止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第21刻 託された赤

Complete

 

 赤い電子音が、夜の校庭へ響いた。

 黒い強化服。銀色の装甲。全身を走る赤い光の線。最後に点灯した複眼が、上空のコカビエルを見据えている。

 記憶の中でしか知らなかった戦士が、今、祐斗の姿となって目の前に立っていた。

 

「裕斗……?」

 

 リアス先輩が、信じられないものを見るように名前を呼ぶ。

 

「すげぇ……」

 

 一誠も、地面へ片膝をついたまま祐斗を見上げていた。

 ゼノヴィアさんは言葉を失い、小猫さんもアーシアさんのそばから赤い光を見つめている。

 

 けれど、コカビエルだけは笑わなかった。黒い翼を大きく広げ、完成した巨大な光の槍を掲げる。

 

「また訳の分からん力を持ち出したか」

 コカビエルの視線が、祐斗から私へ移った。

「その鎧も、貴様が用意したものか?」

 

「私が用意したものではありません」

 私はレールガンの照準をコカビエルへ向けたまま答える。

「ですが、祐斗へ力を貸したいと願った方がいた。それだけです」

 

「ならば、その力ごと消し飛ばしてやろう!」

 コカビエルが腕を振り下ろす。

 巨大な光の槍が、祐斗だけではなく、背後にいる私たち全員へ向かって放たれた。

 

「祐斗!」

 私の声が届くよりも早く、祐斗は動いていた。

 

 初めて纏ったはずの装甲。初めて使うはずの力。それなのに、その足取りに迷いはない。

 低く腰を落とし、迫る光の槍の軌道を見極める。右手を横へ伸ばした瞬間、聖と魔、相反する力を宿した剣が生まれた。

 祐斗は踏み込み、光の槍の先端へ聖魔剣を叩きつける。正面から破壊するのではない。剣を斜めに滑らせ、槍の軌道を僅かに逸らした。

 巨大な光が祐斗のすぐ横を通過し、校庭の端へ突き刺さる。爆発が夜空を照らした。衝撃波が校庭を走る。

 

 私はアーシアさんたちの前に立ち、飛んできた瓦礫から三人を庇った。

 その間にも、祐斗は前へ進んでいた。

 爆風の中を駆け抜け、砕けた瓦礫を足場にして跳び上がる。

 

「はっ!」

 赤い光を纏った拳が、コカビエルの翼へ叩き込まれた。

 コカビエルは黒い翼で受け止めたものの、衝撃によって僅かに高度を落とす。

 

「なるほど。先ほどまでとは、まるで動きが違うな」

 

 祐斗は深追いせず、校庭へ着地した。

 その正面へ、コカビエルも黒い翼を畳みながら急降下してくる。

 

「ならば、俺が直接確かめてやろう」

 

 土煙の中から光の槍が振るわれた。祐斗は身を沈めて回避し、そのまま懐へ入る。

 拳。肘。身体を反転させての蹴り。攻撃の一つ一つが、初めて戦う者のものとは思えなかった。まるで、どこへ踏み込み、どの角度から拳を振るえばよいのか、身体そのものが知っているようだった。

 それは、祐斗自身の経験ではない。誰かに身体を操られているわけでもなかった。

 動くと決め、拳を振るっているのは祐斗自身だ。けれど、その決断へ応えるように、ファイズを巡る歴史が次の動きを伝えている。

 

 記憶の中にしか存在しない、不愛想な青年――乾巧。本来なら祐斗にはないはずの資格と、その力を使うための負担を、彼の歴史が黙って引き受けている。

 私には、そう感じられた。

 そして、もう一人。

 かつてファイズギアを纏って戦った、木場勇治。人ではない身体を得て、理想と現実の間で迷いながら戦った彼の経験が、同じ「木場」の名を持つ祐斗へ強く重なっている。

 初めてのはずなのに、身体は使い方を知っている。まるで木場勇治が積み重ねてきた経験そのものが、ライドウォッチを通じて流れ込んでいるようだった。

 

「面白い!」

 

 コカビエルが黒い翼を一斉に開く。祐斗へ向けて光力が放たれた。

 祐斗は両腕を交差させ、衝撃を受ける。ファイズの装甲が火花を散らした。祐斗の身体が後方へ弾き飛ばされた。

 空中で姿勢を立て直し、両足から校庭へ着地する。靴底が地面を削り、長い跡を残した。

 

 光の槍が振るわれた。祐斗は上体を反らして避ける。穂先が銀色の装甲を掠め、火花が飛んだ。

 祐斗は反らした身体を戻す勢いのまま踏み込み、コカビエルの腹部へ拳を叩き込む。

 コカビエルは片腕で受け止めた。そのまま祐斗の腕を掴もうとする。祐斗は手首を返して拘束から抜け、脇腹へ蹴りを放つ。

 

「小賢しい!」

 

 黒い翼が横から迫る。祐斗は地面へ片手をつき、身体を沈めてその下を潜った。

 体勢を崩すことなく立ち上がると、腰のファイズフォンへ手を伸ばす。ファイズドライバーから引き抜いた端末を構え、親指が迷いなくキーを叩いた。

 

 1・0・6

 

 最後に、エンターキーを押す。

 

 『Burst mode

 

 電子音が鳴り響いた。電話上部が左へ六十度回転し、携帯電話だった端末は光線銃――フォンブラスターへ姿を変える。

 祐斗は躊躇なくトリガーを引いた。三発の赤い光弾が、間髪入れずコカビエルへ襲いかかる。

 コカビエルは咄嗟に黒い翼を盾のように広げた。光弾が連続して翼へ炸裂する。貫くことはできない。それでも衝撃は殺しきれず、黒い翼が僅かに押し返された。

 

 その隙を、祐斗は見逃さなかった。射撃と同時に踏み込み、守りの内側へ潜り込む。肩から体当たりを仕掛け、そのまま至近距離で拳を振るった。

 鈍い衝撃がコカビエルの胴へ伝わり、その身体が僅かによろめく。

 

 祐斗は最後の連射を浴びせると、流れるような動作でフォンブラスターを携帯電話形態へ戻した。そのままファイズドライバーへ差し戻し、ベルトと再接続されたファイズフォンへ右手を添える。

 

 コカビエルが一歩下がった。

 

「その鎧を纏えば、俺に勝てるとでも思ったか!」

 

 光の槍が至近距離で生み出される。祐斗は身体を捻った。けれど、完全には避けきれない。光の穂先が脇腹を掠め、銀色の装甲から激しい火花が散った。

 その瞬間だった。

 

「祐斗!」

 

 私はその隙を逃さず、引き金を引いた。

 紫色の弾丸が、コカビエルの翼へ命中する。傷を与えることはできない。それでも衝撃で翼が僅かに揺れ、祐斗を追撃しようとしていた光の槍が逸れた。

 祐斗はその隙に距離を取る。片膝をつきかけ、それでも踏みとどまった。

 ファイズの装甲を得ても、それまでの傷や疲労が消えたわけではない。呼吸は荒い。赤い光の線も、不安定に明滅している。

 

「なるほど」

 

 コカビエルが笑う。

 

「妙な鎧を纏おうと、中身まで別人になったわけではないか」

 

 祐斗はゆっくりと構えを取り直した。

 

「当然だよ」

 

「何?」

 

「この力を借りても、僕が僕であることは変わらない」

 

 祐斗の右手に、再び聖魔剣が生まれる。

 

「戦うと決めたのも、ここに立っているのも僕自身だ」

 

「借り物の鎧と、得体の知れん力に縋っているだけの者が、何を偉そうに!」

 

 コカビエルが光の槍を投げる。祐斗は聖魔剣で受け止めた。刃と光が激突し、祐斗の足元が大きく削られていく。

 それでも、剣を手放さない。

 

「借りた力だからこそ――」

 

 祐斗が一歩、前へ出る。

 

「無駄にはできない!」

 

 聖魔剣を振り抜き、光の槍を横へ弾き飛ばした。そのまま地面を蹴り、コカビエルへ肉薄する。

 

「それに、僕はもう知っている」

 

 拳が翼へ叩き込まれる。

 

「神が見ていなくても、僕たちの心は一つだ!」

 

 蹴りがコカビエルの腕へ当たる。

 祐斗の攻撃を受けながら、コカビエルの表情が歪んだ。

 

「くだらん!」

 

 翼と光力が同時に放たれる。祐斗の身体が吹き飛ばされた。地面を何度も転がり、最後には校舎の瓦礫へ背中から叩きつけられる。装甲の各所から火花が散った。

 

「祐斗!」

 

 それでも、赤い複眼は消えない。祐斗は瓦礫へ手をつき、立ち上がった。

 その間にも、一定の間隔で声が響いている。

 

『Boost!』

 一誠のブーステッド・ギア。祐斗が戦っている間、再び力を蓄積し続けていた。

『Boost!』

 赤い光が、一誠の全身から溢れている。右腕は震え、呼吸も苦しそうだった。それでも、籠手から目を逸らさない。

 

「まだか、ドライグ!」

 

『もう少しだ、相棒!』

『Boost!』

 

 コカビエルも、その力に気づいていた。祐斗だけではなく、一誠へも警戒を向け始める。黒い翼が左右へ広がり、一人ずつ相手にするのではなく、二人を同時に迎え撃つ構えへ変わった。

 このままでは、祐斗が必殺技を放っても避けられる。一誠の拳も、正面から受け止められてしまう。

 もう一つ。コカビエルの視線と翼を、一方向へ集めるものが必要だった。

 私はレールガンを見る。発光ラインは、まだ不安定に明滅している。それでも、少しずつ紫色の光を取り戻していた。

 あと一度。限界まで出力を上げれば、撃てる。

 

「……ミライ先輩」

 

 背後から、小さな声が聞こえた。

 振り返ると、小猫さんが自分の身体を起こしていた。アーシアさんの治療によって、呼吸は先ほどよりも落ち着いている。戦線へ戻れるほどではない。けれど、自分で立ち上がれる程度には回復していた。

 小猫さんは痛みに耐えながら、意識を失ったアーシアさんと、動けない朱乃さんの前へ移動する。

「小猫さん」

 

「……行くつもりですか?」

 

 私がレールガンを持ち上げたことで、考えていることを察したらしい。

 

「はい」

 

「危険です」

 

「承知しています」

 

 小猫さんが僅かに眉を寄せる。

 

「ですが、祐斗と一誠の攻撃を確実に届かせるには、あの人の注意を一方向へ集める必要があります」

 

「ミライさんが、囮になるんですか?」

 

「囮ではありません」

 

 否定してから、少し考える。

 

「……いえ。おそらく、囮で合っています」

 

「やっぱり危険です」

 

「そうですね」

 

 それでも、ほかに方法が思いつかなかった。

 小猫さんは、しばらく私の顔を見つめていた。やがて、小さく息を吐く。

 

「アーシア先輩と朱乃先輩は、私が守ります」

 

「お願いします」

 

「でも――」

 

 小猫さんが、真っ直ぐに私を見る。

 

「必ず戻ってきてください」

 

「はい」

 

 私は答え、アーシアさんたちのそばを離れた。

 

 

『Boost!』

 ブーステッド・ギアの光が、さらに強くなる。

 

「もう限界だ!」

 

 一誠が叫んだ。

 

『これ以上溜めれば、相棒の身体が先に壊れる!』

 

 祐斗が一誠を見る。そして、何かを理解したように頷いた。

 その右手が、腰へ伸びる。ファイズドライバーが現れた時から、その側面には小型の機器が収められていた。

 ファイズポインター。

 祐斗はそれを取り外す。初めて触れるはずの装備だった。それなのに、指は迷わない。どこか慣れた手つきで、右脚のエナジーホルスターへ装着する。固定位置を確かめる仕草さえ、以前から何度も繰り返してきたように自然だった。

 祐斗がファイズフォンのエンターキーへ指を置く。けれど、まだ押さない。コカビエルは祐斗と一誠、両方を警戒している。このままでは、攻撃を当てられない。

 私は祐斗と一誠を背にするように、校庭の中央まで進んだ。

 

「祐斗。一誠」

 

 二人が、私を見る。

 

「次で決めてください」

 

「ミライ、お前……何をするつもりだ!」

 

 一誠が私の意図に気づく。

 

「私が、コカビエルの視線を引きつけます」

 

「無茶だ! 今のお前でも、あいつの攻撃をまともに受けたら――」

 

「分かっています」

 

 私はコカビエルから目を逸らさない。

 

「ですが、三人でなければ届きません」

 

「ミライさん」

 

 祐斗も、私を止めようとする。

 

「祐斗は攻撃の準備をしてください」

 

「でも――」

 

「この一撃を無駄にしないために、力を貸してくださったのでしょう?」

 

 赤い複眼が、僅かに揺れたように見えた。

 祐斗は何も言わず、右足を半歩後ろへ引く。

 

Exceed Charge

 

 電子音が響く。全身を巡っていた赤い光が、右脚へ流れ始めた。

 祐斗は右足へ重心を乗せるように、深く腰を落とす。すぐには跳ばない。ファイズポインターへ力が満ちるまで、その姿勢のまま待つ。右脚の周囲で、赤い光が脈打っていた。

 一誠も、赤龍帝の力を右拳へ集める。

 あとは、私が二人の攻撃を届かせるだけだった。

 

「今度は貴様か」

 

 コカビエルが、私へ向き直る。

 

「その武器が俺に通じないことは、すでに分かっているはずだ」

 

「忘れてはいません」

 

 私はレールガンを構えた。

 

「だからこそ、もう一度撃ちます」

 

「理解できんな」

 

「理解していただく必要はありません」

 

 レールガンの発光ラインへ、残ったすべての光が集まる。砲身が低く唸り、耐えきれないように軋み始めた。

 コカビエルも、正面へ複数の翼を集める。翼の前へ、巨大な光の槍が形成された。

 

「消えろ!」

 

「――撃ちます!」

 

 私が引き金を引く。同時に、コカビエルも光の槍を放った。

 紫色の弾体が、夜の校庭を一直線に駆け抜ける。それは光の槍の先端へ激突した。

 轟音と共に、紫と白の衝撃が校庭へ広がる。

 弾体は光の槍を破壊できない。それでも軌道を僅かに逸らし、正面へ集められた黒い翼を大きく揺らした。

 コカビエルの視線が、祐斗と一誠へ向こうとする。

 

「貴方が見るべき相手は、こちらです!」

 

 私は反動で痺れる腕を押さえながら、あえてその場を動かなかった。壊れかけたレールガンを、もう一度コカビエルへ向ける。

 

「囮のつもりか!」

 

「気づいていても、無視はできないはずです!」

 

 コカビエルが、私へ向けて新たな光の槍を生み出す。黒い翼も正面へ集まった。

 それで十分だった。

 祐斗の赤い複眼が、一誠へ向く。一誠も拳を構えたまま、短く頷いた。

 言葉はなかった。それでも、二人の狙いは同じだった。

 

「今です!」

 

 祐斗が地面を蹴った。深く腰を落とした姿勢から、一気に前方へ跳躍する。空中で前方へ一回転。赤い光を纏った身体が、夜空に弧を描いた。

 回転を終えた祐斗が、空中で右脚のファイズポインターをコカビエルへ向ける。赤い光が放たれた。円錐状のポインティングマーカーが伸び、コカビエルの身体を捉える。

 

「何だ、これは……!」

 

 コカビエルが、手に生み出していた光の槍を私へ投げ放った。

 私は壊れかけたレールガンを手放し、痺れる足で地面を蹴った。身体を横へ投げ出した直後、光の槍が先ほどまで立っていた場所へ突き刺さる。爆発が背中を押し、私は地面を転がった。

 けれど、その間にも赤いポインティングマーカーはコカビエルの全身を包み、その場へ拘束していた。コカビエルが翼を動かそうとする。けれど、ポインティングマーカーは外れない。

 祐斗の右足の裏で、Φの紋章が赤く輝く。そのまま、祐斗は赤い円錐の中へ飛び込んだ。全身がポインティングマーカーと一体化する。赤い光のドリルとなって、コカビエルへ突き進んでいく。

 

「はああああああっ!」

 

 同時に、一誠が地面を蹴った。蓄積された赤龍帝の力を、すべて右拳へ集中させる。

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 コカビエルが翼を二人へ向け直そうとした時には、すでに遅かった。

 爆炎と土煙の中を、祐斗と一誠が突き抜ける。

 

 先に届いたのは、祐斗だった。

 祐斗の姿が、赤い光の中へ消える。直後、その赤い光がコカビエルの身体を貫き、祐斗は背後へ抜けた。

 防御が開かれた。その中心へ、一誠の拳が叩き込まれる。

 

「これで――」

 

 赤龍帝の力が、コカビエルの身体へ流れ込む。

 

「終わりだぁぁぁぁっ!」

 

 二つの赤い力が、コカビエルの内側で重なった。

 

「ばか、な……!」

 

 コカビエルの身体へ、巨大なΦの紋章が浮かび上がる。直後、青い炎が噴き上がった。

 爆発。黒い翼が炎に呑まれる。

 

 コカビエルの身体が校庭を横切るように吹き飛び、地面を何度も跳ねた。最後には、地盤崩壊の魔法陣の中心へ叩き込まれる。

 地面が陥没した。術式を構成していた光の線へ亀裂が走る。一つ。また一つ。校庭を覆っていた巨大な魔法陣が、連鎖するように砕けていった。

 地面の奥から響いていた軋みが、止まる。青い炎が消えていく。

 

 けれど、コカビエルの身体は灰にはならなかった。翼を力なく広げたまま、陥没した地面の中央に倒れている。動かない。

 それでも、誰もすぐには声を上げなかった。

 

「……やった、のか?」

 

 一誠が掠れた声を出す。全力の拳を放った反動で、立っていることもできない。身体が前へ傾く。

 

「一誠!」

 

 リアス先輩が腕を伸ばし、倒れかけた一誠を受け止めた。けれど、リアス先輩にも支えきれるだけの力は残っていない。二人はそのまま、地面へ膝をついた。

 私も起き上がろうとした。けれど、両腕に力が入らない。手放したレールガンは、すでに形を失い始めていた。紫色の粒子となって崩れ、夜の空気へ溶けていく。

 ゼノヴィアさんも聖剣を支えにして座り込み、倒れたコカビエルを見つめていた。

 祐斗は、コカビエルの背後へ着地していた。右足から地面へ降り、そのまま片膝をつく。全身を巡る赤い光が、不安定に明滅している。それでも、変身は解かなかった。

 祐斗はゆっくりと振り返り、倒れたコカビエルを見つめている。もう一度立ち上がる可能性が消えるまで、警戒を解くつもりはないようだった。

 

「……この、俺が……」

 

 陥没した地面の中央から、掠れた声が聞こえた。コカビエルの指が、僅かに動く。

 生きている。けれど、翼を動かすことも、立ち上がることもできない。あれほど周囲を満たしていた光の力も、ほとんど感じられなかった。

 

 その時。

 空を覆っていた結界へ、外側から白い光が突き刺さった。

 

「なっ……!」

 

 リアス部長が顔を上げる。何度も攻撃を受けながら維持されていた結界が、外側から一撃で引き裂かれた。

 裂け目から、白い鎧を纏った人影が降りてくる。背中から伸びる光の翼。青い宝玉を備えた白い装甲。

 コカビエルとは異なる。それでも、人間の範囲には収まらない力を感じた。

 

 白い鎧は、倒れたコカビエルを見る。

 

「……少し遅かったか」

 

 一誠のブーステッド・ギアが反応した。

 

『白いの……アルビオンか』

 

 籠手から響いた声に、白い鎧の胸元が光る。

 

『久しいな、ドライグ』

 

 その声は、一誠だけではなく、その場にいる全員へ聞こえていた。

 

「ドライグ、知り合いなのか?」

 

『知り合いなどという生温い関係ではない』

 

 一誠の籠手から、低い声が響く。

 

『俺の宿敵だ』

 

『相変わらずよく喋るな、ドライグ』

 

 リアス先輩が警戒するように白い鎧を見つめる。

 白い鎧の人物は、それ以上名乗ろうとはしなかった。倒れているコカビエルへ片手を向ける。

 

『Divide!』

 

 響いた音声と共に、コカビエルの身体に残されていた光力が急激に弱まった。

 

「貴様……」

 

「もう動かない方がいい」

 

 白い鎧が冷静に告げる。

 

「次に何かしようとしたら、残りも全部奪う」

 

 コカビエルの指からも力が抜けた。今度こそ、完全に抵抗できない状態になったらしい。

 

「あなたは何者なの?」

 

 リアス先輩が問いかける。

 

「答える必要はない」

 

 白い鎧は、コカビエルから目を離さない。

 

「アザゼルに頼まれて、こいつを回収しに来ただけだ」

 

「アザゼルが……?」

 

「そうだ」

 

 白い複眼が、倒れている三人へ向けられた。

 私。一誠。そして、ファイズの姿を維持している祐斗。

 

「倒したのはお前たちだ」

 

 白い鎧は淡々と言う。

 

「俺は、残った力を処理しただけだ」

 

 祐斗はしばらく白い鎧を見つめていた。コカビエルがもう動かないことを確認すると、ようやく構えを解く。

 右手が腰へ伸びた。ファイズフォンの接続部へ指をかけ、ロックを外す。その動きにも迷いはない。初めて変身を解く者とは思えないほど、どこか手慣れた仕草でファイズフォンを起こし、ファイズドライバーから引き抜いた。

 その瞬間、全身を包んでいた装甲が赤い光へ変わる。銀色の装甲が消える。黒い強化服がほどける。身体を走っていた赤い光の線も、足元から順に光の粒となって消えていった。

 

 傷だらけの祐斗が、その場に残る。

 ファイズフォンとファイズドライバーも形を失い、赤い粒子となってほどけていく。

 その光は祐斗の胸元へ集まり、最後に一つの小さな光となって抜け出した。

 光は祐斗の掌へ収まり、ファイズライドウォッチの形を取り戻す。

 祐斗は掌のウォッチを見下ろした。先ほどまで身体へ重なっていた戦いの感覚が薄れていった今も、その表情に戸惑いはなかった。ただ、一度だけ静かに息を吐く。

 直後、膝から力が抜けた。

 

「祐斗!」

 

 私は痛む身体を起こし、彼のもとへ駆け寄った。倒れかけた身体を支えようとする。

 

「大丈夫ですか?」

 

「うん。何とかね」

 

 そう答えながらも、祐斗は一人で立っていられる状態ではなかった。私は肩を貸し、その場へゆっくり座らせる。

 白い鎧の足元へ、見慣れない転移陣が浮かび上がった。白い鎧がコカビエルの腕を掴む。

 

「待ちなさい。まだ聞きたいことがあるわ」

 

 リアス部長が呼び止める。

 

「必要なら、アザゼルに聞け」

 

 白い光が二人を包む。消える直前、白い複眼が一誠へ向けられた。

 

「次に会う時までに、もう少し龍の力を使えるようになっておけ」

 

「はあ!?」

 

 一誠の返事を待たず、白い鎧とコカビエルは光の中へ消えた。

 

 

 しばらく、誰も動かなかった。

 結界には大きな穴が開いている。校庭は抉れ、校舎も体育館も原形を失っていた。

 それでも、地面の軋みは戻らない。空にも、光の槍は現れなかった。

 本当に、終わった。

 最初に状況を立て直したのは、支取会長だった。

 

「全員、負傷者の搬送を優先してください。学校の修復は、その後です」

 

 結界の維持と周辺警戒に回っていたシトリー眷属の皆さんも、支取会長の指示を受け、負傷者のもとへ集まり始めた。

 小猫さんはアーシアさんのそばへ座ったままだったが、私と目が合うと小さく頷いた。約束どおり、二人を守ってくれていた。

 一誠はリアス先輩に支えられながら、祐斗の方へ顔を向ける。

 

「木場」

 

「イッセーくん」

 

「今回のことだけど――」

 

 祐斗が謝ろうとしたのを、一誠が片手を上げて止める。

 

「細かいことは言いっこなしだ」

 

「でも、僕は――」

 

「とりあえず、いったん終了ってことでいいだろ。聖剣も、お前の同志もさ」

 

 一誠は疲れきった顔で笑った。

 

「ああ、いろんなことがありすぎてさ。今考えるのも面倒くせえや」

 

 祐斗は一瞬だけ目を見開く。それから、ようやく穏やかな笑みを浮かべた。

 

「……そうだね」

 

 次に、祐斗はリアス先輩へ向き直った。

 

「部長」

 

 座ったまま、深く頭を下げる。

 

「命令を破り、勝手な行動を取りました。本当に申し訳ありません」

 

 リアス先輩は、祐斗をしばらく見つめた。

 

「戻ってきてくれた」

 

 静かに答える。

 

「今は、それで十分よ」

 

「部長……」

 

「ただし」

 

 リアス先輩の声が少しだけ厳しくなる。

 

「全員の治療が終わった後、詳しい話は聞かせてもらうわ」

 

「……はい」

 

 祐斗は申し訳なさそうに、それでも安堵したように頷いた。

 

 

 周囲では、負傷者の確認と搬送が始まっていた。

 私は祐斗のそばに立ったまま、彼の掌にあるライドウォッチを見つめる。

 どう説明すればよいのだろう。ファイズの歴史。本来なら祐斗にはないはずの変身資格。それを黙って肩代わりした、不愛想な人。そして、祐斗の動きへ重なっていた、もう一人の木場の経験。

 私自身にも、分からないことばかりだった。

 

「祐斗。そのウォッチについてですが――」

 

 私が言葉を探していると、祐斗が先に手を差し出した。掌には、ファイズライドウォッチが載せられている。

 

「これが何か聞かないよ」

 

「……よろしいのですか?」

 

「うん」

 

 祐斗は、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。顔色は悪く、身体も傷だらけだ。それでも、その表情には以前のような張り詰めたものは残っていなかった。

 

「助けてくれてありがとう」

 

 私は、差し出されたライドウォッチを受け取る。赤い文字盤からは、もう戦場で感じたほどの強い気配は伝わってこない。

 けれど、眠っているだけで、消えてはいない。そんな気がした。

 祐斗は私の手の中へ戻ったウォッチを見つめ、静かに続ける。

 

「“彼”に、よろしく伝えてくれるかな?」

 

 私は思わず、祐斗の顔を見た。

 

「分かるのですか?」

 

「名前も、どんな人なのかも分からないよ」

 

 祐斗は小さく首を横へ振る。

 

「ただ、あの力は道具だけじゃなかった」

 

 胸元へ手を添える。

 

「僕が戦えるように、誰かが支えてくれていた。そう感じたんだ」

 

 あの人が祐斗へ何を思ったのか。本当のところは、私にも分からない。きっと尋ねても、素直に答えてはくれないのだろう。理由を説明することもなく、自分が引き受ければよいと考える。そんな、不器用な人だった。

 

「はい」

 

 私はライドウォッチを両手で包む。

 

「きっと、もう伝わっていると思います」

 

 返事はなかった。赤い文字盤も、もう光ってはいない。

 それでも、手の中のファイズライドウォッチは、ほんの少しだけ温かかった。

 

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