止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第25刻 止まった世界の中で

 

 翌日の放課後、私たちはリアス先輩に案内され、旧校舎の奥へ向かっていた。普段使っている部室を通り過ぎ、その先の廊下へ進む。窓から差し込む夕方の光は次第に弱くなり、奥へ行くほど人の気配も薄れていった。

 

「部長、その子ってこの先にいるんですか?」

 

 一誠が声を抑えて尋ねる。

 

「ええ。もうすぐよ」

 

 先頭を歩くリアス先輩の隣には、朱乃さんがいる。その後ろを祐斗、小猫さん、アーシアさん、ゼノヴィアさん、一誠、私の順で進んでいた。

 

 やがて、リアス先輩は一つの扉の前で足を止めた。見た目だけなら、ほかの教室と大きな違いはない。けれど、扉と周囲の壁には、何重もの術式が刻まれていた。普通の鍵とは違う。内側から漏れ出そうとする何かを押さえ込むように、複数の封印が重ねられている。中にいる人を逃がさないためというより、その人の力を外へ出さないための封印に見えた。

 

「昨日も聞いたけど、実際に見ると厳重だな……」

 

 一誠が扉を見上げる。

 

「ギャスパーの神器は、本人の意思とは関係なく発動することがあるの。だから、念のために必要なのよ」

 

 リアス先輩が一誠を振り返る。

 

「中へ入っても、急に近づいたり、大声を出したりしないでちょうだい」

 

「俺、そんなに信用ないんですか?」

 

「一誠ですから」

 

「ミライまで即答するなよ!」

 

 扉の向こうから、小さく何かがぶつかる音がした。一誠が口を閉じる。

 

「もう驚かせています」

 

「悪かったよ……」

 

 リアス先輩は小さく息を吐き、扉へ手を当てた。流し込まれた魔力に反応し、刻まれていた術式が一つずつ淡く輝く。複雑に重なった光の線がほどけ、重い金具が外れるような音が続いた。最後の封印が消える。リアス先輩は、できるだけ音を立てないように扉を開けた。

 

     ◇

 

 部屋の中は薄暗かった。窓には厚いカーテンが引かれ、夕方の光もほとんど差し込んでいない。壁際には本棚や机があり、床には大小の箱が積まれていた。必要な家具だけを置いた部屋に見える。それでも、本棚には多くの本が詰め込まれ、棚の上には可愛らしいぬいぐるみが並んでいた。長い間、ここで生活していることが分かる。

 

「ギャスパー」

 

 リアス先輩が部屋の奥へ呼びかけた。

 

「私よ。入るわね」

 

「ぶ、部長……?」

 

 積まれた箱の向こうから、小さな声が返ってくる。

 

「今日は、あなたに会ってもらいたい人たちを連れてきたの」

 

「人たち……?」

 

 箱の端から、金色の髪が覗いた。続いて、赤い目と白い肌。少女のように整った顔立ちをした人物が、こちらの様子を窺っていた。身に着けているのは、女子用の制服だった。人数の多さに驚いたのか、すぐに顔の半分を箱の陰へ隠してしまう。

 

「女の子……?」

 

 一誠が小さく呟いた。

 

「ギャスパー。大丈夫よ。ここにいるのは、皆あなたの仲間だから」

 

「で、でも、人が多いですぅ……」

 

 ギャスパーさんの視線が、私たちの間を落ち着きなく動く。アーシアさんが一歩進もうとしたが、怯えさせないように、その場で足を止めた。

 

「初めまして。アーシア・アルジェントです」

 

「は、初めまして……」

 

「私もリアス部長の眷属で、ギャスパーさんと同じ僧侶なんです」

 

「僧侶……」

 

 一誠がアーシアさんとギャスパーさんを見比べた。何かを想像したらしく、表情が緩んでいく。

 

「金髪美少女の僧侶が二人……」

 

「一誠」

 

 リアス先輩が呆れたように名前を呼ぶ。

 

「何ですか、部長?」

 

「先に教えておくけれど、ギャスパーは男の子よ」

 

 一誠の笑顔が止まった。

 

「……え?」

 

「男の子よ」

 

 リアス先輩がもう一度告げる。一誠はゆっくりとギャスパーさんを見る。

 

「お、男?」

 

「は、はいですぅ……」

 

 一誠の肩が落ちた。その様子を見上げ、小猫さんが静かに口を開く。

 

「人の夢と書いて、儚い」

 

「まだ何も始まってねえよ……」

 

「始まる前に終わりました」

 

「追い打ちをかけるな、小猫ちゃん……」

 

 ゼノヴィアさんは、一誠とは違うところが気になったようだった。

 

「男なのに、なぜ女子の制服を着ている?」

 

「こ、こっちの方が可愛いからですぅ……」

 

「可愛いから?」

 

「はい……」

 

「本人が可愛いと思って選んでいるのでしたら、問題ないのではありませんか?」

 

 私が言うと、一誠が顔を上げた。

 

「ミライは普通に受け入れるんだな」

 

「服装は、着る本人が決めるものだと思います」

 

「そういうものなのか?」

 

「一誠も、着たい服を着ればよいのではありませんか?」

 

「俺は今の制服でいい!」

 

「では、問題ありません」

 

 視線を感じた。ギャスパーさんが、箱の陰から私を見ていた。目が合うと、すぐに隠れてしまう。けれど、先ほどよりも少しだけ多く顔を出していた。

 

「改めて紹介するわね」

 

 リアス先輩が私たちの前へ出る。

 

「この子はギャスパー・ヴラディ。私のもう一人の僧侶よ」

 

「よ、よろしくお願いしますぅ……」

 

 ギャスパーさんが小さく頭を下げた。

 

「人間と吸血鬼の混血で、強力な神器を持っているわ。ただ、その力をまだ制御できていないの」

 

「昨日、話していた神器ですね」

 

「ええ」

 

 リアス先輩は、箱の陰にいるギャスパーさんへ向き直った。

 

「ギャスパー。これから少しずつ、外へ出る練習を始めてみない?」

 

「そ、外……?」

 

「いきなり大勢の前へ出ろとは言わないわ。まずは部室へ来たり、皆と話したりするところからでいいの」

 

「無理ですぅ……」

 

 ギャスパーさんが首を振る。

 

「人が怖いです。外も怖いです。それに、ボクが出たら、また力が勝手に……」

 

「ギャスパー」

 

「無理ですぅ!」

 

 声が大きくなった。一誠が、落ち着かせようとしたのか、一歩前へ出る。

 

「大丈夫だって。いきなり何かさせようってわけじゃ――」

 

「来ないでくださいぃ!」

 

 ギャスパーさんの赤い目が、強い光を放った。

 

     ◇

 

 一誠の声が、途中で途切れた。伸ばしかけていた腕も、揺れていた髪も動かない。リアス先輩も、朱乃さんも、祐斗も、アーシアさんも、その瞬間の姿勢のまま止まっていた。カーテンの隙間から差し込む光の中で、埃が宙に浮いている。それさえ、まったく動いていなかった。

 

 音もない。皆の呼吸音さえ聞こえない。周囲の時間が止まっていた。

 

 けれど、私は止まっていなかった。身体に違和感はない。指も足も、自分の意思どおりに動かせる。それでも、私は動かなかった。ここで私だけが動けば、説明を求められる。それ以上に、あの力が私にだけ効かなかったとギャスパーさんに知られれば、自分の神器を恐れている彼を、さらに怯えさせるかもしれない。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 止まった世界の中で、ギャスパーさんだけが声を出していた。

 

「また、止めてしまいました……」

 

 箱の陰から飛び出し、私たちから逃げるように部屋の奥へ走っていく。周囲を見る余裕はないらしく、私が動けることには気づいていなかった。奥に積まれた別の箱の裏へ潜り込む。その直後、宙に浮かんでいた埃が再び落ち始めた。

 

「――わけじゃ……って、あれ?」

 

 一誠の声が続いた。伸ばした手の先から、ギャスパーさんだけが消えている。

 

「どこへ行った?」

 

「今のが、ギャスパーの神器よ」

 

 リアス先輩が、部屋の奥を見る。

 

「《停止世界の邪眼》――フォービドゥン・バロール・ビュー。視界に捉えた対象の動きを、一定時間停止させる神器よ」

 

「俺たち、止められてたのか?」

 

「ええ。止まっている間のことは、認識できなかったでしょうけれどね」

 

 一誠が自分の手を握り、また開いた。

 

「全然分からなかった。気づいたら、ギャスパーが消えてたぞ」

 

「それほど強力な神器なのですか?」

 

 アーシアさんが尋ねる。

 

「使い方次第では、とても強い力になるわ」

 

 リアス先輩が頷く。

 

「でも、ギャスパーはまだ制御できていない。恐怖や興奮で感情が高ぶると、本人の意思とは関係なく発動してしまうの」

 

 時間を止める力。それが私に効かなかった理由に、心当たりがないわけではない。私の中にある力も、時間と無関係ではなかった。けれど、なぜ止まらなかったのかを正確に説明できるほど、自分自身のことを理解してはいない。それに、皆へ説明するのは会談の場だと決めている。今ここで、自分だけが動けたと伝えても、疑問を増やすだけだった。私は何も言わず、ギャスパーさんが隠れた部屋の奥を見つめた。

 

     ◇

 

「ギャスパー」

 

 リアス先輩が、積まれた箱の向こうへ呼びかける。

 

「怒っていないわ。出てきても大丈夫よ」

 

「ご、ごめんなさいですぅ……」

 

「謝らなくていいの。だからこそ、これから皆と一緒に練習していきましょう」

 

「でも……」

 

「一人では難しくても、皆とならできることもあるわ」

 

 しばらく待つと、箱の隙間からギャスパーさんが顔を出した。赤い目には、怯えと申し訳なさが混ざっている。

 

「一誠」

 

「はい?」

 

「あなたには、眷属の先輩としてギャスパーを支えてほしいの」

 

「俺が?」

 

「あなたも、自分の神器に振り回された経験があるでしょう?」

 

 一誠が左腕へ目を落とす。

 

「今だって、まだ使いこなせてるとは言えないですけど……」

 

「それでも、以前よりは進んでいるわ。だから、ギャスパーにも伝えられることがあると思うの」

 

 一誠は、箱の陰にいるギャスパーさんを見た。

 

「分かりました、部長。俺にできることなら、やってみます」

 

「ありがとう」

 

 リアス先輩は祐斗へ視線を向けた。

 

「祐斗、そろそろ時間ね」

 

「うん」

 

 祐斗が頷く。

 

「どこかへ行くのですか?」

 

 私が尋ねると、祐斗は腰に下げた剣へ手を添えた。

 

「首脳会談に向けて、もう少し訓練を続けることになっているんだ。聖魔剣も、まだ完成した力ではないからね」

 

「無理はしないでください」

 

「分かっているよ」

 

 祐斗は穏やかに笑った。

 

「私と朱乃も、会談の準備へ戻るわ」

 

「それでは、あとは皆さんにお願いしますね」

 

 朱乃さんはそう言って、箱の陰にいるギャスパーさんへ柔らかく微笑んだ。

 

「無理に外へ連れ出す必要はないわ。今日は少し話すだけでも十分よ」

 

「分かりました」

 

 アーシアさんが答える。

 

「一誠。お願いね」

 

「はい、部長」

 

 リアス先輩と朱乃さん、祐斗が部屋を出ていった。残ったのは、一誠、アーシアさん、小猫さん、ゼノヴィアさん、私。そして、再び箱の陰へ隠れたギャスパーさんだった。

 

     ◇

 

「ギャスパー」

 

 一誠は、今度はその場から動かずに呼びかけた。

 

「いきなり外へ出ろとは言わねえよ。少しだけ、こっちへ来て話さないか?」

 

「む、無理ですぅ……」

 

「俺たちは敵じゃないからさ」

 

「それでも、人が怖いです……」

 

 一誠が困ったように頭を掻く。アーシアさんが、その隣から声をかけた。

 

「ギャスパーさん。私も初めは、皆さんとどのようにお話しすればよいのか分かりませんでした」

 

「アーシアさんもですか……?」

 

「はい。でも、一誠さんやリアス部長たちが助けてくださいました」

 

「でも、ボクは……」

 

「無理をしなくても大丈夫です。まずは、お顔を見せていただくだけでも……」

 

 箱の隙間から、ギャスパーさんが少しだけ顔を出す。アーシアさんへ向ける視線は、先ほどよりも落ち着いていた。

 

「なるほど」

 

 ゼノヴィアさんが腕を組んだ。

 

「部屋に閉じこもっているから、弱気になるのだ。まずは身体を動かした方がよい」

 

「段階を飛ばしすぎです」

 

「何もしなければ、変わらないだろう」

 

 ゼノヴィアさんはギャスパーさんへ向き直った。

 

「ギャスパー。まずは走れ」

 

「ど、どうしてですかぁ……?」

 

「身体を動かせば、余計なことを考えずに済む」

 

 そう言いながら、ゼノヴィアさんが背中のデュランダルへ手を伸ばした。

 

「ゼノヴィアさん。なぜ剣が必要なのですか?」

 

「私が剣を持って追えば、本気で逃げるだろう」

 

「それは鍛錬ではなく、脅迫です」

 

「使うつもりはない」

 

「ギャスパーさんには分かりません」

 

「ひぃっ!」

 

 私の言葉を証明するように、ギャスパーさんが箱の陰から飛び出した。そのまま扉へ向かって走る。

 

「速いではないか。その調子だ」

 

「追いかけないでくださいぃ!」

 

「ゼノヴィア、待て!」

 

 一誠も廊下へ出ていく。小猫さんは、制服のポケットから小さな袋を取り出した。中にはニンニクが入っていた。

 

「小猫さん」

 

「はい」

 

「それをどうするつもりですか?」

 

「吸血鬼に効くか確認します」

 

「今は倒す場面ではありません」

 

「確認するだけです」

 

 小猫さんも、ニンニクを手に廊下へ向かう。

 

「結局、追いかけるのですね」

 

「はい」

 

 アーシアさんが困ったように二人を見送った。

 

「大丈夫でしょうか?」

 

「大丈夫ではないと思います」

 

 私たちも後を追った。

 

     ◇

 

 旧校舎の廊下では、ギャスパーさんが柱の陰へ隠れ、その少し前を一誠が塞いでいた。さらに離れた場所で、ゼノヴィアさんと小猫さんが様子を窺っている。

 

「二人とも、一度落ち着け!」

 

「私は落ち着いている」

 

「私もです」

 

「その状態で言われても信用できねえよ!」

 

「何の騒ぎだ?」

 

 廊下の向こうから声がした。書類を抱えた匙さんが、こちらへ歩いてくる。

 

「兵藤。また何かやってるのか?」

 

「何で最初から俺が原因だと思うんだよ!」

 

「普段の行いだ」

 

「否定しにくいのが腹立つ!」

 

 その間に、ギャスパーさんが柱の陰から顔を出した。匙さんの視線がそちらへ向く。

 

「何だよ。こんな可愛い子がいたのか?」

 

 ギャスパーさんは驚き、また顔を隠した。匙さんが一誠へ顔を寄せる。

 

「おい、兵藤。誰だ、あの金髪の美少女は?」

 

「リアス部長の、もう一人の僧侶だ」

 

「もう一人?」

 

 匙さんの目が輝く。

 

「アーシアさんと金髪美少女僧侶コンビってことか!」

 

 一誠の表情が複雑なものになる。

 

「分かるぞ、匙。でも、ギャスパーは男だ」

 

「……男?」

 

「男だ」

 

 匙さんは、書類を抱えたままその場へ膝をついた。

 

「そんな……」

 

「俺もさっき、同じ衝撃を受けた」

 

「受けたくなかった……」

 

「二人とも」

 

 私が声をかける。

 

「ギャスパーさんの前で続ける話ではありません」

 

 一誠と匙さんが、同時に柱の陰を見る。

 

「悪い、ギャスパー」

 

「す、すまん……」

 

「なぜ匙さんまで謝るのですか?」

 

「何となく……」

 

 そのとき、廊下の奥から別の声が聞こえた。

 

「聖魔剣の使い手は、ここにはいないのか?」

 

 聞き覚えのある声だった。

 

     ◇

 

 廊下の端に、一人の男性が立っていた。仕立てのよい服を自然に着こなし、落ち着いた表情でこちらを見ている。以前、百年以上使われてきた懐中時計を、私の店へ持ち込んだ男性だった。

 

「……以前の懐中時計のお客様」

 

 男性が私を見る。

 

「覚えていたか、時計屋の嬢ちゃん」

 

「忘れるわけがありません。あれほど貴重な時計を持ち込んだ太客ですから」

 

 ゼノヴィアさんの手が、すぐにデュランダルへ伸びた。小猫さんも姿勢を低くし、男性から目を逸らさない。匙さんは抱えていた書類を脇へ寄せ、いつでも動けるように身構えていた。

 

「ミライさんのお知り合いですか?」

 

 アーシアさんが、警戒したまま尋ねる。

 

「知り合いというほどではありません。時計を預かったお客様です」

 

「俺の悪魔契約のお得意様でもある」

 

 一誠が男性を睨んだ。

 

「何度か契約で呼び出されて、ついこの間、向こうから名乗ってきたんだ」

 

 一誠の声が低くなる。

 

「堕天使の総督、アザゼルってな」

 

「そう警戒するな。今日は戦いに来たわけじゃない」

 

「だったら、何をしに来たんだよ」

 

 一誠が尋ねる。

 

「聖魔剣の使い手を見に来た。ここにいると聞いたんだがな」

 

「祐斗なら、訓練に行っています」

 

 私が答える。

 

「入れ違いか」

 

 アザゼルは残念そうに言った。それ以上、祐斗を捜そうとはしなかった。

 

「それより、あんた。どうして今まで正体を隠して俺に近づいてたんだ?」

 

「神器所有者を観察するのが趣味でな」

 

「趣味で人の生活に入り込むな!」

 

「悪意があったわけじゃない」

 

「だからって、納得できるかよ!」

 

 アザゼルは肩をすくめ、今度は私へ視線を向けた。

 

「お前にも正体を隠していたことになるな」

 

「時計の修理に、お客様の正体は必要ありませんでした。その点は構いません」

 

「話が分かるな」

 

「ですが、一誠に身分を隠して近づいた理由が『趣味』というのは理解できません」

 

「時計屋の嬢ちゃんも、そこは気にするのか」

 

「当然です」

 

 アザゼルの視線が、一誠へ移る。

 

「赤龍帝の籠手」

 

 続いて、アーシアさんを見る。

 

「聖母の微笑」

 

 最後に、柱の陰に隠れているギャスパーさんへ目を向けた。

 

「そこの坊主が、停止世界の邪眼か」

 

「ど、どうして……」

 

「神器研究は俺の趣味みたいなもんでな。有名どころなら、見ればだいたい分かる」

 

 アザゼルは最後に私を見た。その目が、わずかに細められる。

 

「だが、お前のは別だ」

 

「私ですか?」

 

「ああ。少なくとも、俺の知っている神器の分類には入らん」

 

 一誠たちの視線が、私へ集まった。

 

「私の力については、会談の場で皆さんにまとめて説明します」

 

「今は話せないのか?」

 

 アザゼルが尋ねる。

 

「中途半端に説明すれば、余計に混乱させるだけです。それに、私自身にも整理する時間が必要です」

 

「そうか。なら、会談で聞かせてもらう」

 

 アザゼルはあっさりと背を向けた。

 

「聖魔剣の使い手がいないなら、ここに長居する理由もない。邪魔したな」

 

「勝手に入ってきて、それだけかよ!」

 

「話なら会談でできる。今ここで揉める必要もないだろ?」

 

 誰も答えなかった。友好的な相手ではない。けれど、三大勢力の代表が集まる会談を目前に、こちらから争いを始めることもできなかった。アザゼルは最後に一度だけ私を見て、そのまま廊下の奥へ歩いていった。

 

     ◇

 

 アザゼルの姿が見えなくなってからも、廊下には張りつめた空気が残っていた。

 

「何しに来たんだ、あいつ……」

 

 一誠が吐き捨てるように言う。

 

「祐斗の聖魔剣を確認しに来たようですが、それだけではなかったと思います」

 

「ミライの力にも気づいてたな」

 

「見抜いたのではありません。分からないと言われただけです」

 

「それでも、あいつが分からないって言うくらいなんだろ?」

 

 否定はできなかった。神器を研究しているアザゼルから、既存の分類には入らないと言われた。分かっていたことを、改めて突きつけられたような気がした。

 

「会談で話すって言ってたよな」

 

「はい」

 

「じゃあ、それまでは待つ」

 

「ありがとうございます」

 

 一誠は、それ以上尋ねなかった。柱の陰から、ギャスパーさんがこちらを見ている。力を制御できず、自分自身を怖がっている少年。その力で周囲の時間が止まったとき、私だけは止まらなかった。けれど、そのことは誰にも話せなかった。ギャスパーさんにも。皆にも。

 

 会談までに、自分の力が何なのかを、皆へ話せる言葉にしなければならなかった。

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