止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第28刻 託して、並んで

アザゼルの言葉が、会議室に落ちた。

 

「もう面倒くせえ話はいい。とっとと和平を結んじまおうぜ」

 

 あまりにもあっさりした言い方だった。けれど、それまで交わされていた話を考えれば、その一言が軽いものではないことくらい、私にも分かる。

 

「今の三すくみの関係は、この世界の害になるだけだ。異論はねえだろ」

 

 アザゼルが椅子の背にもたれながら言う。向かい側で、ミカエルが静かに頷いた。

 

「ええ。戦争の大本であった神と四大魔王は、すでにこの世界にはいません。それでも私たちが争い続ける理由は、もうないでしょう」

 

 ミカエルの言葉を受けて、アザゼルが続けた。

 

「それに、俺たちだけで世界が回ってるわけじゃねえ。他にも神話体系はいくらでもある。こっちが潰し合って弱りきれば、そこにつけ込む連中が出てきてもおかしくねえ」

 

「今のところ、そのような動きを見せている勢力はありませんが、均衡を崩す理由を自分たちから作る必要もないでしょう」

 

「まあ、他所には他所で変なのもいるけどな」

 

 アザゼルが肩をすくめる。

 

「どこぞの死の神なんざ、銀行強盗してるって話だ」

 

「……銀行強盗?」

 

 ミカエルが少しだけ首を傾げた。

 

「神様にも色々いるってことだ」

 

「で、だ」

 

 アザゼルが今度は別の方向へ顔を向けた。

 

「俺たち三勢力の外にいながら、それでも世界を動かしかねない奴が二人いる。赤龍帝、白龍皇。お前らの考えも聞いときたい」

 

「俺は強い奴と戦えればいいさ」

 

 ヴァーリの答えは早かった。

 

「戦争しなくたって強い奴はごまんといるさ」

 

「なら問題ない」

 

 アザゼルもそれ以上は追及せず、今度は一誠を見る。

 

「じゃあ赤龍帝。お前はどうだ?」

 

「ええっ!? いきなりそんな小難しいこと振られても……」

 

 一誠が明らかに困った顔をした。世界の三大勢力が和平を結ぶべきか。確かに、普通の高校生にいきなり聞くような内容ではない。

 

 するとアザゼルが、何かを思いついたように口の端を上げた。

 

「仕方ねえな。恐ろしいほど噛み砕いて説明してやる」

 

「嫌な予感しかしないんですけど」

 

「兵藤一誠」

 

「はい」

 

「俺らが戦争してたら、リアス・グレモリーは抱けないぞ」

 

「は?」

 

 会議室が静まった。リアス先輩の表情まで固まっている。けれどアザゼルは止まらなかった。

 

「だが和平を結べば、そのあと大事になるのは種の繁栄と存続だ。毎日リアス・グレモリーと子作りに励めるかもしれん」

 

「あ、アザゼル!」

 

 リアス先輩の声が飛ぶ。

 

「和平なら毎日子作り。戦争なら子作り無し。どうだ、分かりやすいだろ?」

 

「和平でお願いします!」

 

 速かった。今までの会談で一番早い返事だった気がする。

 

「平和が一番です!」

 

「一誠!」

 

 リアス先輩の顔が一気に赤くなる。その横で、セラフォルーが楽しそうに肩を揺らしていた。

 

 そして――。

 

「……ふふっ」

 

 小さな笑い声が聞こえた。見ると、ミカエルが口元へ手を添えていた。ほんの少し眉尻を下げた、困ったような笑顔。

 

「……失礼しました。ですがアザゼル、その説明は少々どうかと思います」

 

「一発で理解しただろ?」

 

「理解はしたようですが……」

 

 そう言いながら、まだ少しだけ笑っている。

 

 まただった。神社で会ったときにも感じた違和感が、もう一度胸の中で引っかかる。姿だけではない。今の笑い方まで、私の記憶にある聖園ミカによく似ていた。

 

「まあ、今のはともかく」

 

 一誠が咳払いして、表情を改めた。

 

「俺の力は、リアス様と仲間たちのためにしか使いません。これは絶対です」

 

 今度の言葉には迷いがなかった。アザゼルも笑わず、短く頷く。

 

 ミカエルも同じように頷いたあと、その視線を私へ向けた。

 

「では、天童ミライさん」

 

「はい」

 

「先日お願いしたことについて、お話しいただけますか?」

 

 来た。神社で言われてから、ずっと考えていた。どう説明すればいいのか。どこまでなら、自分でも分かっていると言えるのか。

 

 結局、答えは一つしかなかった。分かっていることは話す。分からないことは、分からないと言う。

 

「分かりました」

 

 一度息を整える。

 

「私が持っている力の一つには、《オーマジオウ》という名前があります」

 

 誰も口を挟まなかった。

 

「最低最悪の魔王――そう呼ばれる存在の力です」

 

 空気が変わったのが分かった。特に悪魔側にとって、《魔王》という言葉には私が思っている以上の重さがあるのだろう。

 

「ただし、私はオーマジオウ本人ではありません。なぜその力を私が持っているのかも、分かっていません」

 

「力の内容は?」

 

 アザゼルが尋ねる。

 

「時間に関わる力。そして、《仮面ライダー》と呼ばれる者たちの力や、その歴史に繋がる力です」

 

 祐斗の方を見る。

 

「コカビエルとの戦いで祐斗に渡したものも、その一つです」

 

「……あの時計か」

 

「はい。ライドウォッチと呼ばれるものです」

 

 祐斗が静かに頷いた。

 

「私自身、すべてを理解しているわけではありません。ただ、ライドウォッチを通じて、別の仮面ライダーの力を扱えることがあります」

 

「なるほどな……」

 

 アザゼルが興味深そうに目を細めた。

 

「もう一つあります」

 

「まだあんのか?」

 

「あります」

 

 むしろこちらの方が、説明に困る。

 

「《名もなき神々の王女》そう呼ばれる力です」

 

 少しだけ間を置く。

 

「私の記憶にある別の世界で、世界を滅ぼすために作られた最終兵器です。こちらも、魔王と評されたことがあります」

 

「おい」

 

 アザゼルが額へ手を当てた。

 

「お前、魔王って呼ばれるもんを二つも抱えてんのかよ」

 

「私も、肩書きだけ聞けばそう思います」

 

「いや、肩書きだけじゃなく十分物騒だからな?」

 

 否定はできなかった。

 

「私が使っている物質生成も、その力の一部だと思っています」

 

 右手を軽く持ち上げる。

 

「頭の中で形や構造を組み上げたものを、実際の物質として作り出すことができます。ただ、何でも自由に出せるというほど単純ではありません」

 

「コカビエルとの戦いで使っていた武器もか?」

 

「はい」

 

 アザゼルの視線には、さっきよりも強い興味が浮かんでいた。一方、一誠たちは笑っていない。以前、説明すると約束したときより、ずっと具体的な言葉になった。最低最悪の魔王。世界を滅ぼす最終兵器。改めて口にすると、自分でも物騒な話だと思う。

 

「どうして二つの力が私にあるのかは、今も分かりません」

 

 そこだけは、何度考えても変わらない。

 

「ですが――どう使うかは、私が決めます」

 

 言い切った。サーゼクスが静かに頷く。

 

「力の由来と、その力を持つ者の意思は別だ」

 

「ええ」

 

 ミカエルも続いた。

 

「どのような力を持っているかではなく、その力を何のために使うか。それが大切なのだと思います」

 

「……ありがとうございます」

 

 これで、約束した説明は終わった。まだ聞かれれば答えるつもりだった。それより私には、聞きたいことがある。目の前にいるミカエル。どうしてあなたは――。

 

「赤龍帝殿」

 

 私が口を開くより先に、ミカエルが一誠へ顔を向けた。

 

「私にお話があると言っていましたね」

 

「あ……覚えていてくれたんですか」

 

「もちろんです」

 

 一誠の顔から、さっきまでの軽さが消えた。

 

「アーシアを、どうして追放したんですか」

 

 隣に座っていたアーシアさんが、わずかに身体を強張らせた。

 

「あれほど神を信じていたアーシアを、なぜ追放したんですか」

 

 ミカエルは、すぐには答えなかった。アーシアさんを見る。その表情が、少しだけ沈んだ。悲しそうだった。でも、ただ申し訳なく思っているだけには見えない。まるで、自分の選択で誰かを傷つけたことを、以前から知っているような。

 

「神が消滅したあとも、神が作られたシステムだけは残りました」

 

 静かに、ミカエルが話し始める。

 

「加護、慈悲、奇跡。それらを司る力と言い換えてもよいでしょう」

 

 神はもういない。だから今は、ミカエルを中心とする天使たちが、そのシステムを辛うじて動かしている。

 

「信者の信仰は、私たち天界に住む者にとっても重要なものです。信仰が大きく揺らげば、システムそのものの維持へ影響が出る可能性がありました」

 

「アーシアが……悪魔や堕天使も回復できるからですか」

 

「……はい」

 

 その返事は、少し重かった。

 

「アーシア・アルジェント。あなたの力は、悪魔や堕天使であっても癒すことができる。それ自体は、とても優しい力です」

 

 アーシアさんが目を上げる。

 

「ですが当時の私たちは、それが信仰へ与える影響を無視することができませんでした」

 

「では」

 

 ゼノヴィアが口を開いた。

 

「予期せず神の不在を知った者も、排除する必要があったのですね」

 

「……はい」

 

 また、少し間があった。

 

「そのため、あなたも、アーシア・アルジェントも、異端とするしかありませんでした」

 

 そしてミカエルは頭を下げた。

 

「必要であったという事情と、あなた方を傷つけたという事実は別です」

 

「申し訳ありません」

 

「ミカエル様……」

 

 イリナが呆然としていた。それからゼノヴィアを見る。

 

「じゃあ……ゼノヴィアは、裏切ったんじゃなかったの?」

 

「そういうことになるな」

 

 ゼノヴィアは少し考えてから、ミカエルへ向き直った。

 

「どうか頭をお上げください、ミカエル様。長年教会に育てられた身です。多少の後悔はありましたが……今は悪魔としてのこの生活に満足しております」

 

 それからアーシアさんも、小さく微笑んだ。

 

「私も今、幸せだと感じております」

 

 一誠を見る。リアス先輩を見る。そして、私たちを見る。

 

「大切な人が、たくさんできました」

 

 ミカエルが目を見開いた。ほんの少しだけ。そして、ずっと張っていたものがほどけたように、その顔が緩んだ。

 

「……よかった」

 

 小さな声だった。天界の代表として発した言葉ではない。誰かに聞かせようとしたわけでもない。ただ、胸の内から零れたような一言。

 

 すぐにミカエルはいつもの穏やかな表情へ戻った。

 

「……あなた方の寛大な御心に、感謝します」

 

 けれど、私の耳には最初の一言の方が強く残った。

 

 ――まただ。取り繕っていないときの方が、聖園ミカに似ている。

 

「そういや」

 

 アザゼルがアーシアさんへ目を向けた。

 

「俺んとこの部下が、そこの嬢ちゃんを騙して殺したらしいな」

 

 一誠が椅子を鳴らした。

 

「他人事みたいに言うな!」

 

 声が響く。

 

「あんたに憧れてた堕天使の女が、あんたのためにアーシアを殺したんだよ!」

 

 アザゼルから、軽い雰囲気が消えた。視線だけで空気が重くなる。

 

「部下の暴走は、俺の責任でもある」

 

 低い声だった。

 

「だから俺は、俺にしかできないことでお前らを満足させてやるよ」

 

 次の瞬間。世界から、音が消えた。

 

「――っ」

 

 振り向く。アーシアさんが止まっている。朱乃先輩も。ソーナ先輩も椿先輩も、呼吸まで止まったように動かない。

 

「これは……!」

 

 一誠は動いていた。ヴァーリも。祐斗、ゼノヴィア、イリナも動けている。リアス先輩も状況を見回していた。そして三勢力の首脳たちやアザゼル、グレイフィアも、何事もなかったかのように動いている。

 

 どうやら、力の差が大きすぎる相手には通じないらしい。止める力そのものを押し返しているように見えた。

 

 私も動けている。でも今は、それを考えている場合ではなかった。

 

 ――ドンッ!

 

 校舎の外から、大きな爆発音。

 

「外!」

 

 窓へ駆け寄る。校庭に、見覚えのない魔法陣がいくつも浮かび上がっていた。そこから次々と人影が現れる。

 

 魔術師。一人や二人ではない。数えることすら馬鹿らしいほどの数だった。

 

「……やられたな」

 

 アザゼルが舌打ちする。

 

「この止まり方、あのハーフヴァンパイアの小僧だろ」

 

「ギャスパー……!」

 

 リアス先輩の顔色が変わる。

 

「自分の意思でやってるとは思えねえ。無理やり禁手状態にでも引き上げられてる可能性が高い」

 

 つまり、ギャスパーが敵に何かをされている。しかも旧校舎の部室には、小猫も残っている。

 

「外の警護は?」

 

 サーゼクスが問う。グレイフィアが何かを確認し、すぐに答えた。

 

「反応がありません。強制転移によって、結界外へ飛ばされた可能性があります」

 

「こっちから転移は?」

 

「封じられています。ただし、敵側からこの結界内部へ繋いだゲートが存在しています」

 

「ずいぶん準備がいいじゃねえか」

 

 アザゼルが吐き捨てた。

 

「部室には、私の未使用の《戦車》の駒があるわ」

 

 リアス先輩が言った。

 

「キャスリングを使えば、旧校舎へ直接行ける」

 

「リアス」

 

 サーゼクスが妹を見る。

 

「僕の魔力を加えれば、もう一人連れていけるはずだ」

 

「なら俺が行きます!」

 

 一誠だった。迷いはない。

 

「一誠」

 

「ギャスパーは俺の後輩です。小猫ちゃんだって向こうにいる。俺も行きます」

 

 リアス先輩が頷いた。

 

「分かったわ」

 

「ちょっと待て」

 

 アザゼルが懐から二つの腕輪を取り出し、一誠へ投げた。

 

「持ってけ。禁手へ入る補助になる」

 

「これを?」

 

「説明は後だ。今は時間がねえ」

 

 一誠が二つの腕輪を握る。

 

「一誠」

 

「ん?」

 

 私は呼び止めた。

 

「ギャスパーさんに、一つだけ伝えてください」

 

「何だ?」

 

「――お守りを思い出して、と」

 

 一誠の目が少しだけ見開かれた。意味は伝わったらしい。

 

「……分かった」

 

 強く頷く。

 

「絶対伝える」

 

「お願いします」

 

 サーゼクスの魔力がリアス先輩を包む。次の瞬間、リアス先輩と一誠の姿が消えた。私は、それを追わなかった。任せたのだから。

 

「俺も外へ出る」

 

 ヴァーリが翼を広げる。

 

「ちょうど退屈していたところだ」

 

「好きに暴れすぎんなよ」

 

「善処する」

 

 ヴァーリも窓から飛び出していった。

 

 その直後だった。会議室の中央に、新しい魔法陣が浮かび上がる。

 

「――!」

 

 強烈な魔力。現れた女性が、挨拶もなく手を振った。魔力の塊がこちらへ飛ぶ。アザゼルが前へ出た。黒い光がぶつかり、爆発する。

 

「随分派手な挨拶じゃねえか」

 

「堕天使の総督に褒めていただけるなんて光栄ですわ」

 

 女性が笑う。

 

「カテレア・レヴィアタン……」

 

 セラフォルーの声が低くなった。いつもの魔法少女とは違う。魔王としての声だった。

 

「神も、かつての魔王もいない」

 

 カテレアが両手を広げる。

 

「ならば今こそ、この世界そのものを変革するべきでしょう。それを和平などと……ずいぶん腑抜けたものです」

 

 その視線がセラフォルーへ向く。

 

「それに――レヴィアタンの名を、あなたのような者が名乗っていることも気に入りませんわ」

 

 セラフォルーの表情から、いつもの笑みが消えた。

 

「……そう」

 

 短い返事だった。カテレアの魔力が一気に膨れ上がる。アザゼルが一歩前へ出た。

 

「こいつは俺がやる」

 

 同時に、校庭側から再び爆発が響いた。魔術師たちが校舎へ近づいている。サーゼクスとミカエルが同時に手を上げる。巨大な防護結界が会議室を包み、動けないアーシアさんたちもその内側へ守られた。

 

「グレイフィア、ゲートの解析を」

 

「承知しました」

 

 祐斗が剣を構えた。

 

「こちらへ来る敵は僕たちで抑えます」

 

「私も行こう」

 

「当然です」

 

 ゼノヴィアとイリナも続く。三人が校庭側へ向かう。けれど、敵の数は多い。

 

 ミカエルが窓の外を見る。

 

「サーゼクス」

 

「なんだい?」

 

「こちらの防護結界、一人で維持できますか?」

 

「ああ。問題ないよ」

 

「ありがとうございます」

 

 丁寧に頭を下げる。ここまでは、さっきまでと同じだった。

 

 ミカエルが結界の外へ出る。右手を伸ばす。光が集まり、その中から一挺の銃が形を取った。古い短機関銃を思わせる独特の形。見間違えるはずがない。

 

 《Quis_ut_Deus》

 

 聖園ミカの固有武器。

 

 どうして、それまであるのですか。

 

「よーし!」

 

 ミカエルが短機関銃を片手で持ち上げた。さっきまでの丁寧な口調が、どこかへ消えた。

 

「私も行こっか!」

 

「ミ、ミカエル様!?」

 

 イリナが振り返る。

 

「祐斗君! ゼノヴィアちゃん! イリナちゃん! 私も混ぜて!」

 

「……ミカエル様?」

 

 ゼノヴィアまで困惑している。私は武器と、その話し方を見比べた。驚きはある。それでも、この姿の方が知らないものには思えなかった。むしろ――。

 

 知っている。こっちの方を、私はよく知っている。

 

「私も行きます」

 

 右手を前へ出す。それに呼応するように、頭上へ光が浮かんだ。コカビエルとの戦いで初めて現れた、私のヘイロー。

 

 淡い光を頭上に残したまま、頭の中で新しい武器の形を組み上げていく。輪郭を定める。骨格を通し、砲身を形作る。内部に機構を組み込み、その中心へ一つの時計を据える。指先から広がった光が、少しずつ形を持ち始めた。

 

 ――コカビエルとの戦いが終わってから、ずっと考えていた。あのとき作った武器。《光の剣:スーパーノヴァ》。アリスが使っていたものを思い浮かべ、その形を現実へ作り出した。

 

 けれど、もっと工夫できると思った。いつまでもアリスの武器をそのまま真似する必要はない。私が使うのだから、私が使いやすいように作ればいい。

 

 考えて、組み直して。それでも、ただ強くするだけにはしたくなかった。

 

 学校へ通うようになった。部活へ顔を出すようになった。一誠たちと騒いで、遊んで、一緒に戦った。気づけば、そういう毎日を大切に思うようになっていた。

 

 私は、自分が何者なのか分からない。最低最悪の魔王。世界を滅ぼす王女。そんな名前ばかりが、自分より先に存在している。

 

 でも。もし、本当に私が王になるのだとしても。独りで玉座に座るような王には、なりたくなかった。

 

 そのときだった。何もなかったはずの右手に、不意に重みが生まれた。

 

「……え?」

 

 手の中にあったのは、ライドウォッチだった。白とオレンジを基調とした意匠。文字盤には、見覚えのある名前が刻まれている。

 

 《FOURZE》

 

「……フォーゼ」

 

 学校。部活。友達。誰かと繋がり、その繋がりを力に変えて戦った仮面ライダー。どうしてこの瞬間に現れたのか、その理由を説明することはできなかった。それでも、偶然だとは思えなかった。

 

 だから私は、そのライドウォッチを新しい武器の中へ組み込んだ。すると、予想していなかった機能まで現れた。

 

 アストロスイッチ。一番から三十九番まで。それぞれの力を、この武器から扱えるようになった。

 

 ただし、一つだけ。左側面に並んだパネルの中央近くに、他とは明らかに異なる大型のスイッチがある。

 

 《COSMIC》

 

 二段階式になっているはずのそれは、第一段階すら開かなかった。指を掛けても動かない。力を加えても、何度試しても変わらない。押せないのではない。押すための機構そのものが、固く閉ざされていた。

 

 理由には、なんとなく心当たりがある。だから無理に開こうとはしなかった。

 

 ――今は、まだ。

 

 光が弾けた。手の中へ、確かな重量が落ちてくる。長大な砲身。内部に組み込んだ機構。以前の武器を基礎にしながらも、もう同じものではない。私はそれを身体の右側へ構えた。左側面にはアストロスイッチのパネルが並び、その中央寄りにある《COSMIC》だけが閉ざされたまま残っている。

 

 レグルス:アストラ・ノヴァ

 

 私が考え、私のために作った武器。

 

「わっ!」

 

 声に顔を上げる。ミカエルがこちらを見ていた。正確には、私の頭上と手元を交互に見ている。

 

「ミライちゃんもヘイローあるんだ!」

 

 嬉しそうに言って、自分の頭上を指さす。それから片手に持った短機関銃を軽く掲げ、今度はアストラ・ノヴァを見る。

 

「しかも銃まで! お揃いだね!」

 

「……そうですね」

 

「その銃もイカしてる!」

 

「ありがとうございます」

 

 ミカエルは満足そうに笑うと、短機関銃を握り直した。

 

「じゃ、一緒に行こっか!」

 

「はい!」

 

 ミカが走り出す。私もその横へ並んだ。

 

 校庭へ飛び出した瞬間、いくつもの魔術がこちらへ向けられた。

 

「来ます!」

 

 アストラ・ノヴァの左側面へ指を伸ばす。

 

 《RADAR》

 

 スイッチを押した。

 

『レーダー、オン』

 

 機械音声とともにパネルの一部が点灯する。視界へ敵の位置が重なった。

 

「祐斗、右から三人!」

 

「了解!」

 

 祐斗が地面を蹴る。正面から来ていた敵を避け、一瞬で右側へ回り込む。振り抜かれた剣が、魔術師の防御を切り裂いた。

 

「ゼノヴィアさん、前です!」

 

「任せろ!」

 

 ゼノヴィアが真正面から突っ込んでいく。その横から魔術が迫った。

 

 左側面へ指を滑らせる。

 

 《SHIELD》。

 

 押す。

 

『シールド、オン』

 

 アストラ・ノヴァの前方へ光が走り、半透明の防壁が展開された。飛来した魔術が正面からぶつかる。

 

「助かった!」

 

「そのままお願いします!」

 

 防壁の横を抜け、ゼノヴィアがさらに前へ出る。振り下ろされた大剣が、魔術師の障壁を叩き割った。

 

「わあ、いいねいいね!」

 

 ミカが楽しそうに笑った。片手の短機関銃が火を噴く。連続する銃声とともに、弾丸が敵の障壁へ撃ち込まれていった。

 

「堅いなぁ」

 

 銃撃だけでは破れないと分かっても、ミカは止まらない。

 

「ミカエル様!?」

 

 イリナの声が上がる。ミカはそのまま敵の障壁へ踏み込んだ。

 

「えいっ!」

 

 拳を叩き込む。光の障壁が砕け散り、その向こうにいた魔術師が大きく体勢を崩した。その戦い方にも、私は見覚えがあった。

 

「ミライちゃん、右!」

 

「見えています!」

 

 今度は《ROCKET》。

 

 スイッチを押す。

 

『ロケット、オン』

 

 推進力が一気に身体を押した。アストラ・ノヴァを身体の右側へ抱えたまま、迫っていた魔術の射線から横へ抜ける。地面を滑るように移動し、そのまま着地した。

 

「祐斗君、ナイス!」

 

「ありがとうございます!」

 

「ゼノヴィアちゃん、そのまま行っちゃえー!」

 

「ちゃん……? まあいい!」

 

「イリナちゃん、上から来てるよ!」

 

「は、はいっ!」

 

 イリナが翼を広げ、上空から迫った魔術師を迎え撃つ。その中央を、ミカが迷いなく進んでいた。

 

「あははっ! いっぱい来たね!」

 

 サブマシンガンを撃ちながら、誰より前へ出ていく。

 

 顔だけではない。ヘイローも。武器も。笑い方も、話し方も、戦い方も。どれも、私の記憶にある聖園ミカと重なっていた。さっきまでの丁寧な話し方が偽物だったわけではないのだと思う。天界を率いる者として身につけた振る舞い。そして今、戦いの中で見えているこちらが、おそらく彼女の素なのだ。

 

 どうしてそうなっているのか。聞きたいことは、さらに増えていた。

 

「ミライちゃん!」

 

「はい!」

 

 前方で魔術師たちが固まり始めている。左側面のパネルへ手を走らせた。

 

 《LAUNCHER》。

 

 押す。

 

『ランチャー、オン』

 

 アストラ・ノヴァの砲身の一部が展開する。狙うのは、魔術師そのものではない。集団の中央。引き金を引く。砲撃が地面へ突き刺さり、爆発した。衝撃に押され、密集していた魔術師たちが左右へ散る。

 

「今です!」

 

「行く!」

 

 祐斗が飛び込む。ゼノヴィアも続く。その頭上をイリナが抜け、三方向から崩れた敵陣へ攻撃を仕掛けた。

 

 私は砲身を次の敵へ向ける。ミカがいる。祐斗がいる。ゼノヴィアも、イリナもいる。あちらにはアザゼルがいる。旧校舎には、リアス先輩と一誠が向かった。それぞれが、それぞれの場所で戦っている。

 

 そのとき、視界の端で巨大な魔力がぶつかった。アザゼルとカテレア。カテレアの身体から溢れている力は、離れていても分かるほど大きかった。

 

「……おかしいな」

 

 アザゼルの声が聞こえる。

 

「そのオーラ、たかが魔王の末裔って量じゃねえぞ」

 

 カテレアが笑った。

 

「さて、どうでしょうね」

 

「後ろに誰がいやがる」

 

 あちらにはアザゼルがいる。私は前へ視線を戻した。

 

 魔術師が杖を向ける。アストラ・ノヴァを構え直す。

 

 ――その瞬間。

 

 止まった。

 

「……?」

 

 敵の腕が。杖の先で膨らんでいた魔力が。こちらへ飛んできていた魔術そのものまで。空中で、ぴたりと。

 

 さっきとは違う。私たちまで巻き込んだ、無差別な停止ではない。祐斗も動いている。ゼノヴィアも。イリナも。ミカも。止まっているのは――敵だけ。

 

 私は息を呑んだ。

 

「……ギャスパーさん」

 

 何が旧校舎であったのかは分からない。一誠が何を言ったのかも。リアス先輩が何をしたのかも。私の伝言が届いたのかも。何も見ていない。

 

 それでも、さっきとは明らかに違う。誰かに無理やり使わされているだけの力には見えなかった。ギャスパーさん自身が、自分の意思で使っている。そうとしか思えなかった。

 

「おっ!」

 

 隣でミカが短機関銃を持ち直した。

 

「チャンスだね!」

 

「はい」

 

 私もアストラ・ノヴァを構える。右にはミカ。前には祐斗たち。離れた場所でも、それぞれが自分にできることをして戦っている。

 

「……よかった」

 

 気づけば、小さく声が漏れていた。さっき聞いた言葉と、同じだった。

 

「行きましょう!」

 

「うん!」

 

 止まった魔術の間を縫って、私たちはもう一度前へ踏み込んだ。

 

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