複雑な幾何学模様の影を落とす。直接見ることはできなくても、それが自分の一部であることは理解できた。
同時に、身体の内側で何かが噛み合った。力を無理に注ぎ込まれたのではない。欠けていた部分が、正しい場所へ収まった。そんな感覚だった。
「光輪……?」
アーシアさんが呟く。
「天使のもの、なのでしょうか……」
「違う」
上空から、コカビエルの声が落ちてきた。
「それは、我らが本来持つ光輪ではない」
その声には、先ほどまでとは異なる興味が混じっていた。だが、それ以上の言葉を待つ余裕はなかった。ケルベロスは、すでにすぐそこまで迫っている。
空だった両手が、何かを求めていた。私は無意識に手を伸ばした。
紫色の光が集まり始める。頭上の幾何学模様が強く輝き、その光と連動するように、両手の間で何かが形を成していく。
発光する骨組み。長い砲身。二本のレール。外装と照準機構。最後に、青紫と赤紫が混じり合った発光ラインが走った。
それらは一つずつ組み立てられていくように見えながら、実際には瞬きにも満たない時間で完成していた。
白と黒、金属の質感を基調とした、大型のレールガンだった。
磨かれた外装の一部に、頭上の光が僅かに映り込んでいる。冷たい青紫と深い赤紫が、複雑な幾何学模様の中で重なり合っていた。神聖というよりも、静かで人工的な光。けれど、それは借り受けた力でも、誰かの武器でもない。
私自身の武器だった。
初めて見るものなのに、構え方も、照準の合わせ方も、発射の手順も自然と分かった。仕組みのすべてを理解しているわけではない。それでも、今これで撃てることだけは分かった。
あと数歩の距離まで迫ったケルベロスが、アーシアさんへ向けて跳んだ。
私は、アーシアさんとケルベロスの間へ踏み込む。
自分の身体が、これまでと違うことに気づいた。反応も、踏み込みの速さも、大型の武器を支える力も、明らかに変わっている。今まで意識したこともなかった何かが、静かに底上げされていた。
レールガンを構える。砲身の発光ラインへ、青紫と赤紫の光が走った。頭上の光と照準機構が、同期するように輝く。
怖くないわけではない。それでも、退かなかった。
守れるかどうかは、撃ってみなければ分からない。今この瞬間、私にできることは、それしかなかった。
狙いを定め、引き金へ指をかける。
「光よ」
口から零れた言葉に応えるように、頭上のヘイローが強く輝いた。青紫と赤紫の光が砲身を駆け抜け、二本のレールの間へ収束していく。
私は、引き金を引いた。
轟音と共に、紫色の閃光が校庭を貫いた。
閃光の中心を走った弾体が、真っ直ぐにケルベロスへ直撃する。巨体が大きく吹き飛び、地面を抉りながら転がっていった。
一撃で倒し切ったわけではない。それでも、アーシアさんへ迫っていた爪は、届く前に止まった。
反動が両腕を伝う。それでも、私は踏みとどまった。
吹き飛ばされたケルベロスは、まだ完全には倒れていない。
その場にいた者たちの視線が、一瞬だけ私の頭上と武器へ集まった。
けれど、戦闘が止まったわけではない。背後では、リアス先輩たちが残る二体を押さえ続けている。咆哮と雷鳴、魔力の炸裂する音が、絶え間なく校庭へ響いていた。
その戦闘音の中でも、上空から降り注ぐコカビエルの声は、はっきりと聞こえた。
「……ミカエルの頭上に現れたものと、同じ類か」
「ミカエル様の……?」
アーシアさんが息を呑む。
「ミカエルをはじめ、変質を受け入れた上位天使どもが何と呼ぼうと、私はあれを天使の新たな姿などとは認めん」
コカビエルの視線が、再び私へ向けられた。
「だが、貴様は天使ではない。なぜ同じものが現れる」
私にも、その答えは分からなかった。
けれど、今はそれでよかった。
私はレールガンを構えたまま、アーシアさんの前に立ち続けた。
この一射が、遠くから見ていることをやめ、彼らの隣へ立った最初の証だった。
あなたが一番好きな平成ライダーは?
-
クウガ
-
アギト
-
龍騎
-
555
-
ブレイド
-
響鬼
-
カブト
-
電王
-
キバ
-
ディケイド
-
W
-
OOO
-
フォーゼ
-
ウィザード
-
鎧武
-
ドライブ
-
ゴースト
-
エグゼイド
-
ビルド
-
ジオウ